第2話  悪魔と僕

文字数 2,196文字

 午後11時半。
 僕は、ようやく城西市内の独身寮に帰宅した。

 散々もったいぶって、裁判所が下した判断は、弁護士側の準抗却下であった。
 有難いけど、常識的な実務家なら当然の判断だ。
 共犯者の存在が見え隠れし、のらりくらりと中途半端な否認をする、一人暮らしの振り込め詐欺の受け子なんて釈放しちゃダメだ。

 結論がある程度見えていても、法に則った適正な手続きを踏むのが刑事司法と分かってはいる。
 それでも、結局、ひたすら裁判所からの連絡を待っていただけの時間になってしまったのは、なんだか口惜しかった。

 必要最低限の荷物しかない、殺風景なワンルームの居室の電気を灯した。
 ベッドの上に猫くらいの大きさの白い毛玉が乗っているのを発見する。

「おかえり、拓哉。遅かったね」

 そいつは僕を労い、ベッドから飛び降りた。
 奴は、宇宙からやってきた小動物のくせに、声変わり前の少年風の高い声で、日本語を話す。

 僕を地球防衛戦隊なんて、ロクでもない組織に引きずり込んだ戦犯、チャッキーの御成(おなり)だった。

「何だよ。嫌味?」

 リーダーのくせに、地球防衛活動に消極的な僕に説教をしにきたに違いない。

「別に。君は表の仕事でも、この街の治安維持に携わっているし、責めるつもりはないよ。ただ、力也(りきや)との関係はもう少し考えて欲しいなって、忠告しにきただけ」

 力也とは、青海の下の名だ。チャッキー以外、誰も呼ばないので、仲間内では忘れられがちだ。

「あんな独善的なチンピラと仲良くできないよ。あいつ、アラサーのくせに、未だに10代の頃にいた半グレ集団の理屈で動くんだぜ。私刑上等、人の揉め事に首突っ込んでは、引っ掻き回す。天敵は警察。表の仕事以外では、お近づきになりたくない種類の人間だ」

「けど、働き者で僕としては有難いよ。実戦で使えないのが玉に瑕だけど」

 ポケットから、電源を切っておいたスマホを取り出し、起動させた。

 不在着信50件に未読メッセージ119件。

 全部ジャスティス7の面子からで、うち9割が青海だった。
 ストーカーか、あいつは。

 メッセージは最後の方は、バカだの死ねだの低レベルな暴言しかない。
 留守電にも、どうせ罵詈雑言しか吹き込まれていないだろう。

「じゃあ、何であいつをレッドにしなかった。どうして僕を選んだ。僕は地球防衛戦隊なんて、法に触れそうな活動やりたくない。僕を失業させる気か?」

 生活のためだけでなく、僕には、今の会社でまだ働いていたい理由がある。辞職なんて、絶対に嫌だ。
 人が真面目に尋ねているのに、チャッキーは、フローリングに転がり背中をかきはじめた。

「何度も言っているじゃないか。星の導きだよ。君はレッドで力也はブルー。そういう星の元に生まれたんだ。恨むなら運命を恨むしかないね」

 憎たらしい。
 ぶん殴って、窓から捨ててやりたいが、動物愛護法に引っかかるといけないので、ぐっとこらえる。

 帰りがけに買ったコンビニ弁当を袋から出し、卓袱台に置く。

「僕の分はないの?」

「ない」

「他の人はミルクとかくれるよ」

「じゃあ、他の人のところに行け」

 味気ないパサパサの鮭の塩焼きがメインのコンビニ弁当が、今日の僕のディナーだ。栄養補給以外の意味を持たない夕飯を、一体僕はいつまで続けるのだろう。
 デザートに買ったプリンだけが、少しだけ楽しみだけど。

「知ってのとおり、君がいないとジャスティス7は弱々なんだけど、今日は君なしで怪物を一人捕まえて、警察に引き渡したんだ」

「ふーん」

 今後も是非、その調子で頑張って欲しい。

「大人しい怪物でさ、盗んだ捨てチャリに乗っていたのをブルーとブラックで捕まえた」

 しょぼっ!
 職質に励む交番のお巡りさんの真似事をするのは、青海が職質され慣れしているせいか。
 しかし、怪人って自転車乗れるんだ。

「元はフラフラ蛇行運転していたのに目をつけて、攻撃したんだけどね。思わぬことでお手柄になったよ」

 鮭、今日も固いな。

占脱(せんだつ)か。いつものとおり、氏名不詳、住所不定、言語も話さずなんだろう? 明後日、検察庁(うち)に来るだろうな」

「珍しい奴だし、君のところで担当して欲しいな」

「さあ。決めるのは部長だし、記録に名前が出ていないとはいえ、捕まえたのがあいつらだから、僕のとこには来ないんじゃないかな」

 チャッキーは立ち上がり、僕の脇腹に身をすり寄せた。気持ち悪いので離れてくれ。

「でも、君のお陰で、他のコンビは怪人案件大量に抱えて大変なのに、君のコンビは怪人は1匹も受け持ってないんだろう? 不平等だよ。そろそろ、来るんじゃない? 今回の件は、君はノータッチだったしさ」

 ノータッチの言い方に、棘があった。
 仕方がないだろうが、僕は残業があったんだ。合法的な正義の味方としての。

「不平等じゃないよ。その分、うちは人間の被疑者が多い。裁判員対象事件も多めだ。楽はしてない」

「ねえ、プリン、後で一口でいいからちょうだいよ」

 反論はせず、チャッキーは再び餌付けを要求してきた。

 僕は仕事用のポーカーフェイスを貼り付け、図々しい宇宙生物を見下ろし、言った。

「だめ」
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