第5話

文字数 1,006文字

「にぎやかですね」
隣を歩くセチアが白い息を吐きながら、つぶやいた。本当だな、とだけ俺は言葉を返す。
街は、景色も音楽も。どこもかしこもクリスマス一色に染まっていた。とても華やかだ。

でも、心は沈んでいた。数日後には、この隣を歩いている少女の事を忘れてしまうのだ。
セチアと一緒に過ごした、この数十日を思い出す。短い間だったが、わりと楽しかった。
忘れたくない。でも、処罰は絶対なのだろう。俺はこの少女の事を忘れるしかないのだ。

「……忘れてほしくないです」
隣を歩く少女の口から白い息と共につぶやかれた言葉は、街の喧騒の中に消えていった。
数日後はクリスマス。セチアは、クリスマスイブの夜には天界へ帰らなければならない。

日が経つごとに、俺の頭の中にあるはずだったセチアとの思い出は忘れ去られていった。
覚えているのは、出会ったばかりの頃とかケンカした時の声とかハッキリとした事だけ。
ささいなやり取り、会話。小さな出来事などは、ほぼ記憶の中から消えてしまっている。

そして第三段階、最後の処罰が与えられてから十日が経った。今日はクリスマスイブだ。
最後に見ておきたかった、とセチアに連れてこられた公園の夜空から。雪が降ってきた。
「今夜で処罰は終わりです。今まで本当に、本当にお疲れさまでした」

もはや目の前の少女が何者かすら思い出せない。覚えているのはセチアという名前だけ。
「そろそろ、帰らなければならない時間です」
どこに帰るのか尋ねるとセチアは静かに夜空を指さした。見上げると、目に雪が入った。

「この一か月、お世話になりました。とても……とても楽しかったです!」
処罰への最後の精一杯の抵抗か。一気に今までの記憶がよみがえった。俺も楽しかった。
それだけ何とか告げると、再び記憶が。セチアとの思い出たちが急速に遠のいていった。

「ありがとうございます」という小さな言葉と共に少女の目から涙が溢れこぼれ落ちた。
一体なぜ、この少女は泣いているのだろうか。疑問に思うと共に少女の姿が消えていく。
「私は、あなたの名前も好きでしたよ」

少女が、夜の闇に溶けるように。かき消されるように消えていく。何かを言わなければ。
でも何を言えばいいのか。何か言いたい事があったはずなのに、思い出す事ができない。
俺に向かってほほ笑みながら、サンタ服を着た少女は公園の夜空へ静かに消えていった。

「メリークリスマス。誕生日おめでとう」と、どこからか聞こえたような気がした。
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