ピュア恋NTR

文字数 5,836文字

「なんでおれたちはここにいるんだ? だいたいおれも山茶花も、高校生じゃないぞ」
 北関東のレジャー牧場。園内の『とんとんバス』に乗り子豚さんの群れに囲まれながら破魔矢式猫魔(はまやしきびょうま)は、僕、萩月山茶花(はぎつきさざんか)に不平を漏らした。
百瀬珠(ももせたま)総長がこの〈恋する週末ホームステイ〉に参加しろって言うからさぁ。あとで探偵だってわかれば百瀬探偵結社の宣伝になるだろうって」
「山茶花。あの魔女はなにを考えてるかわからんぞ。現役高校生女性3名、男性4名が週末だけ一緒に旅をして恋愛し、告白をするテレビ企画に、〈現役探偵〉が高校生に紛れて恋路のために参加とは、片腹痛くないか?」
「告白するときは〈告白チケット〉を使うんだって。告白する朝にチケットボックスってのに入れて」
「毎週、関東に点在するレジャー牧場にお出かけって趣向、どうなんだ?」
「いいじゃん。参加者の地元を巡るみたいだよ」
「おれたちのこの回は、参加者の地元の牧場を、なんだろ。……はぁ」

 バス内では子豚さんがぶひーぶひー鳴いて、猫魔に飛びついてくる。猫魔は飛びついてきた子豚を押しのけながら、嫌そうな顔をした。
「でも、一緒に来た小鳥遊(たかなし)ふぐりは嬉しそうに、先週も今週も参加してるじゃんか」
「ふぐりは本物の現役女子高生だろ。問題ない。チッ、あのクソ魔女め!」
「猫魔は考えすぎだよ。それに珠総長を〈魔女〉だなんて、悪く言わない方がいいよ。僕らの所属する〈百瀬探偵結社〉の総長だよ? なんらかの考えがあって……」
「全く、お人好しだな、山茶花。バス、降りるぞ」
 バスを降りると、子豚さんたちは寂しそうにぶーぶー鳴いた。

 僕らがたどり着いたのは、ジンギスカン会場。夕飯の時間だ。

 会場にはすでに、ほかのメンバーが揃っていた。
 男性メンバーは僕、萩月山茶花と破魔矢式猫魔、それから八木沢わさおと福水ぽすとの四名。女性は、福水らいむ、それから、仲森すずな、小鳥遊ふぐりの三名。福水らいむは福水ぽすとの姉だ。そして、僕と猫魔とふぐりはお忍びの〈探偵〉だ。なんで僕ら探偵が参加することになったのか、本当のところは事務所にいる珠総長からは知らされていない。

 ジンギスカン会場では八木沢わさおが執拗に仲森すずなにアプローチを仕掛けていて、二人の世界になっている。
 それ以外のメンバーは、男性は僕と猫魔という〈仕事仲間〉でずっと喋っているし、一方の女性メンバーは、小鳥遊ふぐりが福水らいむに恋愛論を語っていた。黙って下を向いている男、福水ぽすとは一人だけ孤立して、ふぐりの方ばかりチラチラ見ている。ふぐりのことを意識しているのがバレバレだ。

 ため息を吐いて、僕は福水ぽすとの座ってる席の隣に座る。
「やぁ。ぽすとくん、だっけ」
「はい。そうです」
「小鳥遊ふぐりのこと、好きだろ、君」
「え? あ? あぁああぁ? えーっと、はい、好きです」
「あいつ、バカな奴だからやめておいた方がいいよ」
「は? なに言っちゃってんすか? あなた、山茶花さんですよね! 一度も話したことなかったのに、いきなりふぐりさんのこと悪く言うなんて! 狙ってんすか、山茶花さんも、ふぐりさんのこと!」
「ん? え? はい?」
「あっち行け! こっちくんなっ!」

 席を閉め出された僕は、渋々と猫魔のもとへと戻る。猫魔はげらげらと、腹を抱えて笑っている。
「せっかく忠告したのに!」
「あははははは。こっち来たな、山茶花。おまえ、こっちくんな! シッシッ」
 あっち行け、のジェスチャーをする破魔矢式猫魔は笑いを止めない。僕は猫魔からも離れて、一人で食事を取ることにした。


