第二章 また貧乏くじ

文字数 8,478文字

第二章 また貧乏くじ

蘭は落ち込んでいた。あのあと杉三に自分は蘭の事をさんざん信用してきたが、蘭は自分を勉強の邪魔と思っていたのかと泣かれてしまった。そして、青柳教授には、新しいことを始めるのはよいことであるが、その前に周りの人に許可をもらっておくことを忘れないようにと叱られた。結局、杉三に謝罪をしてその場は解決したが、言葉の謝罪では納得しないのが杉三。それ以降、買物に行こうと家にやってくることはなくなった。翌日からいつも通り、刺青師の仕事をこなしたが、お客さんに、あのうるさいおじさんは、今日は来ませんねと言われて、べそをかいたこともある。

散々、小久保先生の講義を聞いて、質問もして、資料を貸してもらうまでこぎつけたのに。これでは、せっかく受けた講義も、何の意味もなく、水の泡になってしまった。結局、勉強をしようと思って、申し込みをしたのに、貧乏くじを引いてしまったのである。なんだか、自分っていつも貧乏くじばかり引いているが、これって何か因縁でもあるのかな、なんて考えてしまう。世の中って、だれでも幸せになれるというけど、大間違いではないのか?みんな意地悪だなあ、、、。

今日も、とりあえずお客さんとくだらないおしゃべりをしながら、その体に日本の伝統模様を彫って、下絵を描いた。業務が終わっても杉三はやってこない。杉三がやってこなかったら、家の中は実に静かで、とても寂しかった。本当に男が一人というのは、寂しいもんなんだなあと知らされた。インターフォンが五回なるのは、その時は全くうるさいと思っていたが、ならなくなると、実は自分、それを待っていたのではないかと考え直さざるを得なかった。一番わかっているようで、一番わからぬこの自分という、相田みつをさんの言葉は、まさしく名言だなあと感動してしまったほどである。

一方。杉三と水穂は、それぞれの買い物袋をもって、バラ公園を横断していた。

「悪いねえ。わざわざ水穂さんに来てもらっちゃって。」

本当は、水穂を買物の手伝いに出させるのはまずいと、医療従事者であれば、反対するところなのだが。

「いいよ。だって仕方ないよ。誰もできる人いないんだから。暇なのは、僕だけでしょ。」

「本当はブッチャーに手伝ってもらえばよかった?」

「本人は立候補してくれたけど、番子として一番体力のある人は彼だけでしょうに。ほかに番子をしてくれそうな人は、なかなかいないよ。天秤鞴を動かすって、相当体力要る仕事だし。鞴なしでは、たたら製鉄というものは、成立しないからね。」

その通り、天秤鞴は、たたら製鉄には必要不可欠だ。それを動かして火に空気、つまり酸素を送る役目である番子は、体力のある人でなければできない。学生時代に格闘技をしていて、力持ちで有名な聰は、番子にはもってこいの人材なのであった。江戸時代のたたら製鉄では、番子となる人は比較的身分の低い人が多かったようで、候補になる人を集めるのは難しくなかったようだ。しかし、現在、たたら製鉄を再現しようとなると、最も問題になるのは、番子の人選と言われるほど、人材確保の難しいポジションである。

「教授も、暇さえあれば、学会に出す資料を書かなきゃならないし。食堂のおばちゃんは、食事作りで忙しい。だったら、一日中寝ている僕が行くしかないよ。今、製鉄所には余っている人材はいないのでね。」

「まあ、そうだねえ。余っている人がいるほど製鉄所が繁盛しているということは、世の中がおかしくなっているという証拠だもんな。まあ、商売繁盛して、うれしくないことはないとは思うが、製鉄所が繁盛してうれしいと思ったら、悪人になったということだもんね。」

「そういうわけだから仕方ない。まあ、一日中寝ていたら、体も鈍るし、退屈で仕方ないから、呼び出してくれて構わないよ。」

「水穂さんは、愚痴が少ないのが蘭と違うところだな。」

杉三が、そう発言した。

「あんまり意識したことはないが、違いなんてわからないよ。まあ、だれでも、事例に対して、どう対処するかを考えるだけで十分だよ。蘭も、感情に流されず、自分がなにをすべきなのかを考えれば、貧乏くじを引いたなんて言うことはないんだけどね。」

