3/18 琴子は、一命を取りとめたものの
文字数 3,631文字
「あなたも、調べておいた方がいいわね」と担当医が言うので、由美子は、それもそうだ、と思い、尿検査を受けた。結果は、勿論、シロなのだが、状況が状況だけに、警察の「ちょっと署まで、来てもらおうか」という決まり文句で、由美子はパトカーに乗る羽目になる。
思ったよりソフトなイメージの取調室で、いわゆる事情聴取が行なわれる。「水野」と名乗る若い刑事が、「何があったか教えてもらえるかな」と、やんわりとした口調で言う。由美子は、琴子から白い粉を預かったこと、その三日後、学校に来ないので心配になって琴子の家を訪ねたこと、禁断症状に陥っていた琴子に白い粉を渡すと、とつぜん暴れ出して窓から飛び出したことなどを、順序だてて説明する。
「となると、キミはその白い粉が覚せい剤であることを知っていたにも関わらず、その子の家に届けたわけだね?」と水野刑事。
「いいえ、はじめはそうは思いませんでした。錯乱状態の琴子が、白い粉を返してほしいと言ったときに、初めて気が付きました」
「でも、すこしは思ったわけでしょ? 覚せい剤じゃないかって…もしくは、何か、別のドラッグじゃないかって」
「それは、すこしは思いましたが、まさか本当に覚せい剤とは思いませんでしたし、友人のことをあれこれ詮索するのはイヤだったので、あまり深く考えませんでした」
「でも、そのときに深く考えておけば、あんなことにはならなかったんじゃないの?」
「は?…何ですか、それ? 説教のつもりですか?」由美子は、冷笑まじりに答える。
水野刑事は、グッと言葉に詰まり、「この…」と、何かを言いかけるが、もうひとりの刑事がその肩をポンとたたく。その刑事は、五十ぐらいの年恰好で、水野刑事よりもずっとやり手に見える。水野刑事は席を立ち、その刑事にゆずる。
「嬢ちゃん、シャブ中の友達んところに、シャブ持っていって、知りませんでした、で済むと思うか? あの子の意識が戻ったら、本当のことは全部わかるんだから、隠し事はためにならんぞ」低くてよく通る声。
「隠し事?…わたしが何を隠してるっていうの?」と由美子。
「それは自分の胸に聞いてみろ」刑事の目が、すべてを見透かそうとして、グーッと細くなる。
「何の事だか、分かりません」由美子は、きっぱりと答える。
結局、刑事たちは、由美子が覚せい剤を琴子に売りつけていたのではないか、と疑っていて、いろいろと誘導尋問を仕掛けていたのだが、由美子をシロと見たのか、あるいは泳がせようというのか、事情聴取はそれで終わり、由美子は家に帰されることになる。
事情聴取が終わると、すでに母親と担任の教師が、由美子を引き取るために、やって来ていた。母親は、状況を伝え聞いているのだろうか、刑事たちに何度か頭を下げるだけで、由美子には何も言わなかった。担任の教師は、明日、緊急の職員会議を開き、処分を決定することになると思うので、自宅で待機するように言い置き、帰っていった。
母親は、担任の教師を見送ってからも、しばらくは口をきかなかった。由美子は、重苦しいものを感じながら、母親と同じく黙っていた。帰りの自動車のなかで、母親が、はじめて「バカ」と口を開いたとき、由美子は「ごめん」とあやまった。
家に帰ると、どっと疲れが出たので、やれやれとベッドに寝そべるのだが、その途端に携帯電話が鳴る。出てみると、「あ、もしもし、由美子さん?」という達郎の声。達郎は、どこで聞いたのか、すでに琴子のことは知っていて、「明日、お見舞いに行こうと思うんですけど、由美子さん、一緒に行きませんか?」と言う。
「ごめん、明日は家にいて、学校からの連絡を待ってなくちゃいけないんだ。多分、その後も、学校まで行って、詳しい説明を受けないといけないだろうし…」
「そうですか…」達郎は、沈んだ調子でつぶやく。
由美子は、一ヶ月間の停学処分になった。琴子の処分に関しては、容態が安定してから、再度、話し合うらしい。由美子は、母親と連れ立って、学校に行き、校長に謝罪した後、担任の教師と(あの)生活指導担当の教師から、停学期間中の説明を受けた。日曜、祝日をのぞいて、一日おきに、ふたりの教師のどちらかが家を訪問し、連絡事項や各教科の課題を届けたうえで、生活態度に対する短い質疑応答を行なうということだった。
