第2話

文字数 8,883文字


ケロイド
悲痛の勲章

絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。

 それがもっとも素晴らしい偉業である。

          エマーソン









 一人の召使いを連れて散歩へと出かけた王妃。

 目的は春の風物詩ともいえるお花見のようで、桜が咲いている場所を探していた。

 城から大分離れてしまうが、しかしそこは自然豊かな場所で、争いという言葉とはかけ離れた桃源郷のような風景。

 淡い桃色に染まった花弁は、そよ風と共に揺れ舞い踊る。

 「今敷物を」

 「いいえ、いいわ。このまま座るわ」

 「いけません。お召し物が汚れてしまいます」

 「座りたいの。少しくらい汚れたって平気よ。それよりあなたも座って。一緒に眺めましょう」

 召使は渋い顔をしたが、王妃の横に腰を下ろした。

 「この子が生まれたら、また見に来たいわね。もちろん、今度はみんなと」

 「ええ、そうですね」

 花弁が舞い、それを掴もうと腕を伸ばしてはみるものの、上手く掴めない。

 ゆったりとした時間を過ごしていた。

 「あら?」

 だが、天候が急に悪化してしまう。

 暗い雲が風に吹かれて一面を包み、青かった空は黒く染まる。

 そしてぽつぽつと雨が降ってきたかと思えば、それは脅威となって二人を襲う。

 「大丈夫ですか?」

 「ええ」

 「どこか休めるところがあれば・・・」

 もともと土で出来た道を歩いてきたため、帰りも必然的にそこを通ることになる。

 そして水分を含んでしまった足元は、ぬかるみとなり、体力も奪って行く。

 「あ、あそこに、小屋が!」

 二人は雨宿りをしようと、小さな灯りがついていた小屋まで急いだ。

 コンコン、と小刻みに戸を叩くと、中から男が顔を出した。

 「?なんだい?」

 「あの、すみませんが、少し雨宿りをさせていただけませんか?」

 雨に打たれて身体を震わす二人の女性。

 「ああ、そりゃかまわんよ。さあ、中に入りなさい。今身体を拭く物を持ってこよう」

 「ありがとうございます」

 男は親切にも二人を中へと入れてくれて、火をくべ、温かくしてくれた。

 さらに猪汁まで作ってくれた。

 初めて口にした獣臭さも残るそれだったが、身体を暖めるのには充分すぎて、二人は男に感謝した。

 「なんと御礼を申し上げたらよいのか」

 「なに、困ったときはお互い様さ。さあ、遠慮せずにどんどん食べてくれ」

 男は豪快な性格をしていたが、一方では優しいところもあった。

 「ちょいと俺ぁ出かけてくる。ゆっくり休むと良い」

 「はい」

 そう言って、男は小屋から出て行った。

 その時もまだ外は土砂降りだったため、二人は男の言葉に甘え、しばらく小屋で過ごした。

 次第に雨が弱まってきて、召使が立ち上がる。

 「外の具合を見てきますね」

 「気をつけて」

 召使は雨の様子と、道がどの程度かを見に小屋から出て行った。

 王妃は一人で待っていたが、待てど暮らせど召使は帰って来なかった。

 不安になった王妃は、小屋から顔を出す。

 「葡立?どこ?」

 名を呼んでも返事も物音さえしないことに王妃は不気味さを感じた。

 「ねえ、どこにいるの?」





 その頃、凰鼎夷家ではー

 「なんだと!?」

 王が、ガタン、と大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

 その前には一人の青年が方膝をついて頭を下げていた。

 「確かなのか!?」

 「はい。この度の王妃様の散歩の件、どこかからか情報が漏れていたようです」

 「今すぐ保護に迎え!」

 「はっ」

 青年は一礼をすると、スッと消えてしまった。







 「はあっはあっ・・・」

 王妃は、必死になって逃げていた。

 だが、お腹が大きく重いためにそこまで早く動くことは出来ていないが。

 王妃が外の様子を見に行くと、そこには誰もいなかった。

 近場を色々探してはみたがやはりいない。

 「!」

 その時、足下に何かがぶつかった。

 そこには、土に半分ほど埋められた、自分達を小屋に入れてくれたあの男がいた。

