貴方だけは。

文字数 4,911文字

 これは、そう。復讐。あの人に復讐するなら、私は何だってする。そう。何だって。


―――――


「今日は何して遊ぶ?」
「わりぃ、今日パス。ゴメンな?」

 何時もの放課後の会話。違うのはその言葉。

「え?どうしたの?熱でもあるの?学が遊びに行かないなんて?」
「んなこと言ったって、今日はおふくろに早く帰れ。って、言われてるんだよ」

 私は納得した。

「あ~、学のお母さん、厳しいもんね~」
「あれには逆らえない」

 学の一言に悪戯心が湧き上がる。

「あ~、学のお母さんに言っちゃおう。自分のお母さんのことをあれ呼ばわりしてたって」
「ちょ、それは止めろ!マジで止めろ!殺される!」
「そんな、大げさな」

 私はケラケラと笑いながら言うが、本人はかなり必死の様だ。

「大丈夫、言わないわよ」
「本当に頼むぞ、弥生~」

 縋るような目つき、上目遣い。ショタ属性を持っている学の姿は、私の心にクリーンヒットだった。かなりときめいてしまった。

「ぐはっ、あんた、やるわね」
「はぁ?何言ってんだよ?」
「うふふ、なんでもない」

 そう、彼は私の恋人。一つ一つの仕草が愛おしい。だけど、今日は遊べないというのは少し残念。

「じゃあ、また明日ね」
「ああ、悪いな。此の埋め合わせはちゃんとするから!」
「ええ、ちゃんと埋め合わせはしてもらうからね!楽しみにしてなさい!何をしてもらうか考えておくから」

