第4話 神は細部に宿る

文字数 4,466文字

 バウハウスやミース・ファン・デル・ローエを知らなくても、「神は細部に宿る」という言葉に聞き覚えのある人は少なくないだろう。
 物作りに携わるとき、私はいつもその言葉を座右の銘にしてきた。

 『Ai needs Yu』を7月末にバージョンアップしたことを伝えた旧友から、昨日短いメールが届いた。
「バージョンアップ編読ませて頂きました。ストーリーから浮かび上がる映像がより鮮明に成ったように思いました。僕も制作業を40年以上続けて来ましたが、何故続けて来られたかといえばこれこそが神との対話であるからだと思っています。 では又。 野呂」

 音楽も、CDやレコードに収録したものは書き換えられないが、コンサートやライブの度にミュージシャンは「作品」に細かい「改良」を加える。別の曲かと思うほど大きな「改訂」を加えることもあるし、売れているアーティストなら新しいレコーディングでセルフカヴァーして曲を生まれ変わらせることもある。
 カシオペアの有名な『ASAYAKE』は、野呂氏が十代の頃に作曲し、渋谷の喫茶店でお茶を飲んでいた時に、私の目の前で突如五線譜を取り出して完成させた。それ以来、生演奏を含めると何百・何千というバージョンがあると思うが、音大の客員教授になった四十数年後の今までずっと演奏を続けている背景には、彼の言う「神との対話」が幾度となくあったのだろう。

 ソフトウェアは絶えずバージョンアップを繰り返す。
 一方で、マスプロダクツ=大量生産による工業製品は、なかなか改良が難しいと思われていた。
 自動車の話だが、「最良のポルシェは最新のポルシェ」という言葉がある。
 以前、自動車メーカーの方から「ポルシェくらいの規模ならそれが出来るけれど、大メーカーでは難しい」と聞いたことがある。しかし最近は、量産車を製造する自動車メーカーでも、日々の改良を怠らない。特にマツダは、目に見えない地道なマイナーバージョンアップを繰り返し、モデル末期のアクセラなど、見た目は全く変わっていないのに見違えるほどの改良が施されていた。2.2リッターターボディーゼルエンジンを積んだ最後のアクセラの完成度は、モデルチェンジ後の美しいマツダ3を凌駕するほどだったと個人的には思う。
 今日は広島に原爆が投下された日だが、かつて東洋工業という社名だったマツダは、世界初の被爆地であった広島復興のシンボルでもあり、今年100周年を迎えた。

 またまた脱線してしまった。原爆の話もマツダの話も尽きないので、申し訳ないが話題を戻そう。

 紙媒体の小説は、一度出版したら再版時まで「バージョンアップ」できない。書籍は工業製品ではないが、大量生産される製品であるから当然だ。
 でも、オンラインメディアならいつでもバージョンアップ可能だ。そして私は小説もソフトウェアの一種だと思っている。
 読者を置いてきぼりにしているかもしれない……と申し訳なく思いながらも、トライ&エラーのように公開した作品をちょくちょく手直ししているのは、私がオンライン小説=ソフトウェアだと思っているからだ。バグは速やかにフィクスし、脆弱性を見つけたらパッチを当てる。
 最初に読んでくれた人と、最後に読んでくれた人では、文字通り「話が違う!」ということにもなりかねないのだが、野呂氏のようにもう一度最初から読んでくれる奇特な人はなかなかいない。それを解決するには、「何度でも読みたくなるほど面白いコンテンツ」を提供する以外に方法はないのだろう。


 2か月ほど遡るが、『Ai needs You』はランキング15位くらいからどんどん転落していった。その時に、自分と同じくらいの順位まで転落(失礼)した作品には、どんな作品があるんだろう? と思い、近くにあった小説をクリックしてみた。
 それが「骨太小説コンテスト」で佳作のトップになった、あおぞらつばめさんの『三色旗と私』だった。読んでみてその世界観に引き込まれ、感激した私は、NOVEL DAYS登録後、初めて「ファンレター」を送った。
 その全文を転載しておこう。

「序文から引き込まれました。
この春から小説を書き始め、少しでも読んでいただこうと投稿サイトを利用し始めた投稿も閲覧も初心者の私ですが、書店で手に取って読んでみたいと思えるような作品に出会えた予感がしています。
文字に質量を感じるといったら失礼ですが、知識に頼ることなく史実を検証し考査し、魅力的な世界観を構築するセンスと、現代の私たちがイメージしやすい文章に練り上げる技術に脱帽です。
正直に告白しますと、一時15位まで上がった自作のランキングがPVの増加に反比例して下がり続ける怪?が気になって、自分と同じ400位前後の作品をつまみ読みしていた時にこの作品に出会いました。(不純な動機ですみません)
ファンタジーやラブコメ、ライトノベル風の作品でないとなかなか読まれない時代ですが、よき先達に出会えた感じがします。私など足元にも及びませんが。
書くのも読むのも遅い私ですが、必ず最後まで読ませていただき、あらためて感想を送らせて頂きます。」