由美子の家は、両親共働きだったので、父親か母親ができる限り仕事を休んで、監督することが望ましいということで、母親も「わかりました。できる限り、そうするように夫と相談いたします」とは答えたが、それはタテマエで、実際のところは、一ヶ月もの長期に渡って仕事を休むことが不可能なのは、学校側も分かっているのだった。
由美子が停学処分になってから一週間が過ぎ、そのあいだ由美子は本当に一歩も家から出ていなくて、母親は、「ちょっと気分転換にそこらへん散歩するぐらいは問題ないんだから、そうしてみたら」と言ってくれて、由美子も「うん、そうね」と答え、仕事に出掛ける母親を見送るのだが、イマイチ気分が乗り気にならず、階段を上がってベッドに寝転んでしまう。
学校に行けないのが、こんなにつらいことだとは思わなかったし、一日おきに届けられる課題も思ったより多かったし、それを届ける教師に毎回、「今日は何をしていた? 体調に問題はないか?」と同じことを聞かれるしで、本当にうんざりしている。達郎の電話報告によると、依然、琴子の意識は戻らず、容態も安定しないので、警察、学校ともに、ジリジリとしながら動静を見守っているとのことである。
「琴子のお母さん、ちょっとは落ち着いた?」由美子は苦笑いを浮かべながら、電話の向こうの達郎に話しかける。
「ええ、でも、何だか放心しているような感じで…以前よりは、しっかりしているみたいですけど…」と達郎。
「そう…じゃあ、まだ、わたしは行かない方が良さそうね…」由美子はそう言って、あの日のことを思い出す。
あの日、琴子の母親は感情を爆発させて、由美子に詰め寄ってきた。「あなたのせいで、琴子はあんなになっちゃったのよ! どうしてくれるのよ、うちの琴子を返してよ!」
高校一年のときには、どちらかと言えば優等生タイプだった琴子が、由美子と付き合うようになってから、いろいろと悪いことをするようになったのは、確かだったので、今回の事件も由美子のせいと言えばそう言えなくもなかったのだが、その責任の比重は微々たるものであって、琴子本人や、その親である自分自身の責任の方が大きいことは、琴子の母親も分かっているはずで、一時の感情にまかせて、由美子のことを非難したとしても、それは本心からそうしたのではなかったはずだと、由美子は思いたかった。
しかし、一週間たった今でも、由美子が病院に行くことをためらってしまうのは、琴子の母親がいまだに、すべての責任を由美子に負わせようとしているのが、直感で分かってしまうからだし、多分、これからもずっと、「あなたのせいで」と言われ続けるのだろうと思うと、本当に気分が重くなる。
「由美子さん?」という達郎の声。「どうしました?」
由美子は我に返り、「ううん、大丈夫…なんでもないよ」と答える。
その日の夕方、病院の帰りに寄ってくれたのだろう、達郎が訪ねてきた。
「これ、つまらないものですが」達郎は、チョコレートの詰め合わせを差し出す。
「お、悪いねえ、気を使わせちゃって…お、チョコじゃないの、ちょうど食べたかったんだよね。サンキュ」と由美子、「ま、上がっていきなよ。先生が来るまで、まだ時間があるし…ひとりでいると退屈で仕方ないしね…だからさ…お茶いれるから、学校のこととか話していってよ」由美子は、そう捲し立てる。
「え、あ、良いんですか…んじゃ、お言葉に甘えて」達郎は靴を脱ぎ、きちんと揃える。
部屋に上がると同時に、達郎は、後ろから由美子に抱きついて、その首に唇を這わせる。由美子は、最初に、「キャッ」とおどろきの声を上げたが、状況を把握すると、達郎に背中を預け、右の腕で達郎の顔を引き寄せて、唇を重ね合わせる。達郎は、唇を重ねたまま、慣れた手付きで、ブラウスのボタンとブラジャーのホックを次々にはずす。
由美子は、唇を離して、達郎の瞳を覗きこみ、「慣れてるのね」と、おどろいた顔で言う。
達郎は、「イメージトレーニングの賜物です」と照れた笑いを見せてから、ブラジャーをずり上げて、乳房をやさしく掴み、その先を唇で柔らかく挟む。