愛宕百韻、光秀と信長

文字数 2,936文字

「光秀、発句はどうした? お前が詠まないと連歌会ははじまらぬぞ」

 信長の突然の登場のためか、明智光秀の額から汗が玉のように吹きだしている。
 信長の側には少し未来の光秀改め、天海が控えていた。
 事情を知るものにとっては、何とも複雑怪奇な光景である。

 発句とは和歌を連ねる連歌会のはじまりの句である。
 主催者が最初の句を読んで、参加者が次々に和歌を詠んでつなげていくのが連歌会である。
 愛宕山連歌会(あたごやまれんかかい)は『愛宕百韻(あたごひゃくいん)』と呼ばれていて、参加者が百の連歌を詠むはずだったが、何故か実際は九十九句になっている。
 
 鎌倉末期、明智家の祖先の土岐氏の初代頼貞や二代頼遠は勅撰和歌集にのるほど和歌の名手で、合戦に際して戦勝祈願の『法楽連歌』を奉納しています。

 古代から和歌には呪術的効果があると信じられていたし、戦勝祈願で詠まれるのは良くあることだったようです。やはり、和歌の達人だった太田道灌は和歌の知識を戦に生かしたと言われています。

 小机はまづ 手習いの初めにて いろはにほへと ちりぢりにせむ 
(小机といえば字の習いはじめで、子どもみたいに弱いだろう。道灌が小机城を攻めた時、兵を鼓舞するために詠んだ歌である)

 底ひ無き 淵やは騒ぐ山川の 浅き瀬にこそ あだ波は立て
 (川の底が判らないような深い処は波の音も立たないもの 浅瀬にこそ波立つ音がするのです。古今和歌集より) 

 遠くなり 近くなるみの 浜千鳥 声にぞ潮の 満干(みちひ)をば知る
 (潮がみちていれば浜千鳥は近くまで寄ってくる。潮が引いていれば遠く離れて鳴き声も聞こえない)

 このような和歌の知識を生かして、戦争の時に川の浅瀬を見分けて渡ったり、潮の満ち引きを言い当てたというエピソードもあります。

 比叡山の法師らしい賀朝法師が人妻に間男していて、夫に見つかって一首。
 
 見投ぐとも人に知られじ世の中に知られぬ山をみるよしもがな
(露顕したからには身投げしたいが、それも秘密にしたい。人に知られていないような山を見つけたい)

 夫の返歌は、
 
 世の中に知られぬ山に身投ぐともたにの心はいはで思はむ
(お前が山に身投げしたって、俺の方はこの恨みを心の奥底の谷に秘めているんだぞ)

 間男に激怒したいところだが、歌を詠まれたら返歌しないことは恥である。
 どちらもなかなか風流である。 
  
「いや、では、詠みまする。―――ときは今 天が下しる 五月かな」

 この発句(ほっく)は後に『土岐氏の末裔である光秀がまさに今天下を治める五月になった』と解釈され、光秀が信長を本能寺で殺すことを決意した句だと言われている。

「どういう意味じゃ?」

 信長の眼光が鋭くなった。

「五月雨の句ですが、備前出陣の戦勝祈願です。と共に殿の天下が来るという意味です。天皇家が五月生まれの殿に征夷大将軍の位を与えるという意味でもあります」 

 光秀は咄嗟の機転か、そう言い訳した。 
 案外、光秀の本音だったかもしれない。
 事実、天皇家からは太政大臣、関白、征夷大将軍の位のいずれでも与えるという打診がきていたが、信長は色良い返事をしなかったという。
 ちなみに、信長の誕生日は旧暦では天文3年5月12日(1534年6月23日)である。
 当時は誕生日を祝う風習はなく、正月に数え年で年を重ねていたのでとても苦しい言い訳に聞こえただろう。
 
「わしは征夷大将軍などには興味がないぞ」

 信長はそっけなく答えた。

「しかし、天皇家を奉ることがこの日本で上手くやっていく秘訣かと思いまする」

 光秀は莞爾(かんじ)と笑いながら答えた。

「お前もなかなか人が悪いな」

 信長も口元に笑みを浮かべた。
 祀り上げて利用できるものは利用してしまえと言ってるのだ。

(わき)())は行祐殿かな」

 信長が行祐を見る。
 脇句(わきく)とは二番目に詠まれる句のことで、普通、座を用意する亭主が務める。
 今回の場合は愛宕山威徳院で行われているので、愛宕西之坊威徳院住職の行祐が詠むことになる。

 この愛宕山連歌会の参加者は光秀の他、光慶(光秀の長子)、行澄(東六郎兵衛行澄、光秀の家臣)、紹巴(里村紹巴、連歌師)、昌叱(里村紹巴門の連歌師)、心前(里村紹巴門の連歌師)、行祐(愛宕西之坊威徳院住職)、宥源(愛宕上之坊大善院住職)、兼如(猪名代家の連歌師)であった。