***************
***************


 ……旅は、三回目になっていた。
 二回目。
 前回の朝。
 福水ぽすとは小鳥遊ふぐりに対して〈告白チケット〉を使って思いを伝えた。

「はっ? あんたバカでしょ。一回も喋ったことない奴と恋人関係成立するわけないじゃん。あたし、そんな安くないわよ、バーカ」

 ふぐりに平手打ちを食らう福水ぽすと。
 今回の最速だったぽすとの恋愛は、はかなくも散った。


 そして、ぽすとがいなくなった、三回目の旅。
 福水らいむが、僕の方へよたよたと歩いて近づいてきた。
 周囲を見回すと、草陰に隠れてこっち見ながら猫魔とふぐりがニヤニヤしていた。
「あいつら……。あとで絶対にぶん殴ってやる…………!」
 冷や汗を流しながら、顔を笑顔に切り替えて、福水らいむと対面する僕である。


 告白か?
 告白って奴か?


 僕が手に汗をびっしょりかいていると、話しかけてくる福水らいむ。
「前回、脱落した福水ぽすとって、わたしの弟だったの」
「へ? あ、ふーん。そうなのですか。弟さんだったのですか」
「あのね、山茶花さん。八木沢わさおと弟……ぽすとは、昔から近所づきあいがあって、ライバル関係だったんです」
「ライバル関係?」
「バレーボール部に二人とも入部していて。近所だったので、中学時代は同じチーム。高校に入ってからは違う高校でバレー部に入って、ライバル関係になったんです」
「ああ。幼なじみ。ん? そうなると、らいむさんとも幼なじみなんですね、八木沢わさおさんは」
「ええ。まあ、そうなりますね。家だってまだご近所だし、ライバルってことで言えば、八木沢わさおさんにあのバカ弟を倒して勝ってほしいの。わたしとしては、ね」
「ああ。じゃあ、わさおさんが好きなんですね」
「違いますッッッ」
 なんか、怒られたぞ、僕。
「違う、と言うと?」
「わ、わたし。小鳥遊ふぐりさんに、恋をしちゃったんです!」
「え。えーっと? 百合?」
「…………は、はい」
「……………………」
「ふぐりさんと山茶花さんは同じ高校だ、と伺っております。どうです? わたし、ふぐりさんに見合う女性でしょうか!」
「あ? あぁ? えーっと、そうだなぁ……」
「それとも、あの、猫魔さんのことが好きなのでしょうか、ふぐりさんは! なぜかふぐりさんと話していると猫魔さんの話題が多くて。三人は、同じ高校だしお知り合い同士なのですか? わたし、ぽすと、わさおの三人のように?」
「仕事……バイトが。あー、同じバイトをやってる仲間ではあります」
「どんなバイトを?」
「まあ、清掃業みたいな奴です……あと、迷い猫探しとか」
「清掃? 猫? はぁ?」
「いや、それはともかく。僕らがくっつくことはないですよ。猫魔とふぐりも、仕事でのライバル、ですから」
 実際は、探偵見習いのふぐりが一方的に猫魔のことをライバル視しているんだけどね。
「よかった……ッ! じゃあ、告白してもチャンスは」
「あると思いますよー」
 フラれるとは思うけどね、とは言えなかった。


 そんなわけで、福水らいむは、小鳥遊ふぐりに対して、〈告白チケット〉を使った。

「いーよ! 付き合っちゃお!」

 僕は、らいむに対するふぐりのその反応に、正直頭の上にクエスチョンマークが浮かんだのだった。ふぐり、おまえちょっとチョロくね?
 だが、女性カップルが成立し、小鳥遊ふぐりの旅は福水らいむとともに終わった。
「『ふぐり』と『ふくみず』で、韻を踏めるねー」
 意味不明なことを言って退場するふぐりに、言い知れぬ怒りを覚える僕だった。


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***************


 そしてとき同じくしてその日、もう一組のカップルが成立した。
 八木沢わさおