第16話:納品先の倒産と家庭教師での出来事

文字数 2,088文字

 しかし、その月の月末にガソリンスタンドや飲み屋から彼のツケの分の取り立ての電話が鳴った。飲み屋が二ケ月分で二万円、ガソリンスタンドは一ヶ月分で二万円、合計四万円の請求だった。工場長に相談して彼が1月、中旬退職だから半月分の給料から、その分を払う事で解決できた。こんな、小説になりそうな事が、実際に起こるとは夢にも思わない山下だった。

親しくしている鋳物工場に、納品した品物を、倒産直前に全て、回収する話。新製品開発の最終段階で実際に鋳物を使った新製品の性能試験は長いつきあいの北関東の鋳物工場で行っていた。当時、鋳物産業は斜陽化の一途をたどり、儲けが少なく、どこの会社でも不景気な話ばかりだった。数年前のオイルショックが未だに尾を引いてる。

 この日も、いつも通り新製品の性能試験に行く日だった。その直前に本社からの電話が入り、その会社が明日倒産するという情報が入った。そこで納入した製品を全部、持ち帰ってこいとの指令だった。そこで工場長と善後策を考えて、私が発送部の大型トラックに分乗して、その工場へ行き不良品を間違って納品したので、回収するという名目で当社の納入した在庫品を全部回収する事になった。

 仕方なく私を含め三人で出かける事になった。二時間後、その工場に着き、相手の工場長に、不良品を納品してしまって申し訳ないと謝り在庫品を交換するので、いったん引き上げ、正規品を明日にでも持参すると言う事で了解してもらった。昼になり、工場の食堂で、その工場の仲の良い人と、いつもの様に、明るく話しながら昼食をとる事となった。

 顔見知りの面々と、顔をあわせるのが、辛くて、うつむき加減で、食べていると知り合いの、その工場の技術屋さんが、おまえの会社、不良品を納品したんだって、信じられないよ。そんな事していたら、競合メーカーに、市場をとられるぞ、しっかりしろよと、笑いながら言われた。彼とは、特に親しくしていたので食べたものが、喉を通らない程、辛かった。

 生まれつき、嘘と人参の大嫌いな山下としては、まさに断腸の思いだった。こんな不条理な事ってあるのか、山下は、みんなに本当の事を言いたい衝動に駆られた。30分位で食べて、さっさと納品した全製品を大型トラックに二時間かけて載せ終えて出発した。途中で工場長に報告をする事になっていたのだが、どうしても話す気になれなかった。

 そこで車に酔って吐いているから電話できないという事で運転手の人に代わって電話してもらった。帰り道では、みんな無言で暗い顔をしていた。明日は我が身という感じがしてならなかったのであろう。帰って翌日を迎え、やはり、その会社は事前の情報通り倒産した。その日は納品業者のトラックが列をなしてやって来たそうだ。

 その情報を、いち早く知った理由を探ってみると、その倒産した会社と自社が同じ大手銀行と取引している事が判明した。つまり、その銀行が、我が社まで連鎖倒産しては困った。そこで、そっと前もって負債をかぶらない様に教えてくれたのが真相の様だった。銀行って裏の顔は、きったねー、単なる、高利貸しと、同じじゃないかと山下は心の中でつぶやいた。

 山下先輩と家庭教師のアルバイトをした話。会社のパートのおばちゃんから、英語を教えてくれる家庭教師を探してる知り合いがいるので、英検二級をもってる、山下さんに、お願いしようと思いついたとの事だった。その人は工場から車で三十~四十分離れた、駅の近くの昔からの商店主だった。そこで翌日、早速行く事にした。

 そこは駅前の大きな商店で、すぐわかった。大きな一軒家で本宅と別宅からなっていた。その子の親と面会して話を聞いた。それによると中一中三の娘が別々の日に英語を教えて欲しいという。話し合いの結果、家庭教師の日時が火曜と木曜の夜七時から八時と決まった。二人分で月謝は、月一万円と提示してきたので了解した。

 中一の次女には英語の基礎の暗唱を繰り返し、とにかく基礎を徹底的に覚えさせた。覚えが良く有望だった。中3の長女はポニーテールの可愛い子で変に色気のある子だった。彼女には基礎的な試験をして弱点を探した。基礎はある程度あるのだ、読解力が弱く記憶力は良いのだが論理的な事柄を理解するのが苦手な様だった。

 数学も弱い様であったので、ご両親に山下先輩が数学に強い事を話したら数学の家庭教師も欲しいと思っていたので、是非、教えてくれる様に話して欲しいとの事だった。そこで山下先輩に話すと快く受けてくれた。火曜の夜七時~八時で火曜は山下と山下先輩の二人で行く事にした。その後、中一の次女は順調に進んだので中一の問題集を宿題として範囲と期間を決めて出す様にした。

 彼女の努力もあって、どんどん成績が向上してきて、喜ばれた。一方の長女は、理解力に難がある様で何回言っても、同じ所を間違える始末で、なかなか成績が上がらなかった。そのため叱ると、やる気をなくすという悪循環になってきた。そこで山下先輩に相談すると彼女は、おだてた方が良いとのアドバイスをもらい、その後少しでも良い所があれば誉める様にした。
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