薬屋

文字数 1,458文字

「どうも、夢屋さん。元気だったかい?伯奇(はくき)はいる?」

身体の周りがほんのり光っている様に見える真っ白いマントに身を包んだ男性が
店に入ってフードを取った。
月明かりに似ている優しい色の髪からみえた大きく長い耳
フードの中でつぶれてしまっていたのか手で撫でながら整えている。

「あ!白兎(はくと)さん!お待ちしておりました。
只今すぐに、伯奇(はくき)様を呼んでまいりますので…
こちらで少々お待ちください。」

椅子を白兎(はくと)に勧めると
モゴモゴと舐めていた夢玉を隠すように口元に手をやりながら
獏は奥へと伯奇を呼びに行ってしまった。

「そんなに慌てて呼びに行かなくても…。
相変わらずだな。」

クスッと笑うと獏に出された小さな木の椅子に腰かけた。

白兎(はくと)魔多利(またり)商店街の薬屋だ。
新月に月から商店街にやってきて満月まで店で薬を売っている
満月になれば月に戻り新月の夜まで薬を作る

薬の材料の1つとして夢屋の夢玉が必要だった。

パタパタと慌てた足取りで
木箱を1つ手に持って獏が奥から現れた

「お待たせいたしました。
こちらが、ご用意した夢玉でございます。」
獏が木箱を手渡すと、白兎(はくと)は紐を解いて蓋をそっとあけた。

それを見計らった様に伯奇(はくき)が現れ

「空虚感 虚無感 喪失感…の三玉。
上質のモノを揃えるのに時間がかかった。
小さめのもあるが…それで事足りるか?」

伯奇(はくき)が新しい白い手袋をはめて三つの中で一番小さい玉を指で掴んで
灯りをかざして白兎(はくと)に見せた。

「見ているだけで…苦しくなるね…。
爛れるような恋しい痛み。夢と現実の区別がつかなくなるほどの悪夢。
とても良い薬ができそうだ。
いつも質の良いものをありがとう。」

その言葉を聴くと伯奇は木箱に玉を丁寧に並べて蓋を閉め
紐を結び直してから白兎(はくと)に手渡した。

「それでは、こちらも
頼まれていた薬だよ。」

七色の怪しく光る小さな薬瓶を懐から出して白兎(はくと)伯奇(はくき)に渡した。
伯奇(はくき)は白い手袋を器用に裏返しに脱ぎ取るとまたゴミ箱に捨てた。

悪い夢を喰らって良い夢に…それが夢屋の仕事。
けれども、ただ悪夢を喰らうだけなら人間が幸せを感じるはずの現実での小さな“気付き”を奪うことになる。
神様はそれを良しとはしないのだ。

だから悪夢の色を奪って、目が覚めた時にそれが“夢”だと解る様にする。
そのための薬を白兎(はくと)に作ってもらっていた。

「どんなに祈られても、連続投与はいけないよ?」

「解っている。
その時は、色だけではなく“そのもの”を奪うよ。」

不敵な笑みを浮かべると伯奇(はくき)は薬の瓶を懐に忍ばせた。

「ところで、今回の案件は私でも伯奇(はくき)でもなく(みずち)魔多羅(またら)さまの言寄(ことよ)さしって本当?」

伯奇(はくき)は無言のまま視線を獏に送った

「そ、そうみたいですね。こちらでは縁結びの予知夢はコントロールできても、
直接的な【縁切り】の素材は扱っておりませんので…」

伯奇(はくき)の機嫌を伺うように獏の視線が白兎(はくと)との間を泳ぐ

「あれ?なんか…マズイ話だった?」

白兎(はくと)が話しかけるとオロオロとする獏に『下がっていろ』という合図を手で出した伯奇。
獏は深々と一礼すると慌てて小走りで奥に入っていった。
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登場人物紹介

大(だい) / 御先


魔多利商店街と魔多羅神社そして人間界を行き来できる。

魔多羅神社にお参りに来た人間の願い事の本質を聴きわけ魔多羅さまに伝える。


直属の神様は大黒様。

鼠の姿の時はハツカネズミ。


人型は精霊の時の髪色に反映されている為白髪。

鼠の本能的に節操はないタイプ。

しかし、玄(しずか)とは同種でありなが仕事仲間のラインはまだ越えていないプラトニックな関係。


玄(しずか)/御先


大(だい)と同じく直属の神様は大黒様。

魔多利商店街と魔多羅神社、人間界を行き来できる。

お参りに来た人間の本質や過去をみて願い事を見極め魔多羅さまに伝える。


鼠の時は黒鼠

精霊の時は黒髪、赤目。

節操はないタイプだが大(だい)には興味はわかない為、今のところお互いに仕事に支障はない。


伯奇(はくき)/御先


魔多利商店街の夢屋


人間が眠っている間に見る夢をコントロールしてお告げを伝える


悪夢を奪い安らぎを与える一方で

伯奇に悪夢を見せられた人間はほぼ抜け出せない。


新月の夜に伯奇に悪夢を見せられた人間は、満月までに抜け出せないと

現実との区別がつかなくなり精神が崩壊する。

崩壊した魂は伯奇が喰らう。

使い捨ての白い手袋を欠かせない様子に潔癖症を疑われているが

それは仕事に対する完璧主義であり慎重派の姿勢の現れである。


獏(ばく)/見習い


見た目はマレーバク。


二足歩行でき人間の言葉も話せるが、夢喰いとしてはまだ見習い

故に人型の精霊姿はまだ無理。


夢屋で雑務をこなしながら修行中。


伯奇が時々くれる不必要になった夢玉は

毎日頑張っている自分へのご褒美なので

大切に時間をかけて喰らう。


白兎(はくと)/御先


魔多利商店街の薬屋


普段は月に住んでいるため

新月にやって来て満月には月に帰る。


人型の精霊の姿の時もウサ耳だけは消さない。(消せないわけではない)

フードをかぶると両耳が折れてなおり難いのが悩み。


レシピは門外不出なので

魔多利商店街には月で調合済みのものを持ってくる。

(薬のブレンドは魔多利商店街でも可能。)

その場でブレンドするセンスと能力は月の兎でトップクラス。



蛟(みずち)/御先


姿が変態する竜の一種、まだ幼生。

由緒正しき水神の系統。


人型のときの姿は小さな少年。


感情のコントロールが難しくなると(特に怒り)鱗が現れ、人の姿は維持が難しくなる。


家守(やもり)/執事


絶対服従で蛟の家系の水神を代々護ってきた。

現在は蛟(みずち)の教育係であり身の回りの世話から護衛まで任されている専属の執事。

百足(むかで)/御先


夢をコントロールしてお告げを伝える。

直属の神様は毘沙門天さま


「良い夢を正夢にする」ことで人間の願いを叶えるというのが夢喰いの伯奇とは大きく違う点。


悪夢を喰らう獏と良い夢を正夢にする百足は七福神の宝船の帆に描かれている事もある様に

魔多利商店街の

伯奇と百足が組んで動く事も多い。


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