第63話 交際1週間記念
文字数 2,950文字
水曜日の午後。
日課になりつつある秘密のLINE通信。彼から「病院行ってきた」という連絡が入った。え? 私どう反応したらいい?
「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「大丈夫。来週の今日、することになった」
「頑張ってね」
「ありがとう。また夕方LINEする」
「はい」
何だか、具体的な単語は使い難い。誰も見てないのは分かっているし、相手が彼だと他人には分からないのに、何故か気を遣う。
夕方はLINE電話で話をしてみようかな? それよりも、今日も私の部屋に来るのかな? 何だか、もう毎日会わないと寂しいかも。
昨夜、料理の作り置きをしておいたから、今日は簡単に夕飯の用意ができる。
夕方になってLINEが入った。
「電話できる?」
「できるよ。こちらから掛けてみようか?」
「待ってる」
昨夜覚えたとおり、LINE電話を掛けたら、直ぐに繋がった。
「こんばんは、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
「今日も、来る?」
「いいの?」
「うん」
「じゃ、10分後くらいに、あそこで」
「分かった」
と言って、電話を切った。これくらいなら、LINEの文字でも大して変わらないか、と思わず一人で笑ってしまった。
車に乗り込みながら、話を始めた。もう慣れたものなのよ。
「今日で6日目のデートだよね。交際開始からだと、ちょうど1週間」
「あ、そうだね。じゃ、ちょっと食事に行かない? 記念日ということで」
「いいわね。帰りに私の家でお茶にしたらいいよね?」
「何がいい? 何も考えてなかったから予約してない」
「何でもいいけど、今日は中華にする?」
「車で行ける店、え~と、あ、児島線にあったな。そこに行ってみよう」
「ああ、知ってるわ。そこでいい」
そのお店は、結構大きくて外観も素敵。駐車場も広い。高そうに見えるからお客が少ないと思ったら、ほぼ満席だった。二人席はあったので待たずに済んだ。3皿ほどを注文して、ご飯とスープを頼んだ。二人で分け合って食べる。中華料理は、そういうものだ。
「込み入った話は家でするとして、ここではスマホの話をしよう」
「月曜日から今日で3日だけど、スマホは役に立ってるよね?」
「うん。凄く便利」
「職場では、このままで全く困らない。それでも、外とかでは連絡取れないけど」
「うん、困らない。今までも、私自身は困らなかった」
「自分はね」と彼が笑う。
「家は電話があるからスマホ無くてもいい」
「結心さんと連絡取る為だけにクレジットカードのリスクを冒す必然性もない」
「そう。どうしても急ぐときは、彼女の携帯に電話すればいいから」
「そういうわけだから、君のスマホには契約する必要はないよね?」
「はい。それでいいです」
料理が運ばれてきたので、二人で分けながら食べた。彼はお酒を飲みたかったかも知れないけれど、車だから我慢して貰わないといけない。3皿は少し多かったかも。お腹が一杯になった。
「そうすると、そのスマホにsimを入れて通信できるようにするのは、全く僕が勝手にすることだよね?」
「そうなりますけど、……何を言おうとしているの?」
「昨日simだけ増やすと無料で使える話をしたと思うけど、覚えてる?」
「覚えてるよ」
「それを申し込みしたから、1週間くらいでsimが届くと思う」
「え? そうすると、このスマホに契約してないのに、何処でも使えるようになるの?」
「そう! 正確には、きちんと契約したsimだからね。僕のスマホとデータ使用量を分け合う形」
「分け合う?」
「だから、契約しているデータ通信量を2台で合算して精算する」
「じゃ、無料じゃないでしょ?」
「最低使用量3Gの契約をしているけれど、君と僕の2台を合わせても2G以下で、更にもう一枚simを持つ余裕がある。実際、僕の毎月使用量は1G以下。家と職場はWIFIがあるからね」
「そうか、どうせ余って捨てる余分を私が使うことになるから、無料みたいなものになるのね」
「ご名答! だから、僕も負担はしてないし、君のクレジットカードを使う必要もない」
「凄いわね! よくそんなことを考え付いたわね!」
「格安プロバイダが作っている制度で、家族とかサブ機に利用して節約している人が多い」
「今回なんかは、正にそれだね!」
「大きな写真なんかを送受信するときは、WIFIのあるところでやればいいから」
スマホ問題は思わぬ形で決着しそうだ。帰りの車の中で、気になっていることを聞いた。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「いいよ」
「こうしてLINEでやり取りしてるのを、奥様に見られたら困るでしょ? どうしてるの?」
「パスワードを設定してるから簡単には見られない。詩織さんのにもパスワードあるでしょ?」
「うん」
「僕のスマホに表示される名前は男性の名前にしてるし、微妙な発言は消せばいい」