「それ、もっと言ってやって。ちなみに、そこを考えさせる練習として、たたら製鉄が効果を発揮するんだよね。あ、もちろん、体力があればの話だが。」

「体力ねえ、、、。それがなくなったら、どうなるんだろう。」

水穂は、軽くせき込んだ。

「すみません、ちょっとお尋ねしてもよろしいでしょうか。」

不意に、反対方向から、一人のスーツ姿の男性がやってきた。右手に革製の鞄を持ち、頭には帽子をかぶっている。着ているもの、持っているもの、履いている靴、すべてのものが高級品で、おそらく上流階級のひとだなと想像できた。

「は、はい。何でしょう。」

水穂がとりあえず応対する。

「この辺りで伊能さんというお宅を知りませんか?」

「伊能?結構ありますよ。僕が知っているだけでも五、六軒はあったような気がします。」

「あ、すみません。伊能蘭さんという方です。何でも、職業は刺青師をされているそうなのです。」

「へ、蘭のうち?蘭のうちなら、僕の家とはすぐ隣だ。蘭と僕は、大昔から大の仲良しだ。」

杉三がそう答えると、

「どこにあるのだか教えてくれませんかね。表札がないので、わからないんですよ。せめて、看板でもあればよかったんですけど、それすらないので、どうしても見つからないんです。」

と、その人は言った。

「まあ、確かに彼の家は、一戸建てなのに表札はないし、彫り師として看板を出しているわけでもないから、見つけにくいですよね。彼のお客さんも、あれではわかりにくいので困ると苦情を出していたことがありますよ。」

水穂が申し訳なさそうに言った。

「だけど、蘭に何の用だ?」

「はい、この間、御殿場の市民会館で講座をやらせてもらったのですが、その時に、蘭さんが出席していて、質疑の時には意欲的に質問してくださいましてね。資料がほしいと言ってきたものですから、今日それを持ってきたんですよ。」

杉三が聞くと、その人はそう答えた。

「へえ、講座ね。何の勉強だろう。刺青の新しいデザインでも取り入れるつもりだったのかな。あいつ、古臭い額彫りばかりやっているからな。そろそろ、頭を切り替えて、洋彫り習いたくなったかな。」

でも、服装から見ると、刺青師という感じではなさそうだ。

「いや、法律関係の資料ですよ。宅急便で送ろうかなとも思ったんですけど、富士市は御殿場から比較的近いですし、送料がもったいないので、直接届けに来ました。」

「蘭が法律の勉強なんて、どういうこっちゃ。アウトローばっかり相手にしてきたのにね。いったいおじさん、どこの誰で、何をやってるんだ?」

杉三がそう問いかけると、その人は帽子を取って、

「申し遅れました。私、弁護士の小久保哲哉と言います。」

と、一礼してあいさつした。

「は、はあ、弁護士さんなんだ、、、。」

「確かにそういう感じだと思いましたよ。つまりあの時、蘭は、先生の講義を受けに御殿場まで行ったわけですか。」

水穂は、あきれたというより、笑いだしてしまった。

「それでああいう発言したわけですね。杉ちゃんに内緒でこっそり行ったつもりだったんでしょう。まあ、蘭らしい考え方です。」

「まあ、いいや。とにかくこれで、蘭がどこへ行ったのかはっきりしたんだから。ちょうど、僕の家の隣に住んでるわけですから、連れて行ってやろう。僕らについてきてくださいませ。」

杉三は、勝手に車いすを動かし始めてしまった。

「悪いようにはしませんから、一緒にきてください。」

水穂に促されて、小久保さんも一緒についていった。

「きっと、蘭は、法律なんて、あんまり詳しくないから、講座ではものすごい劣等生だったんだろうね。」

道路を歩きながら、杉三がそういうと、

「いいえ、とても真剣な顔をして、講義を聞いてくださいましたよ。何か深いわけでもあるのかもしれないと思いました。法律学校の生徒さんでも、あそこまでまじめに聞いてくれた人は、あまり多くないのではないでしょうか。」

