8話 運命の波紋(2/7)

文字数 2,309文字

フリーは、暗い森の中を必死で駆けていた。

(お願い!! 菰野!! 無事でいて!!)

リルはそんな姉の足音を追っている。
けれど、その足音は遠ざかるばかりだった。
(ど……どんどん離されちゃうよ……)
リルの方がフリーよりも夜目が利く。
それでも、背の高さ……脚の長さの違いもあって、リルはフリーに離される一方だった。
(ボクの足じゃフリーには、追いつけない!!)
リルは、現実に涙を滲ませる。
遠ざかる足音と、その先から小さく途切れ途切れに聞こえる叫び。
きっとフリーにはまだ聞こえていない。
コモノサマは今、誰かにやられてる。
でも、伝えたところで姉は余計駆け付けようとするだろう。
どうすれば良いのか分からずに、リルはただ祈りながら、必死に走り続ける。
どうか、姉が危ない目に遭いませんように……と。

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「ぐあっ!!」
菰野の叫びが、暗い森に吸い込まれる。
その両太腿からは鮮血が溢れていた。

「これでもう、逃げる事もないな」
葛原の足元では、荒い息の菰野が後ろに手を付き、崩れそうな身体を何とか支えていた。
「葛兄様……どうしてですか……」
かすれた声で菰野が尋ねる。
栗色の瞳が、それでもどこか縋るような、祈るような色で葛原を見上げていた。

葛原は思う。
父上と同じ栗色の瞳、父上と同じ栗色の髪。
どれだけ欲しいと思ったことか。
いつもいつも羨ましくてたまらなかった。

自身の目と髪は、父上とは似ても似つかない青鈍色で、それは、葛原をいつも冷たく見下ろす母の色だった。
この瞳を隠したくて、前髪を伸ばし始めたのはいつだったのか。
もう、随分と昔の事だ。

「理由など、お前が知る必要はない……」
葛原の言葉に、菰野が荒い息の合間から掠れた声を漏らす。
「……そんな……」
菰野の滲んだ瞳は、まだ疑問や悲しみに惑うばかりだった。
せめて、お前が私を憎んでくれれば。もっと違った目で見てくれたなら……。
そんな願いを込めて、葛原は菰野を刀の鎬で殴り付けた。
「そのお前の、眼も! 髪も!!」
菰野の頬と頭に新たな傷が付く。
「昔からずっと気に食わなかっただけだ!!」

「昔……から……?」
目の端に涙を滲ませながらも、菰野の表情は変わらなかった。
幼さの残る顔に、髪を伝った赤いものがくっきりと色を残して流れてゆく。
「けれど……私が幼い頃、葛兄様はよく遊んでくださって……」
菰野の言葉に、葛原の胸に懐かしい日々が過ぎる。

幼い頃は、常に葛原にべったりだった菰野。
いつもにこにこと私の後ろを付いてきた。
菰野は私に、溢れんばかりの笑顔をくれた。

私を唯一慕ってくれた菰野。

そんなお前が本当に可愛かった……。

だが、お前と一緒に居れば居るほど、父上が、どれほどお前を愛しく思っているのかが伝わってきて、私に対するそれとの違いを見せ付けられているようだった。
『葛原は、いつも菰野と遊んでやって、いいお兄さんだな』
父上はそうおっしゃった。
私が菰野と一緒にいる時、父上は、とても嬉しそうになさった。
それが、従弟と遊んであげている私に向けられたものでなく、従兄に遊んでもらっている菰野に向けられているものだと気付くのに、そう時間はかからなかった。

「……お前の為ではない……」
「え……」
葛原の零した言葉に、菰野の声は震えていた。

「話はここまでだ」

意識を目の前の菰野に集中させるべく、軽く頭を振る。
そのまま静かに息を吐き、腰を落とした。

狙うは心臓。苦しめるつもりはない。

そこへ、駆け寄る足音が近付く。
「菰野!」
声からして、あの女だろうか。
しかし、葛原はもうその手を止めるつもりは無かった。

「あの世で父上に、可愛がってもらえよ……」
袈裟斬りに、菰野の左肩から斜めに刀を振りおろす。
刀は、十分な深さをもって、幼さを残した身体に食い込んだ。

何を求めていたのか、菰野は葛原へと右手を伸ばしかけた姿のまま、崩れるように地に沈む。
勢いよくふき出した鮮血が、菰野の周囲に血溜まりを作ろうとしていた。

「……こ」
駆け付けたフリーが目にしたのは、赤い雫を撒き散らしながら、なすすべもなく崩れる少年の姿だった。
「菰野!!!」
フリーの全身がガクガクと震える。
少女は怖くて怖くてたまらなかった。
「菰野! しっかりして!!」
悲痛な声を上げ、菰野に縋り付くフリーを、葛原は見下ろしていた。
「死んじゃ駄目だよっ! 菰野!!」
涙を零し、菰野だけを必死で見つめるこの少女には、これだけ至近距離で、剥き出しの刀を持って立つ葛原が、まるで目に入っていないようだった。
「菰野の女……か」
葛原の呟きに、驚いたように顔を上げるフリー。

その姿に、葛原は、やはり、と。菰野を羨ましく思う。
父上といい、加野伯母様といい、この妖精といい、久居といい……。
お前は、本当に多くの者に、心から愛されているのだな……。

ピクリともしない菰野に視線を落とす。
(私と……違って……)
菰野はもう死んだのだろうか。
苦しむようなら首を落としてやるつもりだったが。
「よし……特別に、お前も菰野の許へ送ってやろう……」
菰野への最後の手向けに、この妖精を添えることにして、葛原は刀を上段に構える。

