海蛍 9

文字数 2,565文字

 手荒く身体に触られる感触で目が覚めた。
手加減なく殴られた頬も鳩尾も、顔をしかめるくらいにまだ痛いままだった。
自分が今、どこで何をされているのかが理解できないまま、次第に身体は冷気に晒され総毛立つ。

突然、引き裂くように下着を剥がされた薫は驚き目を見開く。視界の先に広がるのは闇ばかり。目が慣れると自分の吐息が僅かに白く見える。寒さと独特の臭いにそこが倉庫であることだけはわかった。しかし、自分がここで何をしているのかだけが、どうしても薫には理解出来ない。闇の中から荒々しい吐息が幾重にも聴こえる。まるで小動物を狙う獣が息を潜めるかのように。
「おい、本当にヤルのかよ!?こいつ、男だぜ」
「かまうものか。こいつの姉だって身体を売ってたんだ。姉がいなくなりゃ弟が身体を差し出しゃいいってもんだろ?」
絶望的な言葉と共に、闇の中から薫は身体を掴まれ瞬時に組伏された。肢体を押さえられ尻をむき出しにされて薫はやっと自分が男たちに何をされようとしているのかを理解した。
「やめてくださいっ!やめて……俺は男ですっ!」
泣きながら懇願する薫に男の一人は言った。
「ここは姉さんが死んだから、俺が代わりになりますって言うべきじゃないのか」
こんなことを受け入れるぐらいならば、上官に逆らった罪で営倉に放り込まれ数日絶食の方がマシだと、薫はありったけの力で男らを跳ね除けようともがいた。しかし、自分を掴む手は緩むことなく薫の自由を奪い続ける。嘲笑の中、尻の肉を掴み別けられ、あり得ない場所に冷気を感じた。
「橋本衛生兵、役立たずのお前がやっとお国を護る兵隊さんのお役に立てる時が来たんだよ。姉さんのように喜んで俺たちを満足させるんだな。上手に出来たら次からは小遣い銭くらいはやるぜ」
無理やり開かれた身体に主犯格の上官の熱の先端が触れる。
「や、やめ……」
「うるせぇよ」
男の一人が引きちぎられた下着を丸めると、それを薫の口へ突っ込んだ。
薫の腰骨を掴み主犯格の男は自分の腰を薫の中へ一気に沈めた。
「ぐ、ぐぁぁっ!!」
肉を裂かれるその痛みに薫は悶絶する。行為が始まると同時に主犯の男の軽口も消えた。二度三度と腰を動かすうちにぎこちなかった動きが滑らかになってきた。

 風が静かに月を隠していた雲を押しどけていく。淡い月明かりが小さな倉庫の窓から薫を照らした。手足を掴んでいた男たちは、蒼白く照らし出された薫の姿に戦慄し言葉を失った。男の動きが滑らかになったのは、無理に身体を開かれ裂かれた薫の出血のためだった。男は血塗れになった薫の身体を離さず揺さぶり続ける。邪気迫るその様子に、薫の肢体を押さえていた男たちが顔を引きつらせ呆然とする。
「お前、最高だよ。また、やらせろよ……なっ、んっ!」
男は薫の中で果てた。
 その後も、次々に男たちが薫を月明かりの元で犯し続けた。順番が待てずに薫が固く閉ざしたその口をこじ開け、口で果てた者もいたし、二度目三度めと挑む者さえもいた。一人の気の弱そうな男が薫抱きながら耳元で言った。
「俺、実家が貧しくてここでの給金の殆どを田舎に仕送りしてるんだ。出撃命令を受けても遊郭にも行けずに死ぬって諦めてたんだ。橋本には済まないと思ってる。でも、でも、こんなに気持ちいいって初めてだ。俺、もう、明日にでも死んだって構わないっ」
男は泣きながらも嬉しそうに薫の中で果てた。

 男たちの穢れと血に塗れ、月明かりにその姿を晒されたままの薫を横目に、男たちはそそくさと身支度を始める。薄暗い中で間違えて薫の上着を手にした男がそれを放り投げようとした時だった。
「おい、どうしてお前がこんな高価な物を持っているんだ!?」
男が何かに気付き、薫の上着から取り出したのは、敏子から託されたドイツ製の万年筆だった。月の光を反射させるその万年筆に思わず目を細めながらも、薫は我に返ると身体を起こしそれを取り返そうと床から手を差し出す。
「頼む、頼むから……かえ、し、て」
残された気力だけで動くその手も、ペンを持つ男の一言で動きは完全に止まった。
「ん、これって日向大佐の万年筆じゃないのか?」
服を着ながら、男たちがそのペンを取り囲むように集まる。
「確かに俺は見たぞ。日向大佐がこの万年筆を使っている姿を。ドイツ製の高価な品だって他の上官たちも羨ましがっていたんだ。間違いない」
「日向大佐の大切な万年筆をどうしてお前が持ってるんだよ?」
「そうか……お前、やけに日向大佐に目を掛けられていると思ってたが……はははっ!お前、日向大佐に身体を売ってたんだろ?それで、これがその対価って訳だろ。姉は遊郭で商売、弟は兵舎でこんなもの欲しさに商売してたなんてな」
日向と姉の敏子が、この万年筆の存在で結びついていた事実に薫は脱力し膝から崩れ落ちるようにその場に腰を落とし座り込んでしまった。姉が死ぬ直前まで愛した人が日向で、自分が生まれて初めて好きになった相手もまた日向であり、日向は姉を通して自分にこの大切な万年筆を託してくれた相手でもあったのか……
「正直に教えろよ。これは盗んだものなのか?それとも身体を売って日向大佐から貰ったものなのかっ!?」
顔を何度か蹴り上げられたが、薫は何も言わず寝転がったままだった。
「まっ、今後もお前がヤラせてくれれば俺たちは誰にも何も言いやしないさ」
身づくろいを終えた男たちが薫を見下ろす。
「お前の大切な物、ちゃんとしまっておけよな」
主犯格の男は冷酷に微笑むと、薫の腰の傍にしゃがむと同時に、その万年筆を薫の血にまみれた体内に押し込んだ。声も出ない薫は冷たく自分を貫いた万年筆を感じながら涙を一滴、頬を伝わした。

と、その時だった。勢いよく大きな音を立てて開く倉庫の扉。

「貴様ら、一体、何をしているんだ!!」
聞き覚えのある声が怒り叫ぶ声が聴こえた。誰かが殴られているようだ。何度も何度も恐ろしい勢いで、有無を言わさず怒りの感情だけで殴る者と殴られている者がいる。
疲れた。もう、すべてに疲れ果てていた。痛みが今は不思議と感じない。むしろ眠気さえ催してくる。
傷ついた心とは裏腹に笑顔がこぼれ出た。もう、すべてがどうでもよくなっていた。
薫はそのまま意識を手放した。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み