第26話 『ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光』

文字数 954文字

亀山郁夫
岩波書店
2018年3月27日 第1刷発行

ロシア文学者の亀山郁夫さんは、ショスタコーヴィチの楽曲を生で聞いてハマってしまった。亀山さんは特別音楽家というわけではないが、ハマった。ショスタコーヴィチはソビエト連邦でレーニン賞やスターリン賞に輝き、スターリンの粛清の時代をも生き延びて、69歳まで作曲し続けた。

体制への迎合と、自分の本当に伝えたいことを「二枚舌」で音楽に込め、ほかの多数の芸術家と異なり、殺されることなく栄光を手に入れた。しかし、その栄光の中、体制と芸術の間で引き裂かれる思いもした。

恋も少なくなく、失敗を含めて3回結婚した。ソビエト連邦においては、音楽でソビエトを称えることは不可欠だったが、恋の残滓も多く作品に盛り込まれている。

晩年には、ソビエト連邦で特権的な芸術家の地位を得たことを音楽の中で詫びている。ショスタコーヴィチは知らないうちにサハロフ批判のリストに載せられていた。

ショスタコーヴィチの音楽には、不協和音や引き裂かれるような苦しげな音も多い。詳細な伝記を読んで改めてショスタコーヴィチの作品を聞いてみたくなった。

独裁者と芸術家というテーマでは、ヒトラーの第三帝国での特にユダヤ人芸術家について書かれた『焚かれた詩人たち』、ナチスドイツの焚書が行われたべーベル広場向かいのフンボルト大学ベルリンの古書店で買った、ユダヤ人音楽家についての本が印象深い。Verfolgte Museという題名だったか。カール・オルフも登場する。

独裁政権と芸術家というテーマは昔から読んできた。児童文学でも有名なエーリヒ・ケストナーは、亡命もせず、焚書で自分の本が焼かれるのをべーベル広場に見に行くほど心臓に毛が生えていた。詩と真実を独裁政権下でどのように実現するか。ショスタコーヴィチはケストナーほど大胆ではなかったが、音楽に自分のイニシャルを埋め込んだり、密かな抵抗を音で表現したりした。

ケストナーもショスタコーヴィチも特別な能力があった。量子力学を創設したハイゼンベルクも、ナチスドイツとなんとかうまくやりながら殺されることなく仕事をした。

世の中がおかしくなりつつある現在、普通の人である私たちも、どうやってできるだけ良く生き、殺されないようにすべきか、歴史や人物にヒントがあるかも知れない。




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