第48話 眠り姫 〈5〉

文字数 1,748文字

「じゃ、続きをするぞ、目隠し鬼じゃ!」
「わーい!
「婆沙丸が鬼じゃ!」
「鬼!鬼!」
 
 田楽屋敷を追い出されて一条橋のたもとの河原へとやって来た婆沙丸と子供たち。

「きゃー!」
 手拭いを目に結んだ途端、歓声を上げて子供たちは逃げ散って行く。
「ふふ、捕まえるぞー! どこだー?」
「こっち、こっち!」
「鬼さん、こちら! 手のなる方へ!」
「手のなる方へ!」
「こっちか?」
 目隠しをして、手探りで進む婆沙丸。
 子供たちの弾む息遣い、押し殺した笑い声が周囲に満ちている。
 伝わってくるその気配を辿って……
「そら! 捕まえた!」
 柔らかい袖が指先を掠った。素早く掴む、細い腕。
 どっと声が上がった。
「間違えた!」
「その子は違うぞ!」
「え?」
 慌てて目隠しをずらすと──
 確かに、〝子供〟ではあるが、さっきまでいなかった、見覚えのない顔だった。
 薄紅の小袖に山吹色の細帯。可愛らしい六、七歳の女の子。
「その子は違う」
「いつも河原で、一人で遊んでおる子じゃ」
「その子はほうっとけばいい」
「って……」
 婆沙丸は捕まえた少女を見下ろした。
 恥ずかしそうに俯いて、今にも泣き出しそうな顔をしている。
 婆沙丸は手を離す代わりに、グッと引き寄せた。
「捕まえたんだ。だから、おまえが鬼だよ!
 さあ、俺が目隠しをしてやろう」
 再び上がる驚嘆の声。
「えーーー?」
「違うのに!」
「その子は一緒に遊んでなかったよう!」
「仲間じゃないぞ!」
「そんなことあるものか」
 少女に目隠しをしながら婆沙丸は笑った。
「鬼に捕まったら、鬼をやるのが決まりじゃ。さあ、できた!」
 背中をそっと押す。
「手のなる方へ、鬼さん、こちら!」
「お、鬼さん……こちら……?」
「鬼さん、こちら……!」
「こっちじや!」
「違う! こっち!」
 さっきまでの不審の声はたちまち歓声に変わった。
「こっち、こっち!」
「捕まえてみろー!」
「私こそ、捕まえて!」
 迸る明るい声の方へ、新しい鬼がゆっくりと歩き出した。
「その調子! いいぞ! 
 鬼さん、こちら、手のなる方へ!」

 こうして、日が暮れるまで婆沙丸と子供たちは河原で遊び続けた。


 同じ頃、田楽屋敷では──
「意外だったなあ!」
 盃を煽りながら成澄。
「何が?」
 その盃に酒を継ぎ足して狂乱丸が訊く。気のせいか、いつも以上に躙り寄っている。
「うん、意外に打ち解けていると思ってさ、あの二人。
 俺は、もっと反発し合うかと、内心危ぶんでいたのだが……」
 〈眠り姫)を覚醒させるための今後の策も一応整った後は、近づきの宴。
 これは、ここ〈田楽屋敷〉の当然の流れである。
 縁に座って、暮れ行く庭の菖蒲の花を眺めながら酒を飲んでいる二人の陰陽師の方を目で指し示しながら成澄は微苦笑した。
畢竟(ひっきょう)、似ているのさ!」
 狂乱丸も笑った。
 目的達成のためには手段を問わないし、瑣末に拘泥しない。
 世俗や常識を気にかけない、と言うべきだろうか?
 見た目も飄然とした二人の陰陽師は、今の言葉で言う〝合理性〟を持ち合わせているようだ。
「大体さ、身分にこだわる(たち)なら、いくら検非遺使のおまえの推薦とは言え、どこの馬の骨とも分からぬ〈橋下の陰陽師〉なんぞに会うよ?」
 また酒を注いでから、
「その上、こうして、異形の巣窟、田楽屋敷へ足を運ぶとは!
 仮にも、あやつ、〈帝の陰陽師〉なのだろう?
 それにしては、ふふっ、あやつも、何処か同じ匂いがする……」
「おや? その言い草、やけに気に入ったみたいだな?」
「大いに気に入ったさ!」
「ブッ!」
 盛大に酒を吹き出す成澄だった。
「め、ゴホッ、ゴホッ……珍しいじゃないか! あんなに日頃は人に懐きにくいおまえが?」
「人を猫のように言うなよ」
 だが、すぐに田楽師は射千玉(ぬばたま)の垂髪を揺らせて首を傾げた。
「でも、猫はさ、いったん懐くと半端じゃないかも。
 いや、それも違うな。猫は〝懐く〟んじゃない。懐くのは犬だ」
「ほう? では、猫はどうなのだ?」
 妖しげに笑って美しい田楽師は瞳を伏せた。
「猫は──愛するだけ」

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