第37談 ブーレーズ指揮NYPのストラヴィンスキー「火の鳥」

文字数 2,746文字

おはようございます。

昨日は、スタジオに務める娘の親会社が家族にも拡げてくれた職域接種で、2回目のワクチン接種を受ける妻と息子をクルマで送迎するため、接種会場となった歌舞伎座に行ってきました。私自身はファイザーの接種を2回終えましたが、2回目は副反応がありましたし、家族が受けたモデルナのワクチンは2回目の接種後に4分の3の人が副反応を経験しているというので、接種した昨日より今日が心配ですが。
お恥ずかしいことに、今の新しい歌舞伎座は初めて。クルマで行きましたが、地下二階の駐車場は一日駐めても1,700円。東銀座の改札から直結した歌舞伎座の地下には、様々な土産物店が並んでいて、その奥にある歌舞伎茶屋はカレーライスが600円! 野菜かき揚げ丼も650円と、地元多摩地区よりもリーズナブルなお値段にビックリでした。
二人の接種を待つ間、私はタリーズコーヒーでクリーミーフォームエスプレッソと、お替わりにショートサイズのカプチーノを飲みながら、読みかけの本を読みました。こういう話をすると、私は家族に「お父さんは女子だね」と言われてしまうのですが(笑)、読んだ本の話題は明日以降にあらためて。

さて、前置きはここまでにしてここから本題にうつります。
ノベルデイズの会員さんにはクラシックや現代音楽に詳しい方が沢山いらっしゃるので、今まであまり触れなかったのですが、音楽録音のエンジニアという職業に就いていた20代前半、ヘヴィー・ローテーションで私のレコードレイヤーを占領したアルバムの1枚が標題の「火の鳥」です。

そのレコードプレイヤーは、床の振動で針が飛んだり音質に影響を与えないよう大きなインシュレーターで浮かせたボードの上にセットしたマイクロというメーカーのもの。35cmターンテーブルと微調整可能なトーンアームを持ち、先端に取り付けたレコード再生用カートリッジ(針の付いている部分)はデンマーク製のオルトフォンMC-20。
昇ダイレクトに繋いだプリアンプはYAMAHAのC-2(DENONのプリメインアンプからYAHAMAに交換したことを思い出して訂正)で、パワーアンプは自作のAクラスのもの。
スピーカーは小さいながらよく鳴るJBL製の2110という20cmフルレンジで、後にリボンツィーターを加えました。
当時は30cm以上の大口径のスピーカーが普通でしたが、比較的高い周波数まで再生する20cmの小口径を選んだのは、マンションの一室という環境ではあまり大音量で鳴らせないことに加えて、スピーカーの口径が大きくなると高域再生用のツィーター(や中域用のスコーカー)が必要になって、低域と高域を切り替えるクロスオーバーポイントが可聴帯域の中でもはっきりと聴き分けられる8kHz以下に生じてしまうため、倍音の再生が不自然になることを嫌ったせい……と言うのは思いっきり言い訳。(笑)
本当は35.5センチウーファーとホーン型ツィーターによるJBLのL101 Lancerというトップに大理石が載った名器が欲しかったのですが、2本で40万という価格にはとても手が出なかったため、大きさと形だけそっくりなエンクロージャー(スピーカーの箱)を買ってきて、小さなスピーカーをそれに収めていました。


(憧れたJBL L101 Lancer)

朝っぱらからいきなりマニアックな話で、CDしか知らない世代の方には何やら訳がわからないですね。(苦笑)
私は所謂オーディオマニアではありませんでしたが、自分が録った音——AKAIの2tr38cmのオープンリールデッキかナカミチというメーカーのカセットデッキで再生——や、質の高いレコードをちゃんと再生するには最低このくらいのクオリティのシステムが必要と考えていました。
実はプロのエンジニアには、もっと粗末な……失礼、簡単なオーディオ機器で済ませていた方も少なくなかったので、私は先輩たちからは「凝り性だねぇ」と言われていましたが。

そのレコード・プレイヤーで、最終的には千枚近く(実はその半分近くは試聴版)コレクションするに至ったLPレコードを毎日取っ替え引っ替え再生していましたが、その中でもベスト10に入るほどプレイヤーを幾度も占領したアルバムが、タイトルに書いたピエール・ブーレーズ指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラによるストラヴィンスキーのバレエ音楽『火の鳥』1910年版全曲。
録音は1975年1月20日で、ホールはニューヨークのマンハッタン・センターです。

当時最新の録音機材を駆使して録音されたLPレコードは、ダイナミックレンジ(ピアニッシモからフォルテッシモまでの音圧差)がとても高く、オーディオ再生装置のチェック用に最適でした。
私は、自分が組んだどちらかと言えばジャズ指向の再生装置がフルオーケストラの音源をどこまで再生できるかという、音楽ファンからすると不純な動機(笑)で購入したのですが、音の素晴らしさと同時に、ニューヨーク・フィルの演奏の素晴らしさに虜になり、遠い世界に現実逃避するために何度も針を落としました。1910年版のスコアを入手し、それぞれのパートを追いかけながら聴いていたことは、オケ録り(オーケストラパートのレコーディング)の際に役立つ良い勉強になりましたし、オーディオの方もこのアルバムに収められた高音域を豊かに再生するために、8.5kHzをクロスオーバーにしてリボンツィーターを追加するに至りました。

そんなオーディオ装置もニューヨークに留学する時点で大半を手放し、レコードも20代後半から30代前半の金欠期(苦笑)にその殆どがオーディオユニオンに嫁入りしてしまいました。しかしこのアルバムだけは手放さずに持っているはず。今朝思い出して探そうとしましたが、納戸の奥深くにあって家族が寝静まった早朝には取り出すことが出来ませんでした。
どのみち我が家にはレコードプレイヤーがないので、LPを引っ張り出しても再生することが出来ないため、近いうちにCDを入手したいと思います。
最近聴く音楽は、Apple Musicのサブスクでダウンロードすることが殆どですが、さすがにこのアルバムは圧縮音源ではなくちゃんとハイレゾ音源や原音に近い音で聴きたい。
となるとその再生環境も気になってしまいますが、お金を掛けずに良い音を再生できるよう工夫したいですね。それが年寄りの知恵というもの。(笑)

仕事が多忙でなかなか約束通りに会えず、何度も出会いと別れを繰り返した二十代。デートの資金もケチってレコードやオーディオに散財していた青春時代を思い出すと、ちょっとビターな気持ちになります。

老人は死なず、古いアルバム巡りありがとうって呟いた
(2021.8.5)
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