「発言を削除できるのね?」
「厳密には、サーバーには残るし、他の機種から見ることも可能だけど、普通はそんなにまでして見ないよ」
「他の機械で見られるの?」
「例えばパソコンで見るとかすれば、消してもサーバーのデータを見られるみたい」
「怖いね」
「だから、こういう情報機器では、マル秘の情報交換はしないほうがいい。あくまで連絡用と割り切ればいい」
「そうだね、連絡用。私も古いのは消しておこう」
「僕もそうするよ。安全のためにね」
「うふふ、『密会』ね」
私も怪しげな単語を持ち出して笑った。
マンションに着いた。いつものように私が先に上がって、彼は車を置いてから上がってきた。
「今日もまた、ご馳走様でした」
「あっという間の1週間だったね。楽しい1週間だったよ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。なんかもう、毎日会ってるから、会わないと寂しくなりそう」
つい、私は本音を言ってしまった。
「ホント。でも、このままだと疲れるだろうから、ときどきはお休みしないとね」
彼が笑いながら言う。そのとおりなのよ。買い物すらできなかったもの。
「まあ、最初はこれでいいよね? 知らないことが一杯あるから」
「そう。凄く身近に感じられるようになってきた」
「私もそう」
「ねえ、こっちにおいでよ」と彼が誘う。
隣に座ると、抱き締めてくれた。暫くは、お互い無言になって、抱き締め合いながら、じっとしていた。
「あ、それでね、手術は来週の水曜日になった」
「そうなんだ。午前中なの?」
「いや、手術は午後になる。勿論、その日の内に帰るよ。自分で車の運転してね」
「へぇ~、手術しても運転していいの?」
「局部麻酔だそうだから、手術中の声とか音も全部聞こえるらしい」
「『あ、失敗した!』とか聞こえたら怖いよ」
「おいおい、怖いこと言わないでよ」
「ごめんなさい。冗談が過ぎたわね」
私も彼も笑った。こういう冗談を言える関係になってきた。
「ところで、明日はどうする? また、ここに来る?」
「できたら来たい。来てもいい?」
「いいよ。ごはんの用意もしようか?」
「ありがとう。ここで食べたい」
「毎日外食していいの?」
「大丈夫。元々、外食が多いから」
「奥様、寂しくないのかしら?」
「いないほうが楽みたいよ。どこの家でも『亭主元気で留守がいい』って」
「やっぱり、結婚なんてつまらないじゃない」
「確かに、そうかも知れないなぁ」
夢も希望もない中年の男と女の会話。だから、私の独身主義は正しいのよ。
日課になりつつある秘密のLINE通信。彼から「病院行ってきた」という連絡が入った。え? 私どう反応したらいい?
「お疲れ様です。大丈夫でしたか?」
「大丈夫。来週の今日、することになった」
「頑張ってね」
「ありがとう。また夕方LINEする」
「はい」
何だか、具体的な単語は使い難い。誰も見てないのは分かっているし、相手が彼だと他人には分からないのに、何故か気を遣う。
夕方はLINE電話で話をしてみようかな? それよりも、今日も私の部屋に来るのかな? 何だか、もう毎日会わないと寂しいかも。
昨夜、料理の作り置きをしておいたから、今日は簡単に夕飯の用意ができる。
夕方になってLINEが入った。
「電話できる?」
「できるよ。こちらから掛けてみようか?」
「待ってる」
昨夜覚えたとおり、LINE電話を掛けたら、直ぐに繋がった。
「こんばんは、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ」
「今日も、来る?」
「いいの?」
「うん」
「じゃ、10分後くらいに、あそこで」
「分かった」
と言って、電話を切った。これくらいなら、LINEの文字でも大して変わらないか、と思わず一人で笑ってしまった。
車に乗り込みながら、話を始めた。もう慣れたものなのよ。
「今日で6日目のデートだよね。交際開始からだと、ちょうど1週間」
「あ、そうだね。じゃ、ちょっと食事に行かない? 記念日ということで」
「いいわね。帰りに私の家でお茶にしたらいいよね?」
「何がいい? 何も考えてなかったから予約してない」
「何でもいいけど、今日は中華にする?」
「車で行ける店、え~と、あ、児島線にあったな。そこに行ってみよう」
「ああ、知ってるわ。そこでいい」
そのお店は、結構大きくて外観も素敵。駐車場も広い。高そうに見えるからお客が少ないと思ったら、ほぼ満席だった。二人席はあったので待たずに済んだ。3皿ほどを注文して、ご飯とスープを頼んだ。二人で分け合って食べる。中華料理は、そういうものだ。
「込み入った話は家でするとして、ここではスマホの話をしよう」
「月曜日から今日で3日だけど、スマホは役に立ってるよね?」
「うん。凄く便利」
「職場では、このままで全く困らない。それでも、外とかでは連絡取れないけど」
「うん、困らない。今までも、私自身は困らなかった」
「自分はね」と彼が笑う。
