第2話 2/4

文字数 1,485文字

 ひと呼吸おいて冷静さを取り戻した野口は浜田に次の指示を出した。
「大至急、ワクチンの有効性を知らべるように、引用文献を調べればある程度の数字をつかむことができる、もちろん今の段階ではマウスしかないと思いうが、λラムダ型なら【E484K】の変異を内蔵している、厳しい数字が出るだろう」

 何故なんだ、ウイルス由来のパンデミックの歴史をたどれば発生から一年後には弱毒化し始める。なのに今年に入ってから、ますます強毒化が進んでいる、それだけではなく変異の速度も加速している、新たな要因としては、人類が初めてパンデミックの最中にワクチンを利用し始めたことだけだ。
 ワクチンがウイルスの変異を加速させる事はないが、変異の中で耐性ウイルスが広まることはウイルス学の常識だ、経済学で言う【合成の誤謬】が人類とウイルスの戦いの中で起きているのかも知れない。しかしそれを証明することは、今の人類の科学では不可能だ。このまま進むしか道はない。
 野口は出口の見えない洞窟に大勢の人が蠢く(うごめく)情景が頭の中をよぎった・

「わかりました、株のサンプルがバンコック医科大学とパスツール研究所に届いているようなので引用文献がないか調べてみます」

 野口は受付カウンターの前に座っている事務の小日向の方に目線を移し尋ねた。
「君は南西諸島の島のどこかが、出身地だったね」
「はい、鹿児島県名瀬市、奄美大島です」
「ご両親は健在ですか?」
「はいおかげさまで、元気にやっています」
「それならできるだけ早くリモートワークに切り替えて一旦帰省してください」
 小日向は納得できない表情で博士に尋ねた。
「私は医療従事者としてすでに二回のワクチン接種をすましています。それほど心配する必要はないと思います。それに取引業者の中にはいまだにFAXを主に使う業者もいます、未だに政府機関は印鑑が必要だと言って郵送を依頼してくるところもあります」
「λ(ラムダ)株由来のcobidなら既存のワクチンで作られる中和抗体は、殆ど役に立たない、仮に既存株やΔ(デルタ)株に感染歴があったとしても再度感染する。しかも致死率はSARS〈サーズ〉以上だ。感染力は季節性インフルエンザの二倍以上だ。
 いまだにFAXや郵送書類を依頼してくる会社や組織は無視すればよい」

 所長として所員だけは守りたいと思うと同時に、35歳になる野口にとっては年の離れた妹のような存在でもある小日向を守ってやりたい感情を抑えられない、小柄で年のわりには幼く見える容姿や服装の影響もあるが、最後はつい強い口調で話してしまったのを気まずく感じた。

 浜田はいまいち理解できなくて、キョトンとしている小日向の顔を一瞬見た後、博士に報告した。
「パスツール研究所の論文が見つかりました、やはりλ(ラムダ)型からの変異です、ラットによる実験では、一回目は2パーセント2回接種でも25パーセントの感染阻止率です。日本人全員が政府承認ワクチンを接種しても集団免疫はできません」

「二人ともできるだけ早くリモート・ワークに切り替えてください遅くてもオリンピックの開会式までには、・・・東京は危険です。もしパスポートを持っていないのなら、念のため準備しておいて下さい。致死率の高さからするとおそらく、地方都市に広がる前にロックダウンの指令が出るでしょう、ここまで致死率が高いと法律がなどと呑気なことをいう官僚も政治家もいないはずですから」
 天を仰ぐように数秒天井を見つめた後、浜田に指示を出した
「論文の重要度AAA(トリプルA)でメールを返してください」


 そういうと野口は部屋に戻っていった。


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浜田

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