第4話

文字数 2,006文字

「おそらく、フランチェスカさんはそんなに遠くに行ってないんじゃないかしら」
クリスティーンは冷静にそう話した。
シュローセンがガタっと勢いよく立ち上がる。
「それは本当かい?」
クリスティーンはゆっくりうなづいた。
「シュローセンさん、よかったですね!」
メアリーが手を叩いてそう言った。
「ああ!」
二人が喜んでいるのを見て、クリスティーンの表情が曇った。
「それで、彼女はどこにいるんだい?」
シュローセンは満面の笑みでそう尋ねた矢先、クリスティーンの浮かない表情をみて、一瞬で凍りついた。
「場所は特定できないわ。むしろ問題はここから・・・」
メアリーもその様子を見て、不安そうな面持ちに変わる。
「何か手がかりになりそうなものはあるかい?」
シュローセンが顔色を伺ったような質問をした。
「そうね・・・その前にもし居場所を特定できたとしても、シュローセンがそのまま会ってフランチェスカさんの気持ちが変わるとは思えない・・・」
シュローセンは絶望した表情で膝が崩れ落ち、うなだれた椅子にまた再び座った。
その時、菅弦楽器を練習する音が流れた。
シュローセンは深くため息をついた。
「どんなに頑張っても、本当に欲しいものは手に入らないんだよな・・・」
シュローセンは髪を手でクシャクシャにした。
また少しして、涙ながらに呟く。
「これだけ努力してきたというのに・・・僕は成功がしたいんじゃなくて、ただ普通に幸せになりたいというだけなのに・・・」

「それは違うと思います」
クリスティーンは自分でも意図せず、そう声に発していた。
クリスティーンは一瞬『しまった!』と思い、前言を撤回しようとしたが、ふと立ち止まり考えてみて、自分が間違っていないことを確信し、それをやめて反対の主張を続けた。
シュローセンはゆっくり顔をあげてクリスティーンをみた。
「まだ結末はわかっていないのに自分から諦めるんですか?それはあなたらしくないのではないでしょうか?どんな時だって希望はあるはずです!それはこれまで夢を実現してきたシュローセンさんならわかるはず!」
と強く説教の言葉を発した瞬間、クリスティーンの灰色の脳細胞が活性化した。
ひらめきとは大抵こういう、ふとした瞬間に神の気まぐれな贈り物として『蜘蛛の糸』のように偶然降り注ぐ。
「じゃあ、僕はどうしたら?」
クリスティーンは鋭い眼光でシュローセンを見つめた。
「フランチェスカさんは、自分がいることであなたの才能が奪われるという妄信に取り憑かれた。それはあなたもご理解してますよね」
シュローセンは目を擦りながらうなづいた。
「ああ。その発想に何でなるのかはわからないけど、多分彼女はそう思っているんだと思う」
クリスティーンはそれをみて口角を上げた。
「それなら、あなたにできることは一つだけあるわ」
シュローセンはさっぱりこの先の展開がわからず、不思議そうな顔をした。
「それはなんだい?」
クリスティーンはティーカップの紅茶を眺めて一言、
「あなたがご自分で培った音楽の力でそれを妄信だと証明することよ」
シュローセンはその言葉を聞いて色々考えた。
しかし、やっぱり検討がつかなかった。
「ごめん・・・わからない。それはどういう意味だい?」
クリスティーンは『そんなこともわからないのか』と少し気を悪くしながら、答えた。
「あなたとフランチェスカさんが暮らしたパリで一ヶ月後、この上ないくらいの大きなコンサートを開いてそこで成功を彼女に見せれば良いの。あなたのコンサートなら彼女は絶対来るはず」
シュローセンは大きく首を横に振った。
「無理無理!一ヶ月なんて練習の精度も、外に発信するプレスリリースも間に合わない。第一、オーケストラは僕だけじゃなくていろんな楽器の演奏者と調和して初めて音楽として成立するんだ。来週はここエジンバラで演奏があって、2ヶ月後にはアメリカでコンサートがある。まずそんなスケジュールじゃパリなんてコンサートホールも抑えられないよ」
クリスティーンは自分が世間知らずだったことに気づき、恥ずかしい気持ちになるも、考えをめぐらすとやはり無謀な自分の案に同意するしかないように思えた。
「無理なのは承知の上です。ただ、フランチェスカさんは自分がいることであなたの才能が奪われると思っている。この妄信を打ち砕くには、あなたの実力がフランチェスカさんの想像する才能や技術の想定を超えていることを証明しなければならないと思うの。だから、無理かもしれないけど、この作戦で行くしかないと私は思いました」
シュローセンは少し怒った表情を見せた。
「彼女を探す話がどうして僕のコンサートのスケジュールの話になるんだい?彼女の居場所を突き止めて、彼女を説得するのじゃダメなのかい?」
クリスティーンは色々繕おうとしたが、言葉が見つからなかった。
自分が言っていることもどのくらいおかしなことかもわかっていた。
もうどうにもならないと思いクリスティーンはこう話した。
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