第155話 顔合

文字数 2,143文字

「はぁ・・・」

 ユウトは一息吐き出しながらテントから出てくる。

「お疲れさまでした。ずいぶんと時間がかかってしまいましたね」

 ユウトの首元にいるセブルが反応した。

「そうだな。こんなに手間がかかるとは思わなかった」

 マレイ達が去ったあと、テントに集められていた数人の男たちはユウトの身体の寸法を測り、その体躯に合わせ鎧の可動部や固定具を入念に調整する。その調整は徹底しており、事細かにユウトへ感想を求めては金具の位置を変更したり印を鎧につけていた。そしてユウトが解放された後も未だに調整作業を継続している。作業が完了するのに丸一にはかかると聞かされていた。

「さて、と。とりあえず指定された場所に向かうか」

 ユウトは気持ちを切り替え歩き始める。夜通し続くであろう鎧の調整にユウトが付き合わされないのはもうすぐ予定されていた会議が始まるという知らせが届いたためだった。その知らせには会議が開かれるテントの場所とともに出迎えと案内をしろ、というマレイの指示も含まれている。すでに太陽は頂点を通り過ぎようとしていた。



 野営基地に設けられている数か所の出入り口の一つ、星の大釜に面した門にユウトは到着する。大釜の巨大なくぼ地の円に添っていくつもの物見やぐらと塀が築かれていた。

 門は開け放たれており見張りが数人立っている。ユウトは見張りに軽く手を上げながら挨拶をして門から外へと出た。

 門から出てすぐに大釜への傾斜地になっており、吹き上がってくるそよ風にあてられながら緩やかな下り坂を少し歩いてユウトは立ち止まる。遠く開けた大釜を見渡すと、その中心付近に見慣れない何かがあることに気づいた。

 ユウトが目を凝らしてその正体を掴もうとしていると丈のある草むらから何かがさらに姿を現す。そちらには見覚えがあった。卵をかたどったような滑らかな流線型の姿はヴァルがユウトの方へ向け移動してくる。ただその頭上に茶色をした布にくるまれた何かを乗せていた。

 ユウトはそれがゴブリンロードであることにすぐにわかる。ある程度近づくとユウトから声を掛けた。

「オレが案内することになっている。付いてきてくれ」
「わかった」

 短い言葉でロードが答える。その声の主は深くまとった布の隙間から虚ろな眼差しを覗かせていた。

 ユウトはヴァルと連れだって門を通り抜ける。その時、先ほどまでなかった門番の確かな視線を感じるが門番は何も言わず、動かなかった。

 マレイがすでに手をまわしているのだろうと考えながらユウトは歩みを進める。ほどなくして縦長に形作られたテントへと到着した。

 テントの周りには人が多い。その誰もが完全武装でテントを中心に外側へ向いていた。そのうち何人かをユウトは知っている。それはゴブリン殲滅ギルドのメンバーであった。ギルドメンバーが不揃いに各々が選んだ武装を行っているのと逆に、黒い光沢の鎧を身にまとった者が約半数を占めている。その黒鎧はディゼルやカーレンの物と似ており、それが騎士団員なのだと思いいたっていた。

 ユウトは迷うことなく入口から中へと入っていく。するとすぐに長い机を思わせる台が目に入った。すでにユウトが知る重要人物たちがそろっている。最奥にはマレイが堂々としたいでたちで座り、片方にはギルド副隊長のレイノス、もう片方には大石橋砦で指揮をとっていた調査騎士団団長のクロノワが向かい合うように座っていた。ヨーレン、ノノ、レナとディゼル、カーレンの面々が向かい合い少し下がったところに立ち、ラーラとノエンの姿も見える。それらの人々の視線が一気にユウトとロード、ヴァルへと注がれた。

「よく来た。ゴブリンロード。挨拶を姿を見せてもらえるか」

 マレイが力強い口調でロードへと言葉を投げかける。

「いいだろう。これが最初で最後の顔合わせだな」

 低くしゃがれた声と共にロードはまとっていた布をとると、その姿を露わにした。

 ヴァルの頭頂部に座り込むか細く貧相なゴブリンの身体に、疲れ切った深いしわを刻んだ顔の不格好なゴブリンが姿を見せる。とたんにその場の緊張の圧力が跳ね上がり、いくらかの殺意とも重なって、ユウトは皮膚がひりつくような感覚を覚えた。

「我々の準備は整った。あとはそちらの都合次第だ。今ここで決戦の開始日を決定したい。どうかな?」

 先ほどと一切変化なく動じないマレイの口調がその場の空気を落ち着かせ、緊張は次第に収まっていく。

「こちらの準備も整った。あとは大魔獣をおびき寄せるのみ。決戦の日は明後日、太陽が頂点を示すとき、大魔獣は大釜の底に現れる」

 ロードも眉一つ動かすことなく淡々と言葉を述べた。

「わかった。明後日の正午、決戦開始とする。これは決定事項となる。各自ぬかりなく頼む」

 マレイは声を張り、確かなものとして周囲に確認を取る。その声にこたえるようにレイノス、クロノアが深く頷いた。

「そう言うわけだ。これでもう皆、後には引けない。だからロード、一つ確認しておきたい。その知識、聡明さを犠牲にして行う命を賭けた最後の一撃は存在を確認したい。何か証になるものはあるか?」

 そう尋ねるマレイの声は低く静かに響く。ユウトにはそのマレイの質問がこの場に集まる代表として疑念を払しょくするためのもののように思えた。
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