第27話 二〇二一年五月一四日(東京)

文字数 857文字

 曾祖父が語った話の衝撃は余りにも強く、裕太には理解しがたい部分も多かった。それでも裕太の心に強く引っかかるものも数多くあった。
「やっぱり死んだのかな、曾祖父ちゃんの友達だったっていう、その親衛隊の人」
「そういう事になっているな」
 その曾祖父の平板な声からは、何の感情も読み取れない。
「何かムカつくな」
 裕太は低い声で呟いた。
 我が身を守る為に強い者の仲間に加わり、罪もない弱い者を迫害する。そうしなければ、今度は自分が迫害される側に追いやられてしまうからだ。
 だから死にたくなければ、殺せ。
 裕太は思った、ナチは今の日本のイジメグループに似ている……と。
 あるいは、イジメグループの本質がナチに似ているのか。
 仕方なかったんだ、そうしないと自分が酷い目に遭わされてしまうのだから。
 その言い訳は卑怯だと、裕太は思う。
 ペーターも苦しんだのだろう。
 だがそれは関係ないと、裕太は思う。
 好きで楽しんで迫害したのだとしても、強いられて嫌々迫害したのだとしても、迫害される側の者が受けた痛みと苦しみに何も変わりは無いのだから。
 レーナも強制収用所の囚人達も、ペーターを心の底から憎んで恨んだに違いない。
 ペーターのような人を許してはならない。
 裕太はそう思った。戦争にしろ、人種差別にしろ、イジメにしろ、この世の中の様々な悪を許してのさばらさせているのは、数多くのペーターのような人間ではないかとも、裕太は考える。
 そのペーターを良い奴だと言い、彼と共に過ごした時の記憶を今も懐かしみ、その死を悼んでいるらしい曾祖父の気持ちが、裕太にはよくわからない。
「その親衛隊の人には、俺、死んでほしくなかったな」
 少なくとも、祖父に聞かされたような形では。
「悪い事を散々して、人もいっぱい殺してさ。なのに最後には英雄扱いされて、みんなに感謝されて笑って死んだわけでしょう? それって、何か狡い気がするよ」
 死ぬなら戦犯として法廷で裁かれ死刑になるべきだと、裕太は思う。
 史生は裕太の言葉を頷きながら聞き、その後でまた話を続けた。
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登場人物紹介

 ペーター・ドレシャー……ただ機械が好きなだけの、大人しく心優しい青年。興味があるのはナチスの政治的な主張ではなく、ナチスが作らせた戦車や装甲車。それで戦争が始まると、一兵卒として召集される前に戦車の整備をする技術将校を目指して士官学校に入学する。

 杉村史生……ペーターと同じく、機械が大好き。ベルリン工科大学に留学し、ペーターと親しくなる。第二次世界大戦が始まった為に帰国できなくなり、ベルリンで機械工学の勉強を続ける。そして大戦末期のロシア軍に包囲され陥落寸前のベルリンで、旧友ペーターと再会する。

 ヨーゼフ・ヴェーゲナー……ペーターの従兄でナチスの若きエリート。ナチス思想に心から染まっているわけではなく、第一に考えているのは己の出世。愛想は良いが心は冷たい。だが従弟のペーターのことは彼なりに大切に思っており、親衛隊に誘ったり、ペーターが窮地に陥ると救いの手を差し伸べたりする。しかしその為、ペーターはますます悪の道に堕ちて行くことになる。

 ケーテ・レンスキ……ポーランド国境に近いポメラニアに住む少女。略奪や暴行をしながら進撃するロシア軍の猛攻に追われ、撤退するミュンヘベルク師団と共にベルリンまで逃げる。その間、師団の看護婦の役目を務める。

 ユーリ・アレクサンドロヴィチ・スミルノフ……ロシア軍の大尉で正義感あふれる熱血漢。政治将校だが、ナチとドイツ軍は憎むが、ドイツの民間人は守ろうとする。

 ステパン・グレゴリオヴィチ・フョードロフ……ロシア軍の上級中尉。NKVD(後にKGBとなる国家保安人民委員部)の職員。

 花井孝三郎……表向きは駐独日本大使館の旅券課員だが、実は陸軍中野学校で教育された特務機関員。杉村史生に総統官邸に潜入しヒトラーの動向を探るよう命じる。

 ハンナ・ベルツ……ベルリンに住む少女。父親が反ナチ思想の持ち主で、「ナチスよりロシア軍の方がマシ」と教え込まれている。

 エルナ・ウルマン……ハンナの友達。父親がドイツ軍の将校である為、ロシア軍をとても恐れている。

 アントン・ブリュックラー……SS中尉で強制収容所の副所長。楽をして生きている要領の良い男。ドイツ軍の敗戦を見越し、収容したユダヤ人から略奪した金品を横領している。

 レーナ・フェスマン……強制収容所に収容されているユダヤ人の少女。頭の良い文学少女で、ふとしたことから知り合ったペーターと親しくなる。しかしそれは決して許されない恋だった。

 バウル・リッター……ベルリン郊外で退却しながら戦うドイツ第九軍の少年兵。故郷の東プロシアはロシア軍に占領され、絶望しながら西へと逃げている。

 マックス・シュペート……第九降下猟兵師団の伍長だが、本来は空軍の整備兵。兵力不足で東部戦線に駆り出された際に、ロシア兵の残虐さを目にした為、ロシア兵の捕虜になることを死ぬより恐れている。

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