第6話 国追われた王子――睦月 澄人 5

文字数 8,313文字

 退院が二日後に決まったその日、澄人の病室を特殊武装班の管理官と研究者が訪れた。この研究者は、前回の時とは別の人物だった。彼は、旅行鞄のような大きさの保温バッグを肩から提げていた。この訪問がただの見舞いでないことは、澄人もなんとなく予感していた。
「退院が決まったそうだな、回復が順調でよかった」
 感情のこもらない声で言われ、とにかくベッドの上でおとなしく礼を述べた。
「ガウスガンのプロトタイプ01は今回の事故を受けて開発を凍結した。次回の実験はプロトタイプ02になる」
 白衣の研究者が進み出て、いそいそと説明を始めた。プロトタイプ02開発チームの主任だというその男は、前回の実験で01チームが失敗したおかげで自分達にチャンスがまわってきたことをあからさまに喜んでいる様子で、澄人は不快で仕方がなかった。
 最後に管理官が口を開く。
「どうだろう。前回の失敗で君が限りない肉体的、精神的苦痛を味わったことは、私も理解しているつもりだ。しかし、あえてその上で提案したい。あの、モンスターのような銃器を今度こそ自分のものにしてみたい、とは思わないか?」
 研究者が音を立てて保温バッグのジッパーを開けた。
「そのために開発した、君専用の耐電、耐熱、耐衝撃のアディッションモジュールだ」
 研究者が大切そうに両手で支えているもの。澄人の目の前に差し出されたそれは、ピンク色の液体に包まれて真空パックされた、自分の手足だった。

 澄人は毛布を頭までかぶって横になっていた。退院の喜びはもう霧散していた。
 病室のドアをノックする音が聞こえた。静寂の中にそれは乱暴なほど大きく響いて、澄人は思わずびくっと首をすくめた。そのまま無視していると、遠慮がちに声が響いた。
「澄人君?」
 理央の声だった。背中を丸めてベッドにうずくまっていると、ドアの開く音、続いて足音がして、理央がベッドサイドまで近づいてきたのがわかった。
「次の発射実験、断ったの?」
「僕に断れるわけないです。契約してるんですし」
 投げやりに答えた。
「僕はただ、管理官に『ちょっと考える時間をください』って言っただけです。どうせやることになるのはわかってるんです」
 再び沈黙が降りてくる。やがて、理央がふうっと息をはいた。
「怖いよね……。でも、私も一緒にやるよ」
「わかってます。僕だけ逃げたら卑怯ですよね」
 澄人は乾いた笑いをこぼした。こんな嫌味のようなことが言いたいわけではないのに、子供っぽい自分に対して苛立ちがわいた。
「まだ事故のフラッシュバックとか、あるの?」
「いえ……」
 実際、澄人は前回の実験の惨事をあまり思い出さなかった。医師にすすめられるままにカウンセリングも受けたが、時間がたつほど記憶はあいまいになって、実感を伴ってよみがえることはほとんど無かった。
 おそらく、自分は忘れてしまいたいのだ。たぶん、この記憶を捨ててしまいたいのだろう。あの発射実験の事故の時、自分は被害者であり、同時に加害者のような気がしていた。自分の身に起きたことを嘆くことよりも、自己嫌悪や虚しさが勝っていた。
 毛布で顔を隠したまま、澄人はつぶやく。
「ガウスガン。あれが……本当にプラチナベビーズの制圧に必要なんですか? なんのためにあれを開発しているんですか? 僕にはそれが……わからないんです。最初の発射実験の時、僕は自分の人間性が試されている気がしました。プラチナベビーズじゃない、僕らのほうが試されている。そんな気がしました。この実験はなんなんですか? 一体どこに向かおうとしているんですか?」
 理央をといつめても仕方ない、とわかりながら、だんだんなじるように激しくなっていく口調を止められなかった。
「澄人君。この実験は確かに、疑問に感じることがたくさんある。私もそう思う。でも、それでもそれを承知で私たちは契約をした。そうじゃない? これでいいのか、なんて聞かれても、私たちは答えを出せないし、仮に間違っていたとしても、今さらやめられない。だから私たちは、とにかく前へ進もうよ」
