第24話

文字数 3,255文字

 週刊春秋の記事が出てからネット上では騒然となった。SNS上では憶測を含んだコメントが様々に出回り、炎上するサイトも多くみられた。しかし日本とアメリカの大手ニュースメディアにおいては簡単な記事が載った程度でSNS上での騒ぎを取り上げることはなかった。そのメディアの報道姿勢がさらにネット上で陰謀論を助長する結果となった。また管轄地域の知事である東京都知事の福島百合子の対応も責任逃れの感を免れないものであった。東京都では二人の死者が出た一連の逮捕劇に全く関与していない。八王子の障害者総合ケアセンターに関しても知的障害者に対しての食事療法や新しい学習プログラムの導入という診療方針の試みに対して認可しているのであり人体実験に関して知事は全く認識していなかったというものだ。そして最後には自衛隊の特殊作戦群を投入したのは大沼総理の判断なので総理に詳しく聞いてくれとどこか他人事のような対応だったので都民に限らず国民全体から批判の声が絶えることはなかった。また事件の詳細を積極的に取り上げようとしない大手メディアに対しても批判が続出した。特に東京経済時報は大沼政権たたきには熱を上げるがこの事件の報道はほぼ皆無に近い状況であったので、東京経済時報の社主新井正と五代幹事長の関係がSNS上で大々的に取り上げられることとなった。
 そう言った一連の騒動の中で白川久男は天台座主渡辺、大沼総理の秘書宇梶実および内調勤務の玉木大輔と東京でのデモの詳細を話し合った。その結果、敵の一番弱いところ、東京都知事の福島百合子解任を目的としたデモを行い、都知事リコール運動につなげる戦略をとることにしたのである。その第一段階として日本で最大のSNSプラットフォームであるZOO ZOOタウン内での世論誘導を行った。その内容は週刊春秋で報道された二千万人の移民受け入れ計画を利用することである。中国国内で戸籍のない黒戸をまず来日させてその上で黒戸たちに遺伝子書き換えを行い、おとなしい性格に改造し移民として受け入れるといったものが移民受け入れ計画の実態というものである。その黒戸来日に関与しているのが五代礼三幹事長と青木キャサリン副総理兼財務大臣である。また八王子の施設の設立には都知事福島百合子が関与し五葉重工グループに出資させて行わせたというものだ。そしてその計画の第一弾として京都府知事の孫英玲の移民百万人政策であるとの筋書きである。もちろんこれは事実の断片を寄せ集めた白川たちの創作ではあるが、都知事の無責任な対応に不満が爆発寸前の都民にはこの話は自然と受け入れられ、ZOO ZOOタウン内では半ば公然の事実として扱われることとなった。
 一方天台座主の渡辺は関東圏内の天台宗徒を中心に来る土曜日の午前中に都知事糾弾のためのデモに参加するようにとの依頼を行った。天台宗徒からは五百名ほどの参加者が見込めるとのことである。また総理秘書の宇梶は極秘裏に新民党党首となった田代健司と会談し打倒五代と青木のためにデモへの協力を要請した。田代は五代との関係はあるのだが政権奪取の足掛かりとなりそうな都知事糾弾デモを好機と捉え新民党支持者から三百名ほど参加させることを承諾したのである。これで八百人規模のデモが来る土曜日に都庁前で行われることとなった。白川はデモの規模としては物足りないものを感じたがZOO ZOOタウン内でも参加者を募っており、プラスアルファが見込めること、それと今回は第一回ということで柚木をはじめメディアに大々的に取り上げられることにより今後の拡大が見込めそうなことを考慮して土曜日の午前十時に新宿西口を出発して中央通りを都庁まで進み中央公園で都知事解任のシュプレヒコールを行う計画を承認した。

