第7話

文字数 1,652文字

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「いらっしゃい!いらっしゃい!」新鮮なお野菜、梅干し、甘酒、お弁当、いろいろ取り揃えていますよ!どうぞご覧にってってください!」
 露店の店主のハスキーヴォイスが、響き渡る。が・・・
その屋根は半分ほど損失していた。 
昨日のバケツを、いや、下手な公衆浴場ひっくり返した様な、大豪雨のせいであろう。しかし、欲得の固まりの商人達は図々しいと言うか逞しいのである。
 中心部の大通りの近くではないもの、普段はそれなりに人通りがあるのだが・・・。
今日はまばらで、さっぱりである。
 半分を損失したのは屋台だけでなく、今日の売り上げもかもしれない。
しかし、そこに一人の紳士が主人に向かって声を掛けてきた。
「おい、お兄さん、相変わらず、何屋かわからんなあ、君の所は・・・。」
「まあ、万承り候ですね・・・お客さん。それで、今日は何をお買い求めで?」
「では、いつものその弁当をひとつ。」
「はい、毎度あり。500テスコになります。」
「なに!?いつも400テスコだったじゃないか!?」
「すみません。昨日の猛烈な大嵐のせいで、みんな今日は冬眠からさめた動物のように、外出するかと思ったんですが、全く逆で・・・、住居の修繕作業とかで、追われてるんでしょうかね?」
「なるほど、それで利益が出づらいから、少し値上げしたというわけか。だが・・・私はこの弁当は買うが、あまり極端な事はしない方が良い思うぞ。社会的な信用を失うかも知れないからな・・・。」
「はい、ご指導、ご鞭撻、有り難う御座います。では、1000テスコのお預かりで・・・・・・。500テスコのお返しになります。」
 そして、その紳士は踵を返し、どこかへと立ち去っていった。
店主はカウンターに背を向け、1000テスコ札を木製の集金箱の中に入れた時に、左手の甲に赤い糸屑が付いているのを発見し、近くのゴミ箱に捨てた。
 そして振り向くと、新たな来客が居た。
星が輝く夜空の様な漆黒の髪と、瞳をもつ、10歳位の少年だった。
「こんにちは。兄ちゃん、今日はお客さんが全然だね。」
「はっはっはっ。相変わらず口が悪いな、エピ。まあ、事実だから仕方ねーが。」
「所で今のおじちゃん、誰?なんか随分と偉そーな人っぽかったけど?」
「・・・ははは、お金持ちの実業家の方だよ。そんな事より、今日は何を、言いつけられ
てきたんだい?」
「キャベツ2つとルッコラを頂戴!。」
「毎度あり、いつも有り難うね。全部340テスコだよ。今日はサービスで・・・」
・・・っと言うと、店主はリンゴを一つ買い物袋に入れた。
「うわ、サンキュー、大好きだぜ!兄ちゃん!、はい、丁度だよ!!」
「では、確かに丁度、340テスコ。はい、品物だよ。」
「じゃあね!!兄ちゃん!!」
エピは余程嬉しかったのだろう。急激に振り向き、走り出そうとした次の瞬間に、事件は起きた。
 バッターーーン!!!ビッシャァーーー!!!
通行人とエピの躰が激突し、地面に転がり、購入したばかりのキャベツの上に、その通行人の若者の持っている液体が降り注いでしまった。
 「痛たたた・・・。あ!キャベツが・・・!」エピは戸惑った。
 「あ、痛たた・・・又か・・・。」
近くの若い娘が半開きの眼で口を尖らせて、あきれ返ったように、嘆息した。
 「・・・また同じような失敗して・・・。あんたってホントに間抜けよねぇ・・・。どうすんのよ、この子のキャベツ・・・。甘酒がひっかかちゃったじゃない・・・。・」
  若者は訥々と謝罪しようとした・・・。
 「ごめんね、僕、この人が下らない事で、ムキになるから・・・あれ!!??」
若者は刮目した。エピの顔からも怒りの色よりも驚きの色の方が、強調されていく。その2人を睥睨していた若い娘も、眼を丸くし始めた。
「あっ!!!あの時の!!!」
3人が同じ言葉を咽喉から発射した。無論、若者はフェーデであり、娘はアイバァであるが、その時、その3人の感覚で、この世はその3人だけで、造化されたかと思われた。・

 しかし、この時、この顛末を仔細に、観察していた人間が居た。

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登場人物紹介

フェーデ…記憶喪失の若者。出生から背景から係累から全て謎。ただ、社会通念上の常識は兼ね備えている模様。


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