 理央の声は淡々としていたが、遥馬と同じように確かな覚悟を秘めて澄人には響いた。
 澄人は毛布をはいで顔を出した。理央の顔は相変わらず優しげで、澄人を責める素振りはどこにもなかった。林檎の外皮のような深い赤色のブラウスが、理央をいつもより色白に見せていた。
「澄人君は居場所が欲しかったんだよね。私はね、遥馬に大学まで行ってほしいんだ。あの子は私よりずっと頭がいいから。あの子には、自分の身に降りかかったことを、人のせいにして生きて欲しくない。親のせい、世の中のせいにして何かを恨んで生きて欲しくない。そのためなら私は何でもする。そのために、リスクを承知でここに来たんだから。だから、私たちの目的を達成しよう。最後まで一緒に頑張ろうね」
 澄人はベッドの上に半身を起こした。理央が、ほっとしたように微笑む。それを見ると、一層やりきれない想いがこみあげてきた。
 この人だって――怖いはずなのに。あんなに怖がっていたのに。今は逃げ道のない自分を、一生懸命励まそうとしている。
「今日はね、すごく大事な話があってきたの」
 理央は椅子にはかけずに、しゃがんでベッドに頬づえをついた。澄人は年上の女性に見上げられて、少しどきどきした。ブラウスの襟に消える胸元が白くて綺麗だ。きらり、と光が横切る。糸のように細い金の鎖が鎖骨にかかっているのが、ひどく大人っぽく感じられた。
 理央は少しさびしげに笑った。
「私ね、次の発射実験が成功したら、南高に転校することになったの。一時的に、あるプラチナベビーズのヒューミント班に入ることになったの。その子に近づくために、南高の二年に転入するんだ。もともと治療の間に前期の中間試験も期末試験もおとしちゃったから、留年は決まってたんだよね。二年生をやりなおすのはいいけど、さすがに弟と同学年になるのは気まずいから、むしろ私にとっては有り難い話なんだ。ただそうなったら、今までみたいに特殊武装班のみんなと一緒に過ごすことはできなくなってしまうと思う。こうして澄人君に会いに来ることも難しくなる。だから、どうしても今のうちに話しておきたくて」
 理央は手を伸ばし、澄人の両手を握りしめた。
「遥馬のこと、頼むね。あの子は、あんなだけど本当は強い子じゃないから。だからお願い、澄人君はずっと遥馬の味方でいてあげてね。君は生きる場所、私たちは生活費と進学費。欲しかったものをちゃんと手に入れて、みんなで幸せになろうね」
 柔らかい手のひら。ガラスのように磨かれた短い爪。モジュール(部品)のはずなのに、両手を握り合うと確かにあたたかくて、澄人は胸の中で何かがいっぱいに膨脹して苦しくなった。この息苦しさは、たぶん幸福というものだ。
 澄人の心は、声に出せない想いを叫ぶ。
(僕はもう幸せです)
 先のことなんて誰にもわからない。本当は未来なんて、どうでもいいのかもしれない。
 仲間として認めてくれる人がいる。優しく励ましてくれる人がいる。ここには手を取り合える相手がいる。
(僕は今が幸せなんです)
 自分は監視者の仲間と一緒にいる時だけ、自分が生きている価値がある人間だ、と信じることができる。だから、この実験をやりぬくまでだ。たとえその先に、プラチナベビーズとの戦いが待っているとしても。あるいは、それ以外の意図が隠されているとしても。
(僕らが目指しているもの以外の正義なんて――今はききたくもないんだ)


 五月十七日 午後四時
 遥馬の指示で、澄人は研究所内のガウスガン装備の準備室にいた。
 今は巨大な卵のような入れ物の中に入っている。カプセル状になった殺菌室だ。消毒液の霧を浴びながら、目を閉じて先ほどの研究者との会話を反芻する。
「特殊武装班の警備レベルは5と聞いてるけど、ガウスガンの使用許可があったの?」
 プロトタイプ02の開発主任は、眠そうな顔でぶつぶつ言っていた。研究施設でよく見る慢性的な睡眠不足の顔だ。彼は自分の腰のチェーンから細長いものを外して澄人に差しだした。七色に光るスティック状のホログラムキーだった。