フリーは、言葉とあまりに釣り合わない、男の優しげな微笑みに全身を震わせた。
(この人……なんでこんな事して、そんな表情(かお)できるの!?)
「動くなよ……一刀で仕留めてやる」
男の高く掲げた刀は、月光を映して、真っ直ぐ天を指しているかのようだった。
(に、逃げなきゃ……)
恐怖をありありと映して、葛原を見上げる妖精の瞳が、月の光を浴びて金色に輝く。
その体も足も、恐怖からかひどく震えて、力を入れようとしても叶わない。
(駄目……動けない!!)
葛原は、その金の瞳に向けて、真直ぐに刀を振り下ろした。
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登場人物紹介

リール・アドゥール (reel・adul) [鬼と妖精のハーフ]


フリーの双子の弟

14歳 6月25日生まれ 身長145cm 体重はかなり軽い

頭のてっぺんにちっちゃなツノ有り

種族の関係上、見た目は8~9歳程度


妖精ばかりの村でただ1人の鬼っ子。いわゆる虐められっ子。

幼い頃からずっと姉の後ろで守られてきた為、どうにも甘えた性格に。

泣き虫で、無邪気で純粋。良くも悪くも空気が読めない。


潜在能力は物凄いものの、まったく制御が出来ない(汗)

逆に言えば、今後一番成長していける子。


リールという名前は本編中では常にリルと略されている。

※久居・菰野はそれが略だということすら知らない

フリー・アドゥール(free・adul) [妖精と鬼のハーフ]


リルの双子の姉

14歳 6月25日生まれ 身長155cm 体重は普通 歳のわりに胸がある

背中にトンボのような羽と、頭に触角有り

こちらは14歳程度の外見


笑ったり泣いたり怒ったり、くるくる表情が変わる天真爛漫な女の子。

リルに比べるとずっと我慢強く、すぐに泣くタイプではないものの、

リルに比べて酷い目に遭いやすい。


普段はリルをからかったり虐めたり八つ当たりしてみたりと玩具にしているが、

いざというときには弟を守るべく必死になれる良いお姉さん。


背中に羽が生えているものの、退化していて飛ぶことは不可能。

材質的にはトンボの羽のような感じ。

爪のように毎日ちょっとずつ伸びるので、時々カットして長さや形を整える。

男性は小さめに、女性は大きく緩やかなカタチに整えるのが最近の流行。


触角はマナーとして一般的に接触禁止。


菰野 渡会 (こもの わたらい)


菰野が名で渡会が姓。姓は国(藩)名と同じ。

本編中には下の名前しか出ない

皇(藩主)の実姉の子

15歳 10月10日生まれ 身長160cm 体重は見た目より重い 童顔


生まれたときから城暮らし。

5歳の時に、海辺に落ちていた久居を拾って来る。


母親は菰野が10歳の時に死去。

その後は母の弟である譲原皇に温かく見守られ育つ。


立場上微妙なところにいるせいか、一人称が登場人物中誰より多く

私・僕・俺を器用に使い分ける。

久居 (ひさい)


苗字は記憶と共に喪失

18歳 5月生まれ(日は不明)身長165cm 体重は思ったより軽い

髪型のせいか態度からか、老けて見られる事が多い

8歳の冬、海辺に打ち上げられていたところを、菰野とその母に拾われて以降、菰野の傍を片時も離れず菰野の面倒をみながら育つ。

拾われる以前の記憶には部分的に抜けがある。

自分の存在意義を菰野に見出しており、菰野の為なら惜しみなく命も手放す。


過去のトラウマから、首元に触れられると意識を失う体質のため、真夏でも首元に布を巻いている。

幼少時から常に丁寧語で話す癖があり、咄嗟のときも、心の声も全て丁寧語。

葛原 渡会 (くずはら わたらい)


皇(藩主)と正妻との第一子

21歳 1月28日生まれ 身長165cm 体重は見た目よりずっと軽い


正統な皇位継承者。


父以外に愛情を注いでくれる対象を持たず、よって菰野が羨ましくてしょうがない人。

生まれたときから母親には邪険にされている。

譲原 渡会 (ゆずはら わたらい) 


皇(藩主)亡き姉の忘れ形見である菰野を、とても大事にしている。


姉が面倒を見ていた久居を引き取り、居場所と地位を与え、あれこれと教育を施す。

それに対し、久居は恩を一生尽くす事で返すつもりでいる。

そんな久居を譲原も信頼している。

加野 渡会 (かの わたらい) 


皇の実姉、一人息子の菰野をなにより大事にしていた。


菰野が拾ってきた久居の世話を焼き、居場所と仕事を与える。

その事を久居もとても感謝しており、恩を一生尽くす事で返すつもりでいる。

そんな久居を加野も、とても信頼していた。

リリー・アドゥール (lily・adul) {妖精}


リルとフリーの母親


妖精の村を隠す為、山にぐるりと張られた結界の管理者。

彼女にしか出来ない仕事というのが多く、案外多忙。

結界を扱うその能力は群を抜いている。


村長の娘ではあるが、妖精以外の種族との子を産んでしまったため、村から離れた結界ギリギリの場所に、ポツンと家を建てて家族3人で暮らしている。

子供達の安全の為、夫とは別居しているものの、夫婦仲はすこぶる良好。

葵 (あおい)


国(藩)に仕える盲目の隠密 女性 24歳


先に重りをつけた鎖を武器として用いている。

隠密としては優秀な類で、里の代表として国(藩)に仕えている。

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