第83話

文字数 1,043文字

「先生も最近の御手洗君は何か変だと思っていました」
 ああ、先に動かしてしまった。
「御手洗君のお母さんから今週の初めに相談があったのです。ですから大体の事情は分かっています。正直に言って欲しいのは先生も同じですが、鈴原さんの言うように、御手洗君を被害者とだけみなすのは、違うんだと思っています」

 そうだろう。その通りだ。だけど、それだと泰史はおそらく、教室に戻ってこれない。しかもみんなの前で、泰史を責めているようにさえ聞こえる。本当に解決するつもりがあるのだろうか、と思ってしまう。隣の井崎さんも同じように感じているのか、頬杖をついて黙りこくっている。
「ですからこの件は、先生や御手洗君のお母さん、お父さんと一緒に解決します。みんなには、話を聞かせてもらうことがあると思いますが、それ以上のことはないと思います。黒木君、篠山さん、鈴原さんも有り難う。でもこの話は、ここで打ち切りましょう」

 なんという半端なやり方だろう。これだとクラスにネタだけ植え付けて逃げてしまうようなものだろう。でも今から通常授業に戻るのだろうし、これ以上の話し合いはできないんだろう。授業の間、龍太は、浮ついた気持ちのままだった。

 二時間目が終わって、篠山さんと山田さん、井崎さんが喋っているのが目に入った。龍太は必死に聞き耳を立ていたが、洋一郎が邪魔しにやって来た。
「なあ、龍太? 泰史はやっぱり万引きしたってことだよな?」
「分からないけど、そういうことなんだろうね」
「でもさ、泰史が万引きする意味が分からないよな」
「俺もそう思う。あいつ、何でも買ってもらえる」
「じゃあ、なんでそうするんだ?」
 自分も疑問に思っていたことを洋一郎に質問され、考えた。
「誰かにやらされたか、それとも……」
「他に理由ってあるのか? あ、注目を集めたい、とか?」

 なるほど、そうか! 洋一郎の言葉に龍太は何かが分かったような気がした。
「万引きして、悪いことをする自分を、誰かに見せたい?」
 龍太がそう口にしたとき、昭と孝弘、それに吾郎もすぐ近くにやって来ていた。
「おい、龍太、それってどういう意味だよ? 悪い自分を見せたい、なんてあるのか?」昭が尋ねる。
 山田さん達の話が全く耳に入らないが、もうそこは仕方がない。
「いや、何ていうのかな。ああすることで、うん、そう、かまって貰える……」
 そこまで言って、自分の考えがおかしいような気もしてきた。何でも買って貰えて、休みたければ学校も休ませてもらえる泰史が、誰かにかまってほしいのか?
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