「まだ実戦用装備の許可は下りてません。でも命令が出る前に、僕が強化モジュールとの相性を確認しておきたいんです」
「ふーん。真面目だなぁ。まぁ、他のメンバーは毎日のように射撃訓練してるんだもんね」
 だますのは張り合いがないほど簡単だった。危機感がない、というのはこういうことを言うのだろう。
 作業終了の電子音が鳴り、白く煙っていた視界が急速にクリアになった。さなぎから抜け出るように、充分に燻蒸された体で殺菌室を出た。くわえていた酸素供給のための管を外して、唾液の付いたマウスピースを使用済みの箱に放りこむ。一矢纏わぬ姿で、消毒液に匂いのする前髪をかきあげると、深呼吸して外の空気を吸った。
 やることはまだある。保冷庫を開けて澄人のネームプレートのついた金属の箱からペン型注射器といくつかの錠剤を取り出す。椅子にかけ注射器の個包装されたポリ袋を破って、針先と中の液体を確かめると、下腹の薄い皮膚をつまんで細くなった先をあて、シャープペンシルをノックするように反対側の先を指で押した。
 針の刺さる感覚。ゆっくりと薬液の水位が下がっていくのを見守る。落ちきったところで、抜き取り、やはり使用済みの箱へ。次は錠剤を取り出し、種類を確認するように並べていく。合計7種類。何種類かの抗生物質、それと整腸薬と吐き気止めだ。用意しておいたペットボトルの水で、次々と飲み下していく。
 これで強化モジュール装着の準備がやっと整った。
 澄人は準備室でひときわ存在感を放つ大きな保温庫に近づき、扉を開けた。中は二つに仕切られている。それぞれの上端に掲げられたネームプレートの文字はRio.KとSumito.M。
 澄人は自分の手足一対と、モジュールの「張り替え」に使うピンク色のジェル溶剤を取りだすと、ちらりと理央のブースに目をやった。
 プロトタイプ02の発射実験が成功したあと理央には会っていない。彼女のブースにも、同じように両腕と両足のスペアが存在するはずだ。病院で自分の手を握ってくれた、優しい彼女の両手がここにあるのだろうか、とせつない想いが澄人の心に忍びこむ。
 一瞬、魔が差した。息をつめて、おずおずと理央のブースの中扉を開けてみた。
 理央のブースは空になっていた。澄人は呆然となって立ちつくした。
 理央は一時的にヒューミント班に入ると言っていた。
(彼女はもう、ここに戻ってこないのだろうか? 遥馬さんは何か知っているのだろうか?)
 澄人は動揺をおさえられないまま、とにかく今やるべきことに意識を向けた。

 澄人はガウスガン装備の準備室を出ると、ガウスガンを右肩に担いで歩いていた。狙撃用ライフルに似た銃身の長い銃器だ。エネルギーパック部分にバスケットボール大の蓄電池が装着されているが、強化モジュールのおかげなのか重さは感じない。
「それは安全なんだな」
 隣を歩く遥馬が念を押すようにたずねる。
「はい。プロトタイプ02はレールガンではなく、リニア加速に成功したコイルガンなんです」
 澄人は研究者に聞いたとおりに答えた。長い銃身の下半分には、銀色の金属線を巻いたコイルがのぞいていた。
「弾速はレールガンに比べて落ちますが、プラズマを発生させないので、安全性は高いそうです。今のところ暴発はないですし」
 省電力なので、こうして大型蓄電池から切り離して持ち運ぶこともできた。安全、とは言ったものの、強化モジュールを使用している理央と澄人が扱うかぎり、射手への漏電、放熱、発射の反動などはもう配慮しなくてよくなったのだ。
 遥馬のタブレットが鳴った。それは隣で歩いている澄人にも聞こえた。通常の着信音ではない。上官からの保守回線の着信だった。左手でタブレットを取り出し、遥馬は通話を始める。歩く速度は落とさない。右手にはオートマチックの大型拳銃がある。
『如月、特殊武装班の命令系統が混乱していないか?』
「いえ、まったく問題ないと認識しています」