と、答えがかえってきたので、

「信じられないね。」

と、杉三は思わず笑いだしてしまう。

「いえいえ、まじめに聞いてくれましたので、もう一回お会いしてみたいなという気持ちもあったんですよ。」

「そういうところは、意外に純真ですからね。まったく、あいつらしい。」

水穂が、笑いながらそう言った。

「この家だ。」

と、杉三が指さした家は、一般的にどこにでもある一戸建ての家。確かに玄関には表札というものはついていない。

勝手に敷地内に入っていって、杉三はインターフォンを五回鳴らす。

「おーい蘭。小久保さんという弁護士の先生が来ているよ。なんでもこないだの講義の資料を持ってきてくれたんだって!」

部屋の中で下絵を描いていた蘭は、外から聞こえた声にはっとする。

「早く出ろ!こんな暑い時に爺さん待たせてどうするよ?」

全く、先生を爺さんなんて言い方して、本当にお前は礼儀知らずだ、もう、弁護士の先生というとどれくらい偉い人なのか知らないんじゃないかと考えていると、

「すみません。ずいぶん無礼ないい方ですけど、ああいうところが彼の魅力だと思ってください。」

と、訂正する声を聞いて、蘭ははっとする。なんで水穂までここにいるんだ!あいつには絶対知らせるなと思っていたのに!思わず、下絵を描いていた筆を放り出して、玄関に直行し、ドアを開ける。

「す、杉ちゃん、どうしてここに。」

「理由なんて知らん。小久保さんに聞きな。それに、よっぽど慌てたな。顔に絵の具が付いてる。」

確かに、筆を放り出した時についたらしい。

「もう、早く顔を洗って、出直してきな。ぼけっとしてないで、お客さんが来たんだから、下絵も絵具も片付けて、お茶だしてやるとか、やることあるでしょう。」

「ほんとだ。水穂さんの言うとおりだ。それより、こんな暑い中で、いつまでも外へ出しておく方が問題だぜ。」

水穂と杉三の「二重攻撃」を受けてやっと目を覚ました蘭は、

「す、すみません!どうぞお入りくださいませ!何もないところですけど、すぐにお茶を淹れます。」

文字通り「慌てて」居間へ戻っていくのであった。

「さあ入ろうぜ。何も心配ないからね。もう、蘭というひとは、ああいう性格だから、偉い人にはとことんダメなんですよ。本当にね、余計なことばっかり考えて、肝心なことは皆忘れます。」

「はあ、えーと、そうですか。」

当然のように入っていく杉三に、驚きながらついていく小久保さん。

「おじゃまします。」

礼儀正しく、小久保さんの靴をそろえたのは水穂だった。

「しかし不思議ですな。」

部屋に入って、思わず発言してしまうほど、小久保さんにとって、蘭の家は珍しいようだ。

「何が面白いんだ?」

ちょっと不快そうに杉三がそういうと、

「いや、今まで見てきた入れ墨の専門家と言いますのは、多かれ少なかれどこかの暴力団とかそういう組織の関係者であるはずなんですが、、、。」

という小久保さん。確かに、それを連想させるものは全く置かれていないし、一般的な家庭と変わらない普通の家。

「まあ、浅草高橋組とは全く関連はありません。そういう人が蘭の家に来たことは一回もありません。」

「そうですか。じゃあ、三社祭にもいかなかったんですか。」

「行きませんよ。あんなやくざ祭り。うるさいばかりでつまらないでしょ。」

「そうですか、、、。正直驚きましたなあ。」

「へへん。刺青と言えばすぐに、浅草高橋組を連想するんじゃ、弁護士さんといっても頭が古いですな。と、いうか古すぎる。今の時代は、浅草高橋組の制服なんかじゃありませんよ。」

「杉ちゃん、もうちょっとわかりやすく言ったら。まあ、本当は、蘭本人が説明するのが一番いいんだが、、、。」

それはそうなのだが、こういう場合、自分よりも杉三に説明してもらったほうが、良いのではないかと思ってしまう蘭であった。こういう人に、自分の事を説明しても、通じないのはわかっているから。検事さんとか、弁護士さんとか、裁判官と言った法律関係の人たちは、自分の事をどうしても暴力団関係者と思ってしまうらしい。

