第4話

文字数 2,099文字

 落語会が終わった後に楽屋を訪れたのだが、正直言うとその時「打ち上げ」に誘われたのだ。でも
「わたしたち高校生だからお酒飲めないし、バイクで来てるから駐車の問題もあるし」
 そう言って断ったのだが翠は行くと返事をしていた。
「里菜、悪いけど一人で帰って」
 両手を合わせてお願いされてしまった。正直言えば、わたしも小鮒さんと話がしたかった。バイクで来た事を少し悔やんだ。
「里菜ちゃん。後で連絡するから」
 小鮒さんがそうわたしの耳元で囁いた。わたしは驚いて顔を見てしまった。わたしの考えていたことが伝わったと思ったのだ。
「じゃあ」
 それでLINEを交換したのだ。
 この時必ず小鮒さんが連絡をくれると信じてした。後から考えると、わたしもおめでたい。だって小鮒さんとはこの前バイクを直して貰って、今日、落語を聴きに来ただけなのだ。でもこの時は何か予感めいたものを感じたのだ。
 わたしは馬富さんと楽しそうに会話をしてる翠を置いて会館の表に出た。初夏の日差しは爽やかで気持ちよかった。
「家に帰って勉強でもしてよう」
 そうなのだ。わたしはこれでも受験生なのだ。一応大学に行く希望は持っている。歴史が好きなのでそっちの方に進みたいと考えているのだ。
 駐輪場からバイクを出して赤いヘルメットを被って跨がりセルを押した。あれからメンテナンスをして貰ったので調子よくエンジンが掛かった。ギヤをローに入れてスロットルを少しずつ開けるとバイクは簡単に走り出した。道に出てギヤを上げて行く。風が躰を吹き抜けて行く。こんな時やはりバイクに乗っていて良かったと感じる。
 翠はきっと馬富さんかだれかに送って貰うつもりかバスで帰る考えなのだろう。

 家に帰って勉強をしているとスマホが鳴ってLINEのメッセージが来た。見ると小鮒さんだった。
「今度都合の良い時に近くまでミニツーリングしないかい?」
 そう書かれてあった。そうか、彼もバイク乗りだったと言っていたっけ
「いいですよ! 楽しみにしています」
 そう返信した。ありがとうと書かれたキャラクターのスタンプが送られて来た。その画面を見ながら
「でも土日って忙しいんじゃないのかしら」
 そうつぶやいていた。
 更に勉強をしていると夜になって翠から電話が掛かって来た。今日の成果を報告したくて仕方ないらしい
「あのね。あの後ねえ、袁市さんと小鮒さんと馬富さんと飲みに行ったのよ」
「あんたお酒飲んだの?」
「まさか、わたしはジュースで他の人は生ビールだった。それも軽く飲んだだけだから。でも話を沢山したのよ。それでね馬富さんて、今彼女居ないんだって。だから今度プライベートで逢う約束しちゃった」
 馬富さんが翠の好みのタイプだとは判っていたが、彼女の積極さには驚いた。
「へえ~。それで付き合うの?」
「上手く行けばね。里菜ほどうした?」
 どうもわたしの事が気になるらしい。自分だけ先駆けしたと思っているのかも知れない。
「時期は判らないけど今度近所にツーリング行くことを約束した」
「やったじゃん! それって小鮒さんでしょう」
「そうよ」
「ああ、それからね袁市さんは妻帯者だからね」
「そんなの訊いてないわよ」
 外見からの想像だが小鮒さんと馬富さんは二十前後な気がした。袁市さんは二十代後半だと思う。社会人を経験して入門したと言っていたから、そんなものだろう。でも前座に五年ほどかかると言っていたから高校を卒業してからだと二十三ぐらいなんだろうか?
そこまでは行っていない気がした。

 翌日の月曜の教室では翠がわたしの席に来て、嬉しそうに話をしている。電話では言っていなかったが何と皆と別れた後も逢ったそうだ。それも二人だけで逢ったという。だから遅くなって掛かって来たのかと納得した。
「結局、東京まで一緒に行っちゃった! 彼も色々と用事があったから、それほど長い時間じゃ無いけど濃密な時を過ごしたのよ」
 昼間から女子高生が言う内容だろうか? 翠の性格は知っているので変に誤解はしないが、わたし以外の人が聞いたら確実に誤解するだろう。
「どのくらい逢えたの?」
「行き帰りも含めて四時間ぐらいかな」
 初めてのデートにしては充分ではないだろうか。
「そうそう良いこと教えてあげる。馬富さんと小鮒さんって同じ高校の同級生なんだって」
 そう言えば小鮒さんは地元の出身って言っていた
「東高校だってさ」
 県立東高校はわたし達の実咲高の隣の高校でバリバリの進学校だ。入るのも結構大変だから、成績は良かったのだと思った。
「でもね、噺家になりたくて高校二年で辞めてしまったんだって。それで、それぞれの師匠の所に入門したそうよ。でも最初は高校を卒業してから来なさい、って断られたんだって」
 それで年齢の事は納得した。すると二十一か二十二だと思った。
「良く入門出来たわね」
「それが師匠の家の玄関の前に座り込んだそうよ」
「ふたりとも?」
「うん。それで許されたそうよ」
 わたしは、それを聞いて小鮒さんは外見よりも芯の強い人なんだと思うのだった。
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