 遥馬はきびきびと答える。
『特殊武装班は、橋梁で一般市民の検問の警備につくはずだろう? 今、何人かの班員が武装したまま、役員会の行われているこのビルのセキュリティを突破して会議室に向かっているらしい。何のつもりか知らんが、すぐに止めてくれ』
 遥馬は一息おいた。
「残念ながら、それは物理的に不可能です」
『なんだと。それは、一体どういう……?』
 遥馬がゆっくりと口の端を上げる。
「なぜなら、武装してあなた方のもとに向かっている班員、それこそが僕らだからです」
 絶句。タブレットの小さなスピーカーから返ってくる言葉はない。
 遥馬は通話を切って、歩きながらタブレットを防護スーツの腰につけたケースにしまった。そして、目の前に迫ったドア――会議室と金文字のついたドアを、ためらいなく蹴破った。
 闖入者は銃器で武装した高校生約十名、そして中学生が一人。
 二十名ほどの役員会のメンバーはほとんどが初老の男性だった。武器を持った少年たちから少しでも距離を置こうと、つきあたりの壁際に身を寄せている。両者の間にあるのは倒された長机と椅子、飛び散った書類だ。
「き、君たちの要求は何だ? 負傷した春待太一への契約金の支払いか?」
 管理官が、うわずった声で尋ねる。隙のないスーツ姿が、今は床の上に腰が抜けたかのように座りこんでいる。遥馬はいつもの通りの淡々とした口調で、事務的に言葉を紡いだ。
「無論それもありますが、太一さんの件は一つのきっかけにすぎません。この一件で僕たちとあなた方の立場の違いが顕在化しただけです」
 遥馬は切れ長の目を、さらに細くして上から見下ろす。
「立場の違い?」
「あなた方は、トゥエルブ・ファクトリーズの正社員もしくは役員です。僕らは、この実験とプラチナベビーズとの交戦に関して契約したエージェントです。僕らは契約を全うして報酬をいただきたい。しかしあなた方は会社の利益を最優先に考える立場だ。どう考えても、利害は一致しない。僕らはもうあなた方を信用していない、ということです」
 会議室は、しん、と静まり返った。
「あなたがたが僕らをどう考えているか、リスクの高い兵器の開発実験に学生のエージェントから試験者を選んだ意図からも、おのずと理解できるというものです」
 遥馬はちらり、とガウスガンを構えた澄人を見た。
 役員たちが、あわてて身を伏せる。
「僕らは、あなた方ひとりひとりと契約したわけではない。僕らと直接契約しているのはトゥエルブ・ファクトリーズのCEOだ。そのことに気づかせてくださったのはあなたですよ、管理官。僕らの要求は、CEO本人とだけ直接取り引きをしたい、そういうことです」
 管理官は、怒りで震える手でずれた眼鏡の位置を直そうとしていた。飼い犬に手酷く噛みつかれた男は、怨嗟の声を吐く。
「何を……ふざけたことを。学生の分際で。如月、お前がこいつらをそそのかしたのか?」
「そそのかす? これは、この島に残った特殊武装班の班員全員の総意です。僕は班長として、この決定について全ての責任を負う、と彼らに宣言したまでです。かならず仲間の全員に『リスクの代償』を手に入れさせる。あなたがたのいいようにはさせない、そう約束しました」
 管理官と遥馬が話す間、這いつくばっていた訓練官の一人が、素早くヒップホルスターから小型拳銃を引き出して、セイフティを解除した。
 すかさず、見とがめた班員の一人が拳銃のトリガーを引いて弾き飛ばす。弾丸が床を貫く音と、悲鳴が同時に上がった。一瞬で氷が張ったように、部屋の緊張感が高まる。
「あなた方は、新しい兵器を開発し、兵士を育てながら、それがいつか自分に向けられる日が来るかもしれない、と考えたことはないのですか?」
 遥馬は眉を寄せ、憐れむように脅える男たちを見回した。
「……だとしたら、本当に想像力の使い方を知らない人たちだ」
 一つため息をついて、遥馬は続けた。
「トゥエルブ・ファクトリーズの正社員、および役員、そして所属の研究者は今すぐに、一般市民と共に島外へ非難してください。僕らは執務室にいらっしゃるCEOと直接交渉します」