 ちなみに、愛宕山(あたごやま)は京都府京都市右京区の北西部にあり、ちょうど山城国(京都府南部)と丹波国(京都府中部、兵庫県北東部、大阪府北部)の国境にある。
 
「水上まさる 庭の夏山」

 行祐が詠んだ。

 『真説 本能寺の変』(立花京子著)によれば、この句は一年前に丹波宮津で細川藤孝が詠んだ「夏山うつす水の見なかみ」という句に類似しているという。メンバーも藤孝以外はほとんど同じである。
 これは急用で来れなくなって欠席した細川藤孝の気持ちを代弁して、行祐が詠んだとされています。
 真意は光秀の謀反の計画を後押し励ます(まさる=勝てる)ものだと思われます。
 つまり、光秀の謀反計画は一年前の丹波宮津の連歌会で練られていたものではないかと思う。
 そして、今、最大の好機が訪れたということでしょう。

「花落つる 池の流れを せきとめて」

 続けて、三句は紹巴が詠む。

 この句には二通りの解釈があり、「花(信長)が落つる(死ぬ)」もしくは「花(光秀の謀反)が落つる(失敗する)」というものである。「池の流れ」は「朝廷による統治」もしくは「信長の天下武布」という解釈があり、ここでは信長に気づかれているとみて、光秀に謀反は失敗するのでおやめなさいと忠告していることになります。
 
 その後、連歌会は流れるように進んでいった。
 そして、最後の九十九句目は光秀の長子(長男)の光慶が詠んだ。

「国々は猶 のどかなるころ」       

 と挙句(あげく)を締めくくった。
 最後の締めの句である「挙句」は祝言(しゅうげん)で締めるのが習わしであり、「桜の花が爛漫(らんまん)と咲くのどかな春、国々ものどかに治まる太平の世である」というような意味である。
 無難な句で収めた。

「では、わしも一句、詠むかな」

 と信長が言い出した。
 一同、驚きを隠せない。挙句で締めた連歌であるのに、一体、何を詠むというのか。

 その時、鈴の音のような女の声音が聴こえた。

「信長さま、お初にお目にかかります。ご挨拶が遅れました。イエズス会の宣教師ベアトリスと申します」

 信長に頭を軽く下げると顔を上げた。
 
 女は(あお)い目をしていた。髪は金髪で流れるようなウェーブがかかっていた。
 青い法衣に銀色の十字架(クロス)を首から下げている。
 天使のように微笑む顔に何故か震えを覚える信長であった。





(あとがき)

 ついに、魔女ベアトリス登場ですが、何か起こりそうな予感がします。

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登場人物紹介

 安東要(あんどうかなめ)


 東日本大震災後、名古屋に新政府を移し復興に務める若き民政党の総理。
 陰陽師、安倍清明の転生術で35歳→24歳に転生し過去に戻り、東日本大震災を防ごうと悪戦苦闘する。

 月読波奈(つくよみはな)

 通称≪ブスメガネ≫。今時、珍しい牛乳瓶の底のような丸いメガネをかけている。
 安東要が通う名門大学のラノベサークルの後輩で大学二年生の20歳である。

 安部清明(あべのせいめい)

 名護屋の清明神社で安東要の前に現れ、東日本大震災を防ぐという願いを叶えると約束する。

 神沢優(かみさわゆう)


 公安警察、秘密結社<天鴉(アマガラス)>のリーダー。

 メガネ君


 巨大小説投稿サイトのバイトリーダーメガネ君。
 秋葉原で安東要たちの戦いに巻き込まれ、行動を共にする。
 ネットゲーム<刀剣ロボットバトルパラダイス>の人型機動兵器<ボトムストライカー>の操縦に長けていたため、オタクたちと大活躍することになる。

 織田信長(おだのぶなが)

 某戦国武将だが、秘密結社<天鴉(アマガラス)>の剣の民でもある。

明智光秀(あけちみつひで)

本能寺変後に死ぬはずが命拾いし、僧となり<天海>と名を改める。

ザクロ

メガネ隊の副隊長で<刀剣ロボットバトルパラダイス>の廃課金プレーヤー。
メガネ君と共に人型機動兵器<ボトムストライカー>を駆って活躍する。

ハネケ

メガネ隊の新人。<刀剣ロボットバトルパラダイス>のプレーヤー。
金髪碧眼のオランダ人ハーフ。 

夜桜(よざくら)

メガネ隊の新人。<刀剣ロボットバトルパラダイス>のプレーヤー。
黒髪に黒いくさび帷子を愛用。 

カトウ

神沢隊の副隊長で<刀剣ロボットバトルパラダイス>の微課金プレーヤー。
たまに出てくるがさほど活躍しない。

雛御前(ひなごぜん)

安部清明の式神衆筆頭、ミニスカ十二単衣の美少女。

猫鬼(びょうき)

雛御前の使い魔で猫娘姿のコスプレをしている。

犬神(いぬがみ)


雛御前の使い魔で狼男のコスプレをしている。

魔女ベアトリス

見かけとは違う、この世界をも滅ぼすほどの強大な魔力を持つ。
媚術を使って人を虜にし操る。

リカウド・バウワー

魔女ベアトリスの親衛隊である<薔薇十字騎士団>の団長である。
めんどくさい性格でどこかユーモラスな所があるが侮れない力をもつ。

マリア・アドレラ

魔女ベアトリスの親衛隊である<薔薇十字騎士団>の副団長である。
秘剣<十字剣>の使い手。

魔導師アリス・テスラ

時空間魔法を使うチート魔導師。

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