星には願わない

文字数 1,253文字

 思い出の中の人は、歳を取らないね。

 ずっと会ってなかった甥っ子が、中学に入学したんだって。母から聞いて驚いた。思い浮かぶのは、真新しいランドセルを嬉しそうに背負ってる小学一年生の姿なんだもの。

 わたしの中では貴方も大学生のまんまだった。

 日付が変わって、もう昨日か。卒業後、十五年も経って、やっと開かれたサークルの同窓会。

 会わないことで、思い出は冷凍保存される。それが会った途端、瞬時に解凍されて、現在(いま)の姿に上書きされてしまう。まるで玉手箱を開けたみたいに。

 なのに、昨日、貴方とわたしの周りだけは、まるで十五年前の時間がそのまま戻って来たみたいだった。

 それはね、きっと貴方がわたしのことを、あの頃と同じ目で見ていたせい——なあんて、もしかしたら、わたしも同じだったかもしれない。

 あなたとわたし、それぞれの左手薬指の指輪が、現実の時間に押しとどめてくれていたのかもね。

 思い切って貴方に聞いてみた。

——ねえ、どうして告白してくれなかったの?

 ごめん。笑っちゃったのは、顔を真っ赤にして動揺を隠せない貴方が、まさに大学時代の貴方、そのまんまだったから。

 貴方はわたし史上一番仲の良い異性の友達だよ。お互い馬鹿を言い合って、ふざけ合って。

 でもね、異性間に友情が成立するなんて思わない。だって、わたしは貴方にずうっと恋していたから。

 きっと貴方も——これは自惚(うぬぼ)れなんかじゃなくってね——、わたしのことを同じように想ってくれていたはず。

 なのに——。

 お互いに一歩が踏み出せなかった。意気地なしだったね。

 でも、言わせてもらえば、その一歩は男である貴方が踏み出してくれてもよかったんじゃない?

 だから、自分のことを棚に上げて、意地悪を言ってみたの。

——今更、そんな目でわたしを見ないで。

 貴方は、やっぱりあの頃と同じように、上手く言葉が見つけられずにあたふたしてた。

 あなたは変わらないね。

 わたしは——、わたしは、どうだろう? 

 憶えてる? 大学三年の時の合宿の夜。夜中、寝付けずに部屋を抜け出したわたしは、宿舎の裏の小さな砂浜で、貴方を見つけた。貴方も同じように眠れなかったんだよね。

 満天の星の下、二人きりだった。
 告白の大、大、大チャンスだったのに——。

 中学時代、天文部だったという貴方が話すのは、星の話ばっかり。
 もう、がっかり。
 ほんと、馬鹿みたい。

 これも憶えてるかな。貴方があの夜、教えてくれたこと。

 織姫と彦星の間には、十五光年の距離がある。だから、あの二人は、お互い十五年前の相手を見てるんだって——。

 思ったんだけど、それって今のわたしたちにぴったりじゃない?

 お互い、思い出の中にいる相手だけを——十五年前のお互いを、ほんの時々思い出しながら、生きていくの。

 どう?

 だって、もうそれぞれ、他に大切なものが出来たんだから。

 眠れないわたしは、今夜だけ、貴方のことを想って星を見上げるわ。

 今夜だけ——、ね。

 だから、貴方も、今夜は眠れずに、同じ星を見上げていればいいのに——。
 
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