 「ひっ!!!」

 目を見開き、頭からは血を流している。

 ガサッと物音がし、王妃は無我夢中で逃げ出した。

 ここが何処なのか、正直言ってまったく分からないが、助けを求めようとした。

 召使の身にも何か起こったのか、それを確認することも出来なかった。

 そんな時、別の小屋を見つけた。

 先程の小屋よりもこじんまりとはしているが、構わない。

 ドンドン、と精一杯戸を叩く。

 出てきた大柄の男は、王妃の姿を見るやいなや、中へと入れてくれた。

 王妃は自分の両手を口にあて、はーはーと悴んだ手を暖める。

 「(きっと私たちが戻らないことに気付いて、探しに来てくれているはず)」

 男は王妃の横に座り、背に布をかけた。

 「もっと火によって温まりなさい」

 「は、はい」

 自分が花見をしたいなどと我儘を言わなければ、と深く後悔していた。







 「王妃様はまだ見つからないのか」

 「はい。幾つか見つかった小屋の者にも聞いては見ましたが、知らないと」

 「・・・召使の行方は?」

 「そちらもまだ。同じように捜索中です」

 「俺ももう一度探す。よろしく頼むぞ」

 数人の男たちは、一斉に四方八方に向かう。

 その様子を見ていた一人の男は、ゆっくりとキッチンへ向かう。

 料理をして気を紛らわせようとするが、包丁で指を切ってしまった。

 「安心しろ」

 「・・・・・・」

 「必ず助ける。王妃も、お前の母親もな。凖・・・」

 凖は切った指から出る血を舐めながら、絆創膏を取り出す。

 「別に心配なんてしてないよ、海埜也」

 「・・・・・・そうか」

 去って行った海埜也の背を見ることもなく、凖は切れた指を見つめていた。







 「今日はここで休むと良い。外は真っ暗ですしね」

 「え、ええ」

 こんな小屋で寝ることに抵抗がないと言えば、それは嘘になる。

 しかし、そんなことも言っていられない状況のため、王妃はゆっくりと横になる。

 なんだか疲れてしまっていて、目を閉じればすぐに意識が遠のいた。

 「んん・・・」

 なんだかむず痒さを感じ、目を開けた。

 「んっ!」

 すると、目の前には小屋の男の他に、数人の見知らぬ男たちがいた。

 自分の身体は押さえつけられ、男たちによって弄ばれていた。

 「!!!何を!」

 小屋の男が王妃に覆いかぶさり、素肌に指を這わせてきた。

 「さすが凰鼎夷家の王妃様だなぁ?顔も身体も綺麗だなぁ・・・。ま、腹がでかいってのが残念だがな」

 「!あなたたちは一体!?」

 男はニヒルに笑い、王妃の口に自分のを重ねた。

 抵抗しようにも押さえつけられている為出来ない悔しさ。

 「俺達ぁ、とっくの昔に消えた分家の生き残りさ。ま、覚えちゃいねぇだろうがな。なんとかお前らに復讐してやろうと思ったけどよ、まさか王妃様ともあろうお方が、お付き一人だけで散歩するなんてなぁ?」

 「あの、男性を殺したのも、あなたたち?」

 「ああそうだ。あんたらを快く小屋に入れたりするからさ。計画がパアだろうが。だから殺した」

 「ほ、葡立はどうしたの!」

 「?誰だ?」

 「いたでしょう!私の他にもう一人!」

 「ああ、あの女か。さあな。どうしたかな」

 男の指が、王妃の身体を伝う。

 気持ち悪さ、恐ろしさ、泣きたいほどの感情ももちろんあった。

 それでも男たちの手の動きは止まらない。

 「あー、色っぺェなァ」

 男たちに幾ら罵られても、何も出来なかった。

 ただ悔しくて、自分の唇を噛みしめて今を耐え忍ぶことしか、王妃には選択肢がない。

 「おい、代われよ」

 「もうちょっと待てよ。今いいところなんだから」

 男たちの声など、いつしか耳に届かなくなった。







 ―とても穢れた気がしたの。

 泥水で顔を洗うよりも、生ゴミを全身で浴びてしまったよりも、ずっと・・・。

 生まれて初めて愛した人との間に子を宿し、とても幸せな日々を送っていたし、これからも送るはずだった。

 けれど、私は穢れてしまった。

 この身体だけは誰にも渡せないと。

 この子だけは何があっても守ると、そう、誓ったはずなのに。

 こんなにも今、死んでしまいたいと思っているのはどうしてかしら。

 ねえ、こんな私を赦してくれる?

