第1話

文字数 2,111文字

 私はとある刑務所に勤務する刑務官である。その刑務所には様々なタイプの凶悪犯たちがひしめいており、私の仕事はと言うと、彼らを監視し、また、更生させるべく適切に指導することである。
 「嘘つきは泥棒の始まり」ということわざがある。私は刑務官として受刑者たちと接するようになって以来、このことわざについて度々考えるようになった。彼らが犯罪者となるまでに重ねてきた嘘と、一般人が日常生活で何気なくつく嘘との間には、どのような違いがあるのか、一度考え始めると、夜も寝られないほどであった。
 そしてつい先日、しびれを切らした私はこのことについて調査することを決意した。幸いにもサンプルはたくさん居る。彼らにインタビューすることで、彼らがこれまでどのような嘘を重ねてきたのか、調査するのである。念のため断っておくが、私の興味・関心を満たすのが真の目的ではなく、この調査は飽くまでも刑務官としての業務の一環で実施されるものである。この調査は今後、受刑者の更生プログラムをより良くしていくための材料の1つとなり得るのである。また、どんな形であれ、受刑者たちと適度なコミュニケーションを図ることも重要なのである。
 この調査は、A, B, C, Dの4名の受刑者に、私のするいくつかの質問に答えてもらうという形式で実施される。4名の罪状はいずれも「泥棒」に関するものである。

 以下調査の詳細

 受刑者A 【性別】男 【罪状】銀行強盗

 私「あなたは頻繁に嘘をつくほうですか」
 A 「むやみやたらにはつかねえよ。嘘ばっかりついていると、人から信用されなくなるからな」
 私「信用に関して大事に思われているとは意外ですね。信用取引ができないから銀行強盗を起こしたのかと……」
 A 「てめえ俺のこと馬鹿にしてんのか、ぶち殺してやろうか」
 私「すみません」

 身の危険を感じた私は、Aに対する調査をここで切り上げることにした。


 受刑者B 【性別】女 【罪状】万引き
 私「あなたは頻繁に嘘をつくほうですか」
 B 「嘘つきかそうでないかと問われると、私は嘘つきという部類に該当するのではないかと思います。私は逮捕されるまで、数えきれないほど万引きを繰り返してきました。店にお金を払って商品を手に入れるというのが日本社会のルールであるにも拘わらず、私は平然とそれを無視し、お金を払わずに商品を店の外へ持ち逃げしていました。万引きした後、今回で最後にしようと決意したことも何度かありましたが、次の日には再び万引きに手を染めるといった有様でした。こうして万引きを繰り返すうちに、次第に私の中で良心というものがなくなりました。もしあのとき逮捕されていなかったら、今でも続けていたでしょう。私は社会に対して、自分自身に対して、嘘をつき続けてきたのです」

 このあとも私は引き続き質問を続けるつもりであったが、Bが泣き出してしまったために、途中で切り上げざるを得なかった。何はともあれ、彼女が自ら過去の過ちを振り返り、良心の呵責から涙を流す姿を見た私は、更生プログラムが効果的に機能しているのだなと身をもって実感し、刑務官冥利に尽きる想いであった。


 受刑者C 【性別】男 【罪状】不法侵入及び窃盗

 私「あなたは頻繁に嘘をつくほうですか」
 C 「俺は器用に嘘をつけるほど頭の良い人間ではないな。もし俺がそんな器用な人間なら、ギャンブルで有り金全部溶かしたりはしねえよ。盗みに人ん家入ったときも大した物盗めなかったし、おまけに速攻でつかまるし……。あーあ、もっと頭の良い人間に生まれたかったよ」

 私が身の危険を感じたり、Cが泣き出したりした訳ではなかったので、私は質問を続けることも可能であったが、敢えてここで打ち切ることにした。理由は、A, Bに対しては1つの質問しかできなかったのに、Cには2つ以上の質問をするというのは、調査の公平性を損なう行為だからである。それにしても、Cには自らの罪に対する反省が見られず、非常にけしからん。Bの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ。


 受刑者D 【性別】女 【罪状】銀行強盗

 私「あなたは頻繁に嘘をつくほうですか」
 D 「知らねえよ」
 私「質問に答えて下さい」
 D 「んなくだらねえ質問に答えて何になるっつーんだよ。答えたら刑期が減るとでも言うのかよ」
 私「はい、だから質問に答えて下さい」
 D 「お前今はいって言ったよな、どれだけの期間減るのか言ってみろよ。嘘だったら承知しねえからな」

 これ以上のやり取りは、私が嘘に嘘を重ねる結果になりかねないので、断念せざるを得なかった。それにしても、刑務官である私に嘘をつかせるとは、とんでもない輩である。


 調査の結果明らかになったこと

 ・頭の悪い泥棒ほどすぐに捕まる
 ・自ら積み重ねた嘘は、自らの身を滅ぼす
 ・聖人でも、時と場合によってはやむを得ず嘘をつくことがある
 ・我が刑務所の受刑者更生プログラムは非常に効果的に機能している。
 ・銀行強盗とは友達になってはいけない


 〈つづく(嘘)〉
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