「そんなことは不可能だ。相手にされるとでも思ってるのか。お前たち、自分たちが何様だと思ってるんだ」
 役員の一人だろうか、ひっくり返された蛙のような体勢のまま怒鳴り返す。
 遥馬が一瞬、目を剥いた。澄人の背筋を戦慄が走った。ほんの短い時間、その瞳の中に、底知れない憎悪がぱっくりと口を開けて腸(はらわた)を見せた。
「ガキだと思ってなめてんじゃねえよ!」
 凍りついた空気を叩き割る一声。下腹にくいこむ低い声だ。
「トカゲの尻尾みたいに切り捨てられてたまるか。こっちから、お前ら『胴体』を切り捨ててやる。さっさと頭とつながらせろって言ってんだよ!」
 澄人はトリガーレバー脇の電力装填用レバーを引いた。銃身のコイルが熱を持った。強化モジュールの両足の踵に仕込まれたギミックが飛び出し、銀色の鉤爪が三本、床のタイルを割ってくいこむ。澄人の体は床に固定された。
「僕が黙らせます」
 澄人の声は、遥馬を冷静に戻したようだった。班長が深くうなずくのを確認して、トリガーレバーをひく。
 空間を横切る一閃。それは稲光のようだった。一瞬で、役員達が身を寄せる壁は半円形に切り取られていた。コンクリートの裂け目から、西日が室内に差し込むのと同時に、爆音と衝撃波が辺りを襲う。
 壁面にあったキャビネットのガラスが割れ、壁からは、壁紙と石膏が粉々に剥がれて飛び散った。役員たちは叩きつけられる瓦礫に悲鳴をあげた。
 天井から、だらり、と配線が下がり、パチパチいう音とともに小さな火花が散っている。正面に大きく開いた壁穴の向こうには、ちょうどバナナの皮を剥いたように、反り返った鉄筋がぶらさがっていた。
 我に返った役員たちが、我先にと立ちつくす少年たちを押しのけて会議室を飛び出していった。
 澄人は銃器からたちのぼる熱気に包まれて、柔らかい髪を舞い上がらせていた。その姿はさながら、一人だけ重力のない世界に立っているようだった。
 内装のはがれおちた会議室は、やがて廃墟じみた凄寥感にひたされる。大きな壁穴から、のぞく夕陽は場違いなほど美しかった。
「想像以上だな」
 遥馬がぽつりと言う。
「……柱は避けたので、ビルの耐久性自体は問題ないと思うんですが」
 澄人は自信なさそうにその顔を見上げる。
「まあ……組織は風通しのいいのが一番だしな」
 遥馬はオレンジ色の陽を受けながら、片頬で笑って見せた。

 遥馬と澄人は、騒然となったビルの中を悠然と歩き、階段を上っていった。
 監視施設の最上階にある、トゥエルブ・ファクトリーズ日本支社CEO執務室をめざす。廊下にはすでに警備の人影もない。
 遥馬はノックせず、ドアを開けた。そこにあるのは、一台のモバイルパソコンだけだった。不気味なほどそっけない部屋の真ん中に、椅子すらもないデスクが置かれ、ちらちらと光る液晶画面が近づく遥馬を迎えた。パソコンの端子には無線通信用のコネクタが差しこまれ、先端の緑色のLEDライトが点滅している。
「そりゃ、そうですよね。戦場になるとわかっている場所に我が身をさらすバカはいません」
 予測どおり、と言いたげに遥馬は喉を鳴らして笑った。パソコンの画面に近づくと、液晶画面の上端にあるカメラのレンズが爬虫類の目玉よろしく、きょろっと動いて遥馬の顔を捉えた。
「聞こえますか? どうぞそこで、あなたの目でご覧になっていてください。僕らは必ず、あなたとの契約を遂行します。そしてあなたにも、約束を果たしていただきます」
 小さな電子音が鳴り、画面に新しいアプリケーションが開いた。メッセージが表示される。
 遥馬は満足そうに微笑んだ。
「さぁ、始めよう」
 立ち上がり、歩きだす遥馬に澄人は付き従う。焦げ臭いガウスガンを右肩に担いだ、強く引き結んだ口元にみなぎる、精一杯の決意。
「僕は、遥馬さんに最後までついていきます!」
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