 そう言うと、ちょっと困ったような顔をして言う。

「そ、そんな俺に出来ないような事は考えないでよ?」
「ふふふ、分かってるって、ほら行きなさいな」

 私は送り出す。じゃあ、と言って去っていく学。私はその後姿を見ている。胸の奥がズキンと痛む。どうせ明日になればまた会えるのに、此の彼の居ない時間がとてもつらい。

「あ~あ、本当に私夢中になってるんだな~」

 独り言を呟く。しんと静まり返った校舎。私は暫くぼーっとしていた。


―――――


「ごめん、遅れた……はぁ、はぁ、はぁ」

 走ってきたのか、彼は息を切らせてる。

「遅い!」

 私は怒る。

「ごめん!」

 平謝り。

「もう!」

 怒るふりをする。本当は嬉しい。会えたから。

「本当にごめん」

 彼は謝ってばかり。でもその姿も可愛いから許したくなる。いや、許す。

「いいよ。その一生懸命の姿を見たら、怒りも収まったから」
「本当にゴメンね」
「だから、もういいってば。謝らなくても」
「……うん、ありがとう」

 彼を見ていると嗜虐心が煽られる。だけど、それはまだ見せない。

「それじゃあ、行こっか?」
「……う、うん」

 そうよね。彼は初めてっぽいものね。ふふふ、確か彼女が居るのよね。楽しくてしょうがないわ。


―――――


「ねぇ、貴方?何しているの?」

 俺はビクッとして振り返ると、美人さんがそこには居た。

「あ、あの、なんですか急に?」
「ん~ただ単に私の目に貴方が写ったから、声を掛けたの。何をしているの?ってね?」

 な、なるほど、何かすごい人に声かけられた気分だ。

「は、はぁ」

 その美女はニコッと微笑む。

「あ、あの、それで……」
「ああ、そうそう。貴方は何をしていたのか興味があったのよ。一方を見つめて固まってたから」
「ああ、そういうことですね」

 俺は合点がいった。

「いえ、彼女と此の場で別れて。だけど名残惜しくて、ついつい彼女の後ろ姿をずっと見てぼーっとしてたところです」
「彼女と別れたの?」

 俺は焦って訂正する。

「い、いえ、違いますよ!そういう意味じゃなくて、彼女が帰ったんです!」
「あはは、そんなムキにならなくても分かってるわよ。からかい甲斐ある子ね?」

 そう言うと美女さんは笑ってる。少しムッとして言う。

「からかわないで下さいよ」
「ごめんね。ふーんそっか、彼女か~、良いわね~、青春しているわね」

 一瞬で赤面した。

「……」
「あら?どうしたの?顔を真赤にしちゃって……あはは、駄目、貴方可愛いわね。貴方みたいな子は好きよ?」

 今度は別の意味でドキリとして、更に顔を赤くさせた。

「……そんな事言ってからかって遊ばないで下さい」
「良いじゃない。私は貴方が気に入ったわ?ねぇ、少しお姉さんとお茶していかない?」
「は?」

 俺は何を言われたか、一瞬理解できなかった。

「貴方面白いから少しゆっくり話したいと思って。大丈夫よ、お姉さんのおごりだから」

 そう言われると、腕を引っ張られ、近くの珈琲ショップへ向かう。


―――――


 初めてキスしたのは、最近の話。そのまま流れで、エッチまでした。二人共初めてだったから、ぎこちなかったけど、幸せだった。一つになれて嬉しかった。心も一つになる様な感覚が私を包んだ。私は彼が好き、だから普通に卒業したら結婚して、子供を産んで……家族を知らない私に家族というのはどういうものなのか教えてくれる。そう思っている。


―――――


 ホテルの一室。彼女に連れられて来た。こういうホテルに来るのは初めてだ。緊張したが、何とか頑張った。彼女は褒めてくれた。その後初めてか聞かれた。俺は彼女に嘘を吐いた。「始めてだよ」って。彼女は満足そうに笑う。そして、彼女は囁く。「気持ちよかった?」と。俺は頷く。彼女は満足そうに笑って更に言う。「もっと気持ちいい思い、したくない?」彼女の誘惑にすぐに負けた。だが、それが不幸の始まりだった。


―――――


 朝、朝食を摂って、着替えて家を出る。

「おはよ、結局昨日何だったの?」
「ん、頼まれごと」

 俺は、慎重に「嘘を吐く」。

「頼まれごと?」
「まぁ、ぶっちゃけ家事の手伝いだったんだけどな」
「ふ~ん……たったそれだけのことを頼まれてたの?」
「いや、知らされてなかったんだ。それと、いくら彼女とはいえ、弥生と一緒に居すぎだって怒られた」