 生まれてくるはずだったあなたと一緒に、私はこのまま空を飛んで・・・堕ちる―





 「王妃様!!!」

 山奥にあった、貧相な一本の橋。

 そこに立っていたのは、他でもない王妃本人だった。

 海埜也が見つけたときには、王妃はボロボロになっていた。

 洋服はもちろんのこと、足下は靴も履かずにボロボロで、心まで・・・。

 「王妃様。お迎えにあがりました」

 「・・・っ!」

 王妃の口からは何も語られることはなかったが、なんとなくわかる。

 無事に、とは言えないが、王妃を城まで連れて帰ると、王は強く強く王妃を抱きしめた。

 王妃はその温もりにまた涙を流したが、それでも何も語ることはなかった。

 というよりも、王が何も言わせまいとした。

 きっと、それは王妃を想ってのこと。

 「私っ・・・」

 「何も言うな。言わなくてよい。無事に帰ってきてくれて、本当に良かった。私達の子も、きっとそう思っている」

 だからこそ、海埜也には特別な指令が出されていたのだ。

 「おい、逃げちまったじゃねえか」

 「お前が悪いんだろ」

 「俺のせいなわけねーだろうが。あんなによがってたじゃねーか」

 卑下た男たちの、卑下た会話が聞こえてくる。

 コンコン、と戸を叩く音。

 男たちは互いに顔を見合わせながらも、疑いもなく戸を開けた。

 するとそこには、逃げたはずの女がいた。

 「なんだ?やっぱ楽しくて戻ってきちまったのか?」

 「ヘヘヘ、たっぷり可愛がってやるからよ」

 男たちはまたしても、女に覆いかぶさってきて、欲求を満たそうとする。

 「・・・!」

 「おい、どうした?」

 一番先に覆いかぶさっていった男が、急に倒れた。

 「ヒイッッ!!!」

 男の首は、切られていた。

 そこから出てくる真っ赤な血は、どんどん床を染めて行く。

 何より、女の手にはその原因とも呼べるナイフが握られていた。

 「て、てめぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」

 バサッと女が顔も髪も全てを脱ぐと、そこにいたのは女ではなかった。

 「誰だ!?てめぇっ!!」

 女と思っていたまだ若い男は、次々に男たちを切っていく。

 首から血を流しながらも、男は助けを求めようと外へ出る。

 だが、それさえ赦さないように、若い男は小屋の中に連れ戻し、更に深く傷を抉る。

 屈強な男たちさえ、いともたやすく倒すと、その若い男はポケットからマッチを取り出した。

 若い男の顔は本人のものではない血液によって赤く染まり、臭いもする。

 マッチに火を点け、床に落とす。

 徐々に燃え広がる火を確認すると、若い男はそこから立ち去ろうとした。

 「!」

 だが、僅かに息のあった男に足を掴まれてしまい、その場に前のめりになる。

 そのまま男は意識を失ってしまい、硬直した男の手から逃れるのは容易な事では無かった。

 ゴウゴウと燃える小屋で、若い男は考えた。

 ―このまま死んでも悔いはない。

 だが、燃え広がる炎の中、彼の身体に自由が戻った。

 「!?」

 ふと目を開けると、そこには少し前から共に暗殺部隊を任されている一人の男がいた。

 「〵煉!?」

 「お目覚めか?凵畄迩。さっさと此処出て、城に帰るぞ」

 自分とは違ったトレードマークの笑顔を持っている〵煉に、海埜也は力が抜けた。

 そして自嘲気味に笑っていると、〵煉はまた同じように笑った。

 「あ、そうだ」

 そう言って、〵煉は一旦担いでいた海埜也を下ろすと、薬草を探しだした。