「家は電話があるからスマホ無くてもいい」
「結心さんと連絡取る為だけにクレジットカードのリスクを冒す必然性もない」
「そう。どうしても急ぐときは、彼女の携帯に電話すればいいから」
「そういうわけだから、君のスマホには契約する必要はないよね?」
「はい。それでいいです」
料理が運ばれてきたので、二人で分けながら食べた。彼はお酒を飲みたかったかも知れないけれど、車だから我慢して貰わないといけない。3皿は少し多かったかも。お腹が一杯になった。
「そうすると、そのスマホにsimを入れて通信できるようにするのは、全く僕が勝手にすることだよね?」
「そうなりますけど、……何を言おうとしているの?」
「昨日simだけ増やすと無料で使える話をしたと思うけど、覚えてる?」
「覚えてるよ」
「それを申し込みしたから、1週間くらいでsimが届くと思う」
「え? そうすると、このスマホに契約してないのに、何処でも使えるようになるの?」
「そう! 正確には、きちんと契約したsimだからね。僕のスマホとデータ使用量を分け合う形」
「分け合う?」
「だから、契約しているデータ通信量を2台で合算して精算する」
「じゃ、無料じゃないでしょ?」
「最低使用量3Gの契約をしているけれど、君と僕の2台を合わせても2G以下で、更にもう一枚simを持つ余裕がある。実際、僕の毎月使用量は1G以下。家と職場はWIFIがあるからね」
「そうか、どうせ余って捨てる余分を私が使うことになるから、無料みたいなものになるのね」
「ご名答! だから、僕も負担はしてないし、君のクレジットカードを使う必要もない」
「凄いわね! よくそんなことを考え付いたわね!」
「格安プロバイダが作っている制度で、家族とかサブ機に利用して節約している人が多い」
「今回なんかは、正にそれだね!」
「大きな写真なんかを送受信するときは、WIFIのあるところでやればいいから」
スマホ問題は思わぬ形で決着しそうだ。帰りの車の中で、気になっていることを聞いた。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「いいよ」
「こうしてLINEでやり取りしてるのを、奥様に見られたら困るでしょ? どうしてるの?」
「パスワードを設定してるから簡単には見られない。詩織さんのにもパスワードあるでしょ?」
「うん」
「僕のスマホに表示される名前は男性の名前にしてるし、微妙な発言は消せばいい」
「発言を削除できるのね?」
「厳密には、サーバーには残るし、他の機種から見ることも可能だけど、普通はそんなにまでして見ないよ」
「他の機械で見られるの?」
「例えばパソコンで見るとかすれば、消してもサーバーのデータを見られるみたい」
「怖いね」
「だから、こういう情報機器では、マル秘の情報交換はしないほうがいい。あくまで連絡用と割り切ればいい」
「そうだね、連絡用。私も古いのは消しておこう」
「僕もそうするよ。安全のためにね」
「うふふ、『密会』ね」
私も怪しげな単語を持ち出して笑った。
マンションに着いた。いつものように私が先に上がって、彼は車を置いてから上がってきた。
「今日もまた、ご馳走様でした」
「あっという間の1週間だったね。楽しい1週間だったよ。ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。なんかもう、毎日会ってるから、会わないと寂しくなりそう」
つい、私は本音を言ってしまった。
「ホント。でも、このままだと疲れるだろうから、ときどきはお休みしないとね」
彼が笑いながら言う。そのとおりなのよ。買い物すらできなかったもの。
「まあ、最初はこれでいいよね? 知らないことが一杯あるから」
「そう。凄く身近に感じられるようになってきた」
「私もそう」
「ねえ、こっちにおいでよ」と彼が誘う。
隣に座ると、抱き締めてくれた。暫くは、お互い無言になって、抱き締め合いながら、じっとしていた。
「あ、それでね、手術は来週の水曜日になった」
「そうなんだ。午前中なの?」
「いや、手術は午後になる。勿論、その日の内に帰るよ。自分で車の運転してね」
「へぇ~、手術しても運転していいの?」
「局部麻酔だそうだから、手術中の声とか音も全部聞こえるらしい」
「『あ、失敗した!』とか聞こえたら怖いよ」
「おいおい、怖いこと言わないでよ」
「ごめんなさい。冗談が過ぎたわね」
私も彼も笑った。こういう冗談を言える関係になってきた。
「ところで、明日はどうする? また、ここに来る?」
「できたら来たい。来てもいい?」
「いいよ。ごはんの用意もしようか?」
「ありがとう。ここで食べたい」
「毎日外食していいの?」
「大丈夫。元々、外食が多いから」
「奥様、寂しくないのかしら?」
「いないほうが楽みたいよ。どこの家でも『亭主元気で留守がいい』って」
「やっぱり、結婚なんてつまらないじゃない」
「確かに、そうかも知れないなぁ」
夢も希望もない中年の男と女の会話。だから、私の独身主義は正しいのよ。