「あ、ああごめん。まあ、はっきり言えば、浅草高橋組の人だけが蘭のお客さんではないという事です。そうじゃなくて、親からぶん殴られたとか、学校でいじめにあった人たちが、殴られた傷跡を消すために彫ってくれと頼みに来るのが一番多い。っていうか、そういう人しかあいつは相手にしたことはありません。お偉い先生方は、どうしても刺青といいますと、浅草高橋組の話に持っていきたがるようですけど、浅草高橋組じゃなくても必要な人は少なからずいますから!」

「しかしですね、大体の人はそういう風にみてしまうと思うから、やっぱりああいうものは安易にしないほうがいいのでは?」

一般的な理論というか、偉い人が言いたがる理論を持ち出した小久保さんであったが、

「いや、どうですかね。例えば、この間ね、蘭のところに来ていたお客さんは、このあざを見ると、どうしても同級生に殴られたことを思い出してしまって、日常生活に支障が出るくらいなので、何とか消したいと言っていましたよ。手っ取り早く、何か別の画像を入れたほうがいいと思ったから来たってね。」

「だったら、美容整形するとか別の方法があるでしょう?」

「もう先生、ほんとにわかってないですね。確かに美容整形も手段の一つかもしれないけど、どのくらいお金がかかるか、勘定したことがございますでしょうか?弁護士というお仕事であれば、その立ち合いもしてきたんじゃないの?それとも、庶民の金銭感覚を知らないのかよ。」

「まあ、そうですねえ、、、。確かに高額な費用が掛かるのは知ってます。」

「でしょ。だから、そういう事ができない人は、刺青というものを頼るしかないんだよ。いじめとか虐待とかそういうのから乗り超えるのは、どれくらい難しいもんなのか、弁護士さんならわかるような気もするんだけど。そんなこともわからないなら、弁護士としては、劣等生だ。」

「おい、杉ちゃん、偉い先生に向かって劣等生とは言わないでくれ。少なくとも僕はこの間、勉強させてもらったんだから。教えてもらうには、知識のある人に頼るしかないんだよ。」

蘭が、台所でお茶を淹れながらそういった。

「まあ、知識のある人というのは認めるが、偉い人とは認めないよ。庶民の金銭感覚も知らないで、困っている人を助けることができると思うか?本当に偉い人と言えるかな。」

「まあいいじゃないの。こんなところで喧嘩はしないで、お茶でも飲んでもらおう。」

水穂が、三人の間に入ってくれたので、とりあえずその場は収まった。こういう事を理解してもらうには、なかなか難しいものがあり、いつまでたっても平行線で、終わりにならないことが多い。これではいけないと思われることほどそうだ。それは時に、国家紛争の原因にさえなるのだが、解決するには世界的な歴史を変えないといけないのだ。どこかの君主の発言を訂正するとか、気候変動を変えるとか、そういうことをする必要もある。でも、解決できないので、仕方ないで済ませている。

まあ、それはさておき、この発言のおかげで、論争は終わり、杉三たちはテーブルに座った。

「申し訳ないですね。調べてみたら、緑茶が全くなくて、紅茶しかなくて。僕のうち、普段から緑茶を飲まないんですよ。」

蘭が申し訳なさそうに紅茶を入れた湯呑を小久保さんの前に置いた。

「それじゃあだめだよ。普段から用意しておかなくちゃ。いろんなお客さんに備えて、三つくらいは備えておくもんだ。」

「まあねえ。蘭の家は杉ちゃんと違って、頻繁にお客さんをもてなすこともないからね。」

杉三の注意に水穂が付け加えた。確かに一般的に言って、お茶を大量に持っている家は珍しいが。

「皆さんも変わっていますね。階級も全然違うのに、仲良くできるのはすごいと思う。」

そう言いあう三人を見て、感心してしまう小久保さんだった。

「階級?そんなこと知らん。なんにも気にしないで付き合っているからな。と、いうより、なんでそんなことわかるんだ?」

「杉ちゃん、この先生は、長年日本の身分制度を研究していて、それに基づく民事訴訟を受け持ってきた人だぞ。」

一蹴した杉三に、急いで訂正する蘭。

「そうなのね。資料を持ってきたっていうけど、何を持ってきたんだ?」

「なんでも強引にやるんだね。杉ちゃんは。」

ため息をつく蘭に、水穂がそれも杉ちゃんだよ、と手を出した。

「あ、そうなんです。蘭さんがほしがっていた箕作源八の著書、入手できましたので持ってまいりました。相当古い本でちょっと読みにくいかもしれないですけど、それでもよろしければ。」