 知識があるのかは知らないが、迷わず摘んでいることからそれなりの知識はあると信じたい。

 それらを手で擦り潰すと、海埜也の火傷の部分に合わせる。

 「どうしてわかった?」

 何気なく聞いてみると、〵煉はまた海埜也を担ぎ、城へと急いだ。

 「勘だよ、勘」

 勘とは言っているが、きっと王から聞いたのだろう。

 海埜也を拾ってから、暗殺者としてだけではなく、一人の人間、もっと言えば自分の子供のように接してくれていた。

 「ほれ、着いたぜ」

 「・・・悪かったな」

 「気にすんな!」

 王妃は疲れもあってか、眠っていた。

 行方が分からなくなっていた凖の母親も見つかり、無事保護されていた。

 どうやら、外に様子を見に行った際、男に後ろから殴られて気絶してしまっていたようで、未だ目を開けず重症。

 だが、なんとか山は越えたようで、後は目が覚めるのを待つばかりだ。

 「誠に申し訳ありませんでした」

 理由はどうあれ、王妃を危険な目に合わせてしまったことに対し、謝罪した。

 もっと慎重になるべきだったのだ。

 凰鼎夷家の内情を知っていて、王妃にたった一人の召使いだけをつけて散歩に行かせるなど、言語道断。

 どんな罰でも受ける心算でいた。

 「顔をあげなさい、海埜也」

 振ってきた声はとても穏やかで、導かれるように顔をあげれば、そこには優しい顔をした王がいた。

 「今回のことは、妻が内密にと言って行ったことだ。付き人も一人でよいと。それを私も承諾した。あのような事態になることは想定できたが、私も甘かった。お前たちだけを咎めることなど出来まい」

 「・・・・・・」

 ただただ、深く頭を下げた。

 「それより、海埜也。火傷は大丈夫なのか?包帯だらけじゃないか」

 火傷を負っていた海埜也の顔は、〵煉の薬草のお陰もあってか、そこまで酷くはならなかった。

 だが、やはり皮膚の火傷の痕までは消すことが出来ず、今は包帯を巻いていた。

 「もうじき取れます。御心配なく」

 「そうか。それなら良かった。〵煉もすぐに動いてくれて助かった」

 「いえいえ、凵畄迩の世話が出来るのは俺くらいなものですから」

 真剣なつもりなのか冗談なのか、ともかくその場が和やかになったのは確かだ。

 王だけではなく、起きてきた王妃も、凖も他の召使いや家来も、みんな笑った。

 葡立が目を開けたのは、それから間もなく。

 目を開けてすぐに王妃は無事なのか、今どこにいるのか、と大声を出した。

 王妃が無事なことを知ると安心したのか、またベッドに横になる。

 そんな母親の姿を見ていた凖は、見舞いをすることもなく通常通りの仕事をしていた。

 「葡立」

 「なに?天厘」

 「・・・母ちゃんの顔見に行かなくて良いのか?」

 「なんで見に行く必要がある?どうせすぐに仕事に復帰するんだし、俺だって色々と忙しいんだよ」

 「葡立」

 「だから行かないっていってるだろ。なんなんだよ、天厘」

 「今日のおやつ何?」

 「・・・・・・」

 頭の回転が速いと褒めるべきなのか、それとも単に自分勝手だと罵るべきなのか。

 「お前はこれでも食ってな」

 吐き捨てるように言いながら渡されたのは、干し芋。

 それを見て文句を言う事もなく、「これ好きだー」なんて言って素直に食べる姿は、何も考えていない子供だ。

 「あ、そうだ。葡立」

 「まだ何かあるの?」

 「俺、この前腹減ってしょうがなくて、地下室に保存してあった缶詰類結構喰っちまった。魚とかクッキーとか。まあ、保存食って言ってもしっかりとした食事として成り立つんだなーってことが分かって、俺としては身のあるつまみ食いになったっていうか・・・」

