19話「終わりの始まり」

文字数 1,858文字





僕は22時頃に家に帰り、中に入る前から部屋の灯りが見えていたので、ドアを開けて「ただいま」と言った。

「おかえり」

雄一が部屋の奥からそう返した。僕は玄関で立ち止まり、部屋の奥にいた雄一をちょっと見つめてから、首を傾げる。彼はそれを見て、Vサインを作って見せた。

学校の鞄を床に降ろして、僕はキッチンのシンクで水を飲んでから、彼の隣に座る。

「うまくいったんだ」

雄一は大きくため息をつき、ちょっと顔をしかめた。

「あんのクソ親父…「学校に行くのなんか当たり前だ、そんなことでいちいち話は要らない」なんて相変らずムカつく言い方しやがって…しかも、「留年なんて下らないことに金を費やすこちらの身にもなれ」ってよ…いちいち癇に障るんだよ」

床に膝を立てて壁にもたれていた雄一は、頭を壁にあずけて、大きく息をつく。

「そっか…」

僕も、家で責められはしたけど、留年を許してもらえることになった話をした。すると雄一は「よし!」と言って立ち上がり、冷蔵庫を開ける。

「今日は飲むぜ!」

「飲むって…」

「ビール買ってきたんだよ。景気づけにな」

「ええっ!?もう〜…」

僕は顔の半分を片手で覆い、うつむく。

未成年なのに平然とお酒を飲もうとする彼に呆れはしたし、止めたかったけど、雄一がとても嬉しそうにビール缶を開けるので、「少しだけにしなよ」としか言えなかった。

「わかってるって。無茶な飲み方なんかしねえよ」

“そういうことじゃないんだけどな…”

その晩、彼は機嫌よく酔っていて、僕たちはこれからのことを話し合って陽気に騒いだし、キスをして、抱きしめあった。






翌日から僕たちは、毎日必ず学校に通うようになり、家で一緒に勉強をした。

たまには雄一は自分の家に帰ることもあったけど、「一緒に居たいだろ」と言ってくれて、ほとんど僕の家で過ごしていた。

生活費は家賃を除いて折半になり、僕は両親から渡されるお金でそれを払い、雄一はバイト先を見つけて働いて、それを賄った。

彼は休日にイベントのアルバイトをしたり、普段は夜の居酒屋での接客と、調理補助をすると言っていた。



夜中遅くに帰ってきた雄一に「おかえり。おつかれさま」と言って、彼は「ただいま」と言ってくれる。

バイトの無い日は、一緒に勉強をする。

すると、結果はすぐについてきた。





夏前の単位認定試験の結果が返ってくると、雄一はほとんどが80点以上で、僕も70点以上はキープ出来ていた。

「すごいじゃん雄一!」

「へへ、手応えはあったからな。こんなもんだよ」

そう言って嬉しそうに笑う雄一を見て、“もう僕たちは大丈夫だ”と思った。




でも夏休みに入る前に、「ことはそう簡単じゃない」と分かった。




その日の雄一は、なぜか不機嫌だった。些細なことで僕に突っかかってきたし、僕はそれをみんななだめるのが大変だった。

しまいには僕はそれにくたびれてしまい、彼に聞いた。

「ねえ、今日どうしたの?いやに突っかかるじゃない」

すると雄一は横を向いて、「なんでもねえよ」と言う。

「そう?でも、とても機嫌が悪そうだよ?何かあったわけじゃないの?」

彼の顔を覗き込むと、彼は僕をちろっと睨んでから、またそっぽを向く。

何かあるんだろうと思うから、僕は彼の前から動かなかった。それで彼は諦めたのか、やっとわけを話してくれたんだ。

雄一は膝の上に腕を投げ出し、ちょっとうつむく。

「お前はいいよな…元々真面目だったから…」

「どういうこと?」

なんで急にそんなことを言われたのか分からなかったけど、どうやら理由を話してくれる気になったらしい雄一の前で、僕は胡座をかく。

「…今日…担任の八尾に…「テストはカンニングでもしたのか」って言われた」

「えっ…」

「あいつは冗談のつもりだったんだろうさ。でも俺は、いまだにそんな目で見られるのが当たり前で、やり直してることになんか、誰も気づかねえ…」

僕はぐったりとうつむいた彼の隣に座り、彼の体を抱いた。

「ひどいことを言われたんだね…怒るのも我慢したんだ…」

雄一は、力なく笑う。

「やり返したら、こっちが悪者なんだろ。あいつらがそう決めちまえば、学校じゃそうなっちまう…だから嫌なんだよ、学校なんて…」

「雄一…」

かなり落ち込んでいたように見えたけど、雄一は顔を上げて、僕を見つめた。

「でも、俺は諦めねえ。だってお前が居てくれるんだ」

「うん…うん、居る…」






僕たちはいつも、終わりが始まることには気づかなくて、終わったあとに「あの瞬間からだったんだ」と気づく。

それはきっと、いつもそれが分かるとしたら、怖くて何も出来ないからだろう。




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