 心が痛む。だけど、あの人とは……

「え?学のお母さんってそんな人だったっけ?」
「あ、ああ」

 俺は心臓が破裂しそうなほどバクバクしている。

「ねぇ、学、何か隠してる?」
「は?隠してるって?何を?」

 心臓の音がうるさい。

「まさか……浮気!」


―――――


 私は冗談で言っただけの言葉だった。だけど、その言葉でわかってしまった。ああ、本当に浮気しているんだと。

「ち、違うよ」
「嘘。誰?誰なの?」

 私は学に迫る。

「い、いや、だから、違うって」
「嘘。誰?誰なの?」

 とても頭の中はクールだった。怒りが通り超えるとこういう風になるんだ。と、自己分析しながら問いただす。

「だから、違……」
「嘘言わない!」

 クラスの皆が一斉にこっちを向く。そして、クラスメートの一人がこっちに声を掛けてきた。

「おい、どうした?痴話喧嘩か?」

 私はそいつを殺す勢いで睨む。そのクラスメートは、言葉をつまらせ後ずさりする。

「で?誰?」
「ちょ、ちょっとまって、落ち着いて」

 落ち着いて?落ち着いているわよ。冷静よ。

「誰?」
「だから」
「誰?」

 間髪入れずに問いただす。

「……」
「だんまり。ふーん、まぁ良いわ」

 私は此の怒りを持ったまま一日を過ごした。いや、怒りを培養していたと言ってもいいだろう。授業が終わると私は彼を見もせず先に帰ったふりをする。そして、後をつける。


―――――


 喧嘩別れみたいになっちゃったけど……お姉さんのところにこれで気兼ねなく行けると思えばむしろ良かったのかもしれない。

「あっ、お姉さん」
「あら?今日は早いのね?」
「彼女にバレちゃって」
「あら、もう別れちゃったの?」

 お姉さんはびっくりしていた。

「まぁ、流れで……多分」
「……まぁ、良いわ。それじゃあ、行きましょうか」
「待ちなさい!」


―――――


「あっ、お姉さん」

 可愛い私の子が来た。

「あら?今日は早いのね?」

 私が聞くとバツの悪そうな顔をして言った。

「彼女にバレちゃって」
「あら、もう別れちゃったの?」

 思わずびっくりして本音が出てしまった。そして、それと同時に湧き上がる嗜虐心、だけどそれは表には出さない。

「まぁ、流れで……多分」

 私はもう待てない。

「まぁ、良いわ。それじゃあ、行きましょうか」

 さあいよいよと思ったその時。

「待ちなさい!」


―――――


「待ちなさい!」

 予想以上に大きな声が出てしまった。周りの注目を浴びる。だけど、今の私にはそれを気にする余裕はなかった。

「貴方が浮気相手?」

 すると女が言った。

「あら?貴方が彼女さん?」
「ええ、そうよ。彼を返して」
「それは残念ね。私が頂いちゃったわよ?」

 殺気の満ちた目で学を見る。学は恐怖に顔を引き攣らせてる。

「いや、その、誤解だ!」
「で?どっちが誘ったの?」
「彼に決まってるじゃない?」

 学を見る。が、学は白だ。女の直感。

「嘘ね。彼とどれだけ付き合ってると思ってるの?」
「あら?バレちゃった?」

 悪びれもせず、その女は言う。

「いい加減にしてよね」
「いい加減にするのはそっちよ?彼は私と一緒に居ることを選んだのよ?」

 再度学を見る。すると学は目をそらす。心底頭にきた。脳の血管が全て破裂したのでは無いかと思うくらい。

「巫山戯るな」
「あら?なにか言ったかしら?」
「巫山戯るな!!!」

 尋常じゃない私の態度に気づいた人々が警察を呼んでいた。

「こら!君たち一体何をしているんだ!」

 女はしまったという顔をしている。学は怯えてる。

「坊や、とりあえず今日はお預けね。また今度会いましょう?」

 そう言うと女は去ろうとした。

「だから!巫山戯るなって言ってんでしょ!!!」

 私は飛びかかった。が、周りに居た人たちにおさえられた。

「離せ!離せ!あの女!絶対許さない!離せ!離せ!」

 言葉虚しく、あの女は既に視界から消えていた。


 その後、警察官にたっぷり怒られた。反省する振りをして、怒りを貯めた。彼も私に過ってきた。私は笑顔で許すって言ったけど、許さない。そんな事はでもどうでも良い。それ以上にあの女へ復讐しなければ気が済まない。
 それは執念だった。私は彼女を見つけた。学とは会っていないのは確認済み。何度も尾行したから。彼女は別の男と一緒に居る。私は歓喜した。ニヤニヤしながら彼女の前に姿を現す。

「久しぶりね?」
「ん?貴方誰?」

 女は本当に私のことは忘れているようだ。

「覚えてないなら良いよ。思い出させてあげる。腐れ外道」
「ちょ、ちょっと、貴方何を言ってるの?頭おかしいんじゃないの?」
「何か不気味なやつだな。こんなのほっといてどっか行こうぜ?」

 隣の男が言う。私はニッコリして、その男に近づく。そして、囁く。

「ねぇ、此の女、一体今何股してると思う?クスクス」
「は?何言ってんだ?てか、どういうことだ?」

 女ははっとする。思い出したのだろう。

「そ、その女は」
「貴方は黙りなさい!」

 彼女は気圧され黙る。

「私も彼女の被害者だから。それだけ、貴方にそれを伝えたかっただけ。ただそれだけだよ?」

 その場で男と女は揉めた。私はニヤニヤしながらそれを傍観している。最終的に男が切れて、女はその場に残った。

「あんた!なんてことしてくれるのよ!」
「あはは、大丈夫。貴方がどんな人と付き合おうと、必ず私が現れるから。どこまでも追いかけてあげる。だから安心して別の男を作りなさい?」

 そう。これは復讐。私は此の場を去った。女が何か言っていたが、そんなの気にしない。私は何度だって彼女の前に現れる。何度も。何度も。彼女は私にとって許せない存在なのだから。
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