 話の途中で、凖に殴られた。

 その頃、暗殺者たちの間ではこんな噂が立っていた。

 ―自分よりでかい男たちを殺し、自らも真っ赤に染まった男。

 ―躊躇なく人を殺す。

 ―その真っ赤に染まった顔を見た者もまた、死んでしまう。

 ―血に飢えた獣が取りついている。

 ―殺し殺され、血を浴びるためだけに産まれてきた。

 そんな噂が瞬く間に広まったかと思うと、こんな闇名がつけられていた。

 “紅頭”

 名前の由来は言わずもがなだが。

 「紅頭?」

 「ああ!最近噂になってんだよ。相当強いらしくて、なんでもそいつ、顔に火傷をしてるらしい!」

 「・・・そうか」

 それはきっと自分の事だろうと、海埜也はすぐに気付いたが、話をしている人物はまだ気付いていないようだ。

 顔を覆っていた包帯を取ってみれば、生生しく残るその痕。

 幸いにも、皮膚の表面だけで、目も正常だし呼吸にも違和感はない。

 ただ・・・

 「(目立つな)」

 その時、城内から元気な産声が聞こえてきた。

 「お!生まれたか!」

 見には行きたいが、それは暗殺者としては出来なかった。

 こんな火傷を負ってしまっては、召使としても城内をうろつくことはできそうにない。

 「海埜也、天厘、いるか?」

 「おお葡立、どうした?」

 「ちょっと来てくれ」

 最初は首を傾げていた二人だが、連れて行かれた場所は、王妃が子を産んだ部屋だった。

 凖がコンコン、と扉を叩いて中に入れば、そこには助産師と思われる女性たちと、王、それに産まれたばかりの子がいた。

 「来たか。これからはこの子のことも守っていってほしい。こっちに来て顔を見てやってくれ」

 「ふふ。紅頭なんて、有名になっちゃったわね、海埜也」

 「・・・えええ!?凵畄迩の事だったのか!?」

 なんて、今更気付いた阿呆は置いておいて、今産まれたばかりの赤子は、とても、なんというか、正直サルみたいだ。

 まだ話せもしないし、目も開けられない。

 「この子の名はね、“信”だ」

 「信、様」

 「信じ信じられることで、この子はきっと大きく育つだろう」

 ふと、自分に向けられた視線に気づき、海埜也は顔を動かす。

 そこには、海埜也の顔を見て渋い顔をしている王妃がいた。

 「痛む?」

 「大丈夫です。表面が少し焼けただけですから」

 「肉じゃねーんだから」

 〵煉に突っ込まれたが、王妃は小さく笑った。

 部屋から出て行った二人は、それからというもの毎日のように信の顔を見に行った。

 それは王から言われたからでもある。

 すくすくと順調に育っていった信の護衛にと、王は暗殺者を増やそうとした。

 だが、なかなか集まらず困っていたとき、変な二人が現れた。

 「あのー、暗殺したいんですけどー」

 のんびりとした口調で現れたのは、髪の短い眼帯をした男?と髪の長い女?だった。

 よくよく聞いてみると、なにやらややこしい二人であったが、実戦を見るとなかなか良い動きをしていたため、採用した。

 「燕网ですー」

 「朷音です」

 「僕は朷音を愛してるから、朷音を抱こうなんて思わないでね」

 「いや、朷音は男なんだよな?」

 「心は女の子だもん。身体はまだごつごつしてるんだけど、これから燕网にいっぱい抱いてもらって、女の子になるんだもん」

 「なんか可愛くねーよ」

 「ちょっと、朷音に触らないでよ。僕のものなんだからね。心も身体も」

 「燕网以外好きにならないから大丈夫」

 「でも僕心配だよ。こんな男所帯に朷音一人女性なんて。これじゃあ、好きなだけ抱いてくださいって言ってるようなもんだよ」

 「私燕网以外に抱かれないもん」

 「てか俺らにだって選ぶ権利はあるんだよ」

 「そんなこと言って、僕を油断させて朷音を手籠にするつもりでしょ。そうはさせないから」

 「だー!だから絶対、何があっても、この世に相手が朷音一人になったとしても、抱かねーって!!!」