 もちろん最後まで読ませていただき、その後もファンレターを送らせていただいたが、つばめさんはその度に丁重なお礼をファンレター上に返してくださった。
 つばめさんとは、しばらくファンレターによるコミュニケーションが続き、私から無理な提案をお願いしたこともあったが、執筆初心者の自分にいろいろとアドバイスしてくれた。
 だからこそ、自分の作品は骨太未満でも、『三色旗と私』が「佳作」に選ばれたことがまるで自分ごとのように嬉しかったのだ。

 私には以前から温めている物語というか、小説のネタがいくつかある。その中に、かなりリアルに構想していたストーリーが一つあった。
 数年前に目眩の病気で入院し、その後もしばらく療養に専念しなければならなかった時、脳内に一つの妄想が浮かんだ。
 もし自分がずっと若くてMotoGPのトップライダーだったら? 目眩の病気で二輪のレースを走れなくなったら、四輪で活躍できるだろうか?……と。
 登場人物の人生を年表にして、シナリオを書くようにあらすじを構成し、去年の暮れにプロローグだけ書いたが、その先をどう書いていいかわからずに「やっぱり自分には小説は書けない」と諦めた。
 ストーリープロットはがっちり最後まで出来上がっていたが、小説としてはまだ完成していないその「物語」を、生まれて初めて「執筆しながら連載する」という暴挙に出たのは、なんとなくNOVEL DAYSならそれが出来るように思えたからだった。
 それが『リトル・ウィング』だった。

 この小説は全41話を一か月以上に亘って連載したために、110の☆と8,000近いPVが付いたが、自分にとって初めての長編小説を最後まで書き上げることが出来たのは、ファンレターの力がとても大きい。

 42件のファンレターのうち半分はお礼の返信なので実際に頂いたのは21通になるが、SARTRE6107さんは8通もファンレターをくださった。最後の方は1話更新毎に送ってくださり、F1レースを戦うドライバーがファンの声援でフィニッシュするように大きなエールを頂いた。

 そして、前述のあおぞらつばめさんからは、なんと10通ものファンレターを頂いたのだ。そのつばめさんが何度目かのファンレターで指摘してくださった「視点の揺らぎ」は目から鱗だった。それまでは神視点を避けるために敢えて三人称を避けていたのに、三人称で書き始めた初めての長編小説で、視点があっちにこっちに揺らいでいることに自分で気づけなかった。
 その時の返信を「ファンレター」に書いたので、全文をそのまま載せておく。

「やっちゃいましたね。小説初心者あるあるの神視点。
こういう失敗は気づいても多分冷笑されるだけで、誰も教えてくれないと思うので、率直なご指摘はほんとに有り難いです。
超短編を除いて、今までの小説は全部一人称で書いていたので、主人公の主観から外れないようにだけ気を付けていれば済んだのですが、初めて書いた三人称の小説で、これで自由になれる!と羽を伸ばして神になってしまいました。(笑)
それに表現力のなさ(要するに陳腐な表現)もそこかしこに露呈していて、頭から読み直してみると赤ばっかりです。
以前に専門書の校正をした時の「人には厳しい自分」を思い出して、第三者の目で読み直してみます。
自分は文才がないとずっと思っていましたが、要するにそれは勉強が足りない、修行が足りないということだなと、こうして書いてみるとわかりますね。
去年までの自分のように才能のせいにして諦めないよう精進します。これからもいろいろ教えてください。」

 つばめさんから指摘して頂いたことは、小説を書く上でとても重要なポイントで、私は、再度第1話のプロローグから読み直して「バグ」をフィックスした。
 さらに、つばめさんからは、何回目かのファンレターで「もう少し情報の出し方を整理した方が良くはないですか? あんまり謎が多いままで物語が進むと、読者には負担となります」と指摘して頂いた。
 登場人物の経歴や経験を年表に書いて、人物像を作り上げていく自分の描き方の落とし穴。これも「神視点」につながるが、作者しか知らない「秘密」を小説の本文に落とし込めていなかったことに愕然とした。これは、バグフィックスというより、脆弱性の露呈した部分にパッチを当ててアップデートした。

 そうして、ファンレターに励まされ、ファンレターに教えられ、小説を書き上げる力を他の作家さんから頂いた。
 つばめさんは、最後にこんなファンレターで締めくくってくれた。
「ついに完結ですね! これだけの内容を書き上げたSarumiさんのエネルギーに脱帽です。熱い物語でした!」
 いやぁ、ありがたいです。ほんとに。

 インターネットの初期の頃に感じたように、善意が悪意を寄せ付けない人と人との温かい距離感をNOVEL DYASには感じている。その距離感をこれからも保ち続けるには、知性と自制心、そして他を敬う謙虚な心が大切だと思う。

 骨太小説コンテストで落選したことをきっかけに、自分が一番自信作と思っていた『Ai needs You』を再度読み返すと、いろいろと足りない点が見つかった。まだ小説を書き始めて4か月。『Ai needs You』を書き上げたのは執筆一か月の時だったから当然だろう。それまで学んだことや、小さなアイディアを反映させて、『Ai needs Yu』としてリニューアルさせた。

 さて、次回は「骨太小説」について書いてみたいと思う。

 今回は4,000字超え……長くなりました。
 年寄りの長〜い話にお付き合いくださり、ありがとうございます。mm

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