 新宿西口の高層ビルにあるホテルのラウンジに島村瑠璃は栗林最愛(モア)と対峙していた。瑠璃は毎週水曜日新宿にあるカルチャーセンターで江戸後期の庶民文化についての講座を持っている。担任教授の宮本から紹介された講師であるが生徒数も多く結構実入りのいいバイトなので瑠璃にとっては学外の空気も味わえ、気に入っている仕事である。講座は午後三時には終わるので普段は一人で新宿の街を散策するのだが今日は久々に栗林から誘いがあったのでこのホテルのロビーでお茶することにしたという次第である。注文したロイヤルミルクティーとケーキのセットが来た。栗林は一口飲んだ後で瑠璃に話しかけた。
「瑠璃、最近きれいになったわね。きれいというか、なんか美しいという感じかな。お釈迦様みたいに後光がさして光り輝いてる感じよ。なんかあった?」
「いいえ、特には」
「太といい感じって聞いてるわよ。兄夫婦も瑠璃のこと気に入っているみたいだし」
「ええ、夏休みに太君の実家に二週間ほど滞在したんです。長野はいいところですね。空気がさわやかっていうんですか。東京のようなべたついた感じじゃなくて」
「単なる田舎なのよ、で、太とはどうなっているの?」
「うーん、モアさん、しつこい。せっかく話しそらそうとしているのに」
「いいじゃない、あなたの気持ち聞かせてよ。太、結構落ち込んでいたわよ。せっかく意を決してプロポーズしたのに、太がちゃんと社会人になるまで待っててねって、行ったそうね」
「太君、そんなことまで話したんですか。もう、男のくせにおしゃべりなんだから。でもやっぱりそういうことはちゃんと生活基盤を築いてからでないと、私もすんなりハイって言えません。モアさん、そうでしょう?」
「確かにね。でも就職のことなら心配しないで。白川のところに行くことになると思うから」
「白川さんのところで太君何やるんですか?彼、文系ですよ」
「この話は白川から私のところに来たの。まだ太には話していないので彼には黙っててね」
「ええ。でもどんな仕事なんですか」
「私は上手く説明できないのだけれど、白川がやっているAIの進化にはどうしても文系的な考え方を数値モデル化させる必要があるんですって。今彼がやっていることも深層学習の一種でAIに人の思考パターンを認識させてAIが出した結果を説明させようとするものじゃない。でも次世代のAIはAIそのものに人と同じように考えさせて結論を導き出させたいんだって。そのためには文系の思考をどのようにロジック化するかが課題で太にはその仕事をやってほしいって言っていたわ」
「おもしろそうですね」
「でしょ、だから経済的には心配しなくても大丈夫よって今日は言いたかったの」
「優しい、叔母様ですね。」
「でしょう?」
「でも私七歳も年上ですよ」
「気にしない。七歳上だと丁度一緒に死ねるんじゃないの?」
「太君といるときは楽しくて幸せなんですけど、一人になると、なんて説明したらいいかわかりませんがもっと世界の、いいえ、この宇宙の深淵を理解したいといったそのようなものにだんだんと引かれているんです。私、何言っているんだろう。ちょっと変ですよね。今言ったこと忘れてください」
「いいえ、あなたの気持ちわかるような気がするわ。白川も言っていたけど、瑠璃がどんどんと大きな存在になっていっているってね。そのうち世界を導く救世主になるんじゃないかって半ば心配していたわ。私もそう。この世界を紹介したのは白川だけど、いろいろと瑠璃に教えたのは私じゃない。だから瑠璃が救世主の道選んだら本当にあなたにとっていいのかなっても思うわけよ。瑠璃が選ぶ道なんだけどね。あなたにとっては太がこの世界にあなたを引き留めて置ける存在じゃないかしら。私の言っていること考えてくれたらうれしいわ」
「わかりました。まだ一年ちょっと時間ありますから、それまでに結論出します」
「何か脅迫しているみたいだわ。悪くとらないで、瑠璃は瑠璃が選んだ道を行けばいいのよ。そこに太の存在があれば私は嬉しいけどね」
 冬の日没は早い。だんだんと日の光が赤く染まってきて街灯が点灯しているのも構わず女二人の会話は終わることなく続いていった。
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