 「落ち着け、〵煉。朷音一人だけ残ったとしても、そいつは身体男だからな」

 冷静に海埜也が言うと、今度は海埜也の方を見ながら、燕网が朷音に抱きつき、見せつけるように笑う。

 「僕は朷音依存症だし、朷音も僕依存症だから、仕事はなるべく一緒にしてね、紅頭」

 「・・・・・・」

 「それから、僕と朷音は結構頻繁に営みをするから、ソレ用の部屋もあると嬉しいな。だって、君たちだって僕たちのあべこべな声なんて聞きたくないでしょ?」

 「うっわ!微塵も興味ねぇ!クソみてーに興味ねぇ!」

 「・・・・・・」

 はあ、と小さくため息を吐くと、海埜也は額に手を当てる。

 「一応頼んでみる」

 「わーい。ありがとー、みのりん」

 きゃは、と可愛く喜んだ朷音だが、ガタイが良いからか、可愛く見えない。

 一方の燕网も、朷音よりも背は低く、顔もどちらかというと女性らしいところが残っているのに、朷音への行為はまるで男そのもの。

 「・・・なんか、賑やかになったね」

 「葡立、人事みたいに言うなよ。あいつらの相手、なんかすごく疲れるんだ」

 「まあ、そうだろうな。なんとなくわかるよ」

 一応補助として暗殺に関わっている凖が新しく入った二人を見に来ていた。

 しかし思っていたよりも衝撃的な光景だったのか、とても顔を引き攣らせていた。

 「ちょっとー、あんまり燕网を見ないでよ。私のだからね」

 「僕は朷音のものだよ」

 「だって、あの人、さっきからずーっと燕网のこと見てるんだもん」

 「僕に惚れたって無駄だよ。僕には朷音がいるんだからね」

 「・・・・・・俺、男だし、そういう趣味ないから安心してくれる?」

 にこっと笑って答えた凖に、二人は互いに顔を見合わせ、凖の顔をじーっと見た。

 そして燕网が首を傾げながら話す。

 「ああ、ごめんね。綺麗な顔してるから、女の人かと思った。じゃあ、朷音を狙ってるの?」

 「・・・どっちも狙ってないよ。俺は正真正銘、心も身体も女性の人が良いから」

 「もったいない。そんなに綺麗な顔してるなら、きっと男だって相手してくれると思うけど」

 「ねえ海埜也、こいつらいっぺんブン殴ってもいいかな?」

 「止めておけ」

 「うお。さすがの葡立でもキレた。あいつらの人を苛立たせる才能は本物だな」

 「〵煉、そんなこと言ってないで、凖を連れて行け」

 「はいはい」

 わなわなと珍しく怒りのオーラを発していた凖の背を押して、〵煉は部屋から出て行った。

 「僕何か言ったかな?」

 「何も言ってない。だからキスしよ?」

 面倒な二人が入ったが、実力はある。

 ただ、自分たちの障害に関して今まで理解を得られなかったからか、異常なまでに互いに執着していた。

 それで良いと二人が思うなら、誰にも否定出来ないことだが。

 「燕网」

 「なに?朷音」

 「私、今とっても幸せ」

 「僕もだよ」

 「・・・こいつらを連れて行かせるべきだったか」











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登場人物紹介

甘畄迩海埜也:忍のリーダー。

【紅頭】という異名を持つ男。

冷静かつ合理的に動く一方、人情深いところもある。


『昔の話だ』

葡立凖:給仕係兼任の忍。

物腰が柔らかく、人当たりも良い。


『体が資本』

天厘ヽ煉:ムードメーカー忍。

いつも明るく、いざというときは機転が利き頼りになる。


『俺に任せとけ!』

燕网:心は男の子の女の子。

朷音のことが大好きで忍の道を選ぶ。


『僕は男の子だよ?』

朷音:元々は心も体も男の子だったが、今は心が女の子になった男の子。

燕网の好意を知り、その心が男の子であることを知ったため、自らを洗脳して女の子となる。


『燕网が幸せならそれでいい』

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