小久保さんは、カバンの中から本を一冊取り出した。確かにとても古い本だった。

「はあ、古いなあ。タイトルも何もわからない、、、。」

「だから持ってきたんですよ。読めるかどうか確認したほうがいいと思いまして。いきなり宅急便で送ったら、それで不信感を持つでしょう。ですから、訪問しようと思ったんですよ。」

「あ、なるほどね。そういうことは、弁護士さんらしく誠実なのね。そこはやっぱり偉いなあ。と言っても、僕は平仮名さえも読めないが。しかし、蘭も変な作家に興味持つね。みのさくげんぱちなんて、聞いたことないね。どういう人なんだろ?」

これでは、また貧乏くじを引いてしまうのはないかと、蘭は不安がよぎる。

「はい、東京人類学会の一人で、、、。」

小久保さんは、説明しようとするが、

「い、いいですよ、著者の説明というより、内容の方を見たいので、経歴は気にしません。」

蘭は誤魔化して止めようと試みたが、

「蘭、気にしないでいいよ。箕作源八は僕も知っている。明治18年に、僕らの先祖がどこから来たのか調査をした人でしょう。まあ、確かに歴史的な資料ではほとんど言及されないから、みんなほとんど知らないと思うけどね。」

水穂は静かにそう言った。

「つまり、その人の著書をほしがるということは、蘭は、水穂さんの先祖について勉強しようと思ったのか。でも、それを口にすると、本人が傷つくと思ったから、何も言わなかったか。」

バレバレか。また貧乏くじを引いた。どうしてこう、一生懸命やろうとすることは、こうしてばれてしまうんだろうか。

「いいよ。蘭。好きにやれ。その代り、いくら勉強しても、解決方法は見つけられないことを、あらかじめ言っておくよ。僕らの事は、中央政府の人が何とかしようと思わない限り、解決しないよ。今回の貧乏くじの原因は僕なので、杉ちゃんに迷惑かけてしまったことは、僕が謝っておく。」

「水穂さんはやさしいねえ。なんで君のご先祖が、目専と呼ばれて馬鹿にされていたのか、信じられないよ。」

これで、貧乏くじ自体は解決できたのかもしれないが、問題が解決するには遠い将来になってもできないなとがっかりしてしまう蘭だった。

「そうですね。まあ、ちょっとアドバイスさせてもらえば、そのお着物、やめたほうがいいのではないですか。今は、高級な着物であっても、意外に安く買える時代なんですから、わざわざ目専の人が着ていたものを着るのは避けたほうがいいですよ。誰でもそうですけど、意味のないことで、差別されるのは嫌でしょう。それなのに、わざわざ、差別の象徴のような着物を身に着けていたら、せっかくお奇麗な方なのに、損をしてしまいます。」

小久保さんがそういった。

「正絹を着るのは抵抗があるのなら、せめて化繊にしておいた方が、いいんじゃありませんか?」

「そうですね。まあ、さんざんばかにされるのに慣れていると、銘仙に目がいってしまうのですけどね。どうも、誤魔化していると、ばれた時の報復が怖くて。」

水穂がそう答えると、

「だけど、今時だったら、着物の種類なんて気にしないと思うけどね。」

杉三が横入りした。

「いえいえ、着物に詳しい人は見ていますよ。茶道とかやっている人はそうとらえるでしょう。お奇麗な方なのに、わざわざ危険な目に会うことを望んでいるようで、どうも見ていて悲しいですよ。」

「小久保先生もやさしいね。」

「やっぱり、イケメンは得だ。」

ため息をつく蘭だった。
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