第1話

文字数 1,618文字

「もう、駄目だ!」

僕はファミレスのテーブルに突っ伏した。

「あの上司、昼間はいやがらせを言い続け、それが終わると、毎晩のようにキャバクラに付き合わせ自慢話を聞かすんだぜ。自腹だぞっ!」

「キツイなあ。そういうのって、相談する所とかあるんじゃないか?」

高校時代からの友人は言った。

「公的機関でもNPOでもあるんだけど、立証が難しいし…社内で波風立てたくないからな…」

「だよなあ…」

テーブルの上に沈黙が落ちた。

「あの…すいません」

三十代前半の女性がテーブルの横に立っていた。

「お話を横から聞いてしまって。お悩み、こちらに連絡すると解決するかもしれませんよ」

そう言って、一枚の名刺を置いていった。

そこには、「パワハラ上司お仕置き人」という肩書とメールアドレスが書いてあった。

*********

「だからよお、結局、頭の良さが勝負を決めるんだよ。人生のな」

その日も、僕は上司に付き合わされ、キャバクラに来ていた。

「お前、頭使ってるか?使ってないよな、使ってたら、あんな最低の成績にならないもんな」

「……」

「鈴木さん、元気?毎日来てくれてありがとうね~」

店でナンバー1のホステス、蒼井がやって来た。

「待ってたよ~。席着くまで10分って長いじゃん、せっかく俺が来たのに~」

上司は鼻の下を伸ばし、蒼井の肩に手を回した。

「ははっ、ごめんね~。今日ねえ、私の誕生日なの。だから、お客さん一杯来てくれていて」

「え~っ、ハッピーバースデイ!じゃあ、シャンパンのマグナム・ボトル注文しちゃおうかなあっ~」

蒼井の目がキラッと光るのを、僕は見逃さなかった。

「鈴木さん、大好き!」

「え~と、じゃあね。モエシャンいっちゃうよ!蒼井のために!」

1万円程度の一番安いシャンパンだった。

「…うわあ、ありがとう」

蒼井のテンションは一気に下がった。

「蒼井さん、すいません。ご指名が、あちらから入りました」

黒服の店員が声をかけてきた。

近くのテーブルに、背の高い痩せ気味の40代の男が座っていた。

パワハラ上司お仕置き人だ。

数日前、僕らは打ち合わせを済ませていた。

「鈴木さん、ごめんね。すぐ戻るわね~」

「おうっ」

不機嫌さを隠そうともせず、上司は答えた。

そして、イラついた様子で、あちらのテーブルでの蒼井の様子を眺めていた。

“予定通りだ”

僕は内心でガッツポーズをした。

*********

「お客さん、初めまして。何を飲みますか?」

「俺はアルコールは飲まない。ウーロン茶をくれ」

蒼井の顔に、一瞬、白けた表情が浮かんだ。

「あ~、そうなんですか。でも、楽しみましょうね」

「君、誕生日だそうだね?」

「えっ?」

「あっちのテーブルで話してるのが聞こえた」

「そうなんですよ~」

「じゃあ、シャンパンのマグナム・ボトルを入れようか」

「わ~い、嬉しい」

男はドリンクメニューをチェックした。

「ドン・ぺリニヨンのレゼルヴ・ドゥ・ラベイ、というのを貰おうか」

蒼井の動きが止まった。

「い、いいの?」

通称、“ゴールド”という、店での販売価格は50万円の高級シャンパンだった。

「ああ、勿論」

「は~い、ドンペリのゴールド入りましたあっ!」

蒼井は立ち上がり、叫んだ。

その夜、蒼井が鈴木たちのテーブルに戻って来る事はなかった。

*********

それから、2時間後。

僕とパワハラ上司お仕置き人は、近くのコンビニの前で会っていた。

「本当にありがとうございます!上司の悔しそうな顔ってなかったですよ。自分のシャンパンの注文もキャンセル出来ず、途中から涙目になっていました。これでキャバクラ通いも当分止めるでしょう」

「酒の席は嫌いだから、難しい仕事だった」

「あの…お礼はどうしたら?あんなに大金を使わせてしまって」

「そっちは大丈夫だ」

お仕置き人は、僕の顔をチラっと見た。

「顔が真っ赤だな」

「アルコール、強い方じゃないんで」

「それなのに、連日付き合わされて大変だったな」

お仕置き人の表情が曇った。

「酔い覚ましに、ガリガリ君を一緒に食べるか?」
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