生活

文字数 2,299文字

 初めまして。ズーカラデルの『生活』です。
 私のことをお耳にした方も多いと思いますが、如何せんリリースされたのが2019年ですから、まだ知らない人もいるかと思います。

 この時間は、人間の皆さんにはあまり馴染みのない世界……『音源』として生まれた私の、文字通り日々の『生活』を、少しだけご紹介しましょう。最後までお付き合いいただければ幸いです。

 さて、私が初めて皆さんの前にお

にかかったのは、とあるラジオ番組の曲紹介でした。
 その日が全世界初・最速公開と知り、当時は私も初々しく緊張したものでした。きちんと声が届くように、楽器の音が割れないように、全力を尽くしたつもりです。
 私は音源で、その寿命は約5分半。楽曲が再生されている間だけ皆さんの前に姿を現す、陽炎のように儚い存在です。初めてラジオから私が流れる5分半の間、実に多くの『生活』を垣間見ることができました。家族と夕食を楽しんでいるお母さん、恋人とドライブを楽しんでいる若い男性、ラジオの前に正座して、必死に私を聞き取ろうとしている少年……。

 やはり好きなアーティストの初音源と言うのは、聞いている方もかなり緊張するようですね。録音機器をスピーカーのそばに構えて、物音を立てないようにじっと息を潜めていたり、歌詞を”耳コピ”しようと私を聴きながら必死にノートを書きなぐっていたり。正直に告白すると、その姿を見ているだけで、私は胸がいっぱいになり、思わず泣き出しそうになっていました。『音源』冥利に尽きると言うものです。今思えば、あれほど幸せな時間はなかったように思います。

 それから私は『音源』として、世界中を飛び回りました。CDショップの紹介コーナー、テレビ、ラジオ、コンビニの店内放送、カラオケルーム、学生のイヤホンの中……呼ばれたところには必ず顔を出しました。それが『音源』と言うものですから。

 え? 音楽が再生されていない間は、『音源』は何をしているかって? 
 当然の疑問ですね。実は私……特に何もしていません。
 次の『出番』を待つ間、ダラダラ部屋干しをしたり、水溜りを踏んづけてみたり……本当に大したこと無くて、ごめんなさい。特に劇的なことが起こるわけでも無い、そんな毎日なんです。

 最近はめっぽう、私も『音源』じゃない時間の方が増えてきました。
 残念ですが、それも当然かもしれません。私が初めてこの世に生を受けてから今に至るまで、毎日、いえ毎秒のように世界中で新しい『音源』が生まれている訳ですから。その中で……言葉は悪いですが……生き残っていく『音源』は、ほんの一握りなのです。

 私、元々は未発表曲なのです。『漂流劇団』さんや『イエス』さんのようにオフィシャル・ミュージック・ビデオが用意されている訳でもなく、シングルカットに抜擢される訳でもありません。アルバムの立ち位置は6番目と言う、実に中間的な……急に卑屈になってしまい、申し訳ございません。最近はめっぽう、皆さんの前にお

にかかることも少なくなってきましたから。明かりの消した部屋で私一人、考え込む時間も増えてまいりました。 

 そんな私をみかねて、友達の『音源』が飲みに誘ってくれます。そんな時は決まって、私は泣き上戸になるのです。『音源』はやはり、聞いてもらうことに存在意義があるのではないかと。仕方のないこととは言え、日に日に減少していく再生回数に、やはり愚痴も多くなってしまいます。
 友達の『音源』が、そんな私に次々とお酒を注いでくれます。居酒屋の店主が気を利かせて、奥から古いラジカセを引っ張ってきて、ズーカラデルの『音源』をかけて下さいました。

 ラジカセからガタガタ音を立てて、流れてきたのは、生活(わたし)でした。
 かつて全世界初・最速公開された時の音源(わたし)。あの時の私を、店主が探して取り寄せてくれたのだそうです。かつての音源(わたし)を耳にして、私はテーブルに突っ伏し、思わずボロボロと泣き出してしまいました。きちんと声が届くように、楽器の音が割れないように、必死に歌う自分の姿に……そんな時代もあったのだと、胸の奥をズタズタに引き裂かれる思いでした。

 今の私は、どうしたことでしょう。愚痴ばかりが増え、未だに私を聞いてくださる方々に、感謝の気持ちが足りないのではないかと。かつての音源(わたし)から見て、今の私はどのように写っているのでしょう。誇りに思ってくれるでしょうか。それとも軽蔑されてしまうでしょうか。きっとこれから私がどこで泣いていても、かつての私は気づくこともなく、一所懸命初々しく歌い続けることでしょう。それを耳にする度に私は、鈍い痛みを胸の奥に感じて、こうして泣き出してしまうのでしょう。 

 ……それでも『生活』は、これからも途切れることなくずっと続いていきます。それが嬉しいことなのか、それとも恐ろしいことなのか、今の私には判別がつきません。
 ただ、投げ出すつもりもないのです。現実はどうあれ……たとえ一人でも聞いてくれる方がいるのなら、全力を尽くして歌うべきではないかと。かつての音源(わたし)に、そう教えられた気がしましたから。少しでも誇りに思ってもらえるように……雨に濡れたぬかるみの上でも、ゆっくりと歩き出していきたいと思います。 

 ……如何でしたでしょうか。あまり耳にすることのない、『音源』の生活。お相手はズーカラデルの『生活』でした。またどこかで、皆さんに会えることを祈って。最後までご静聴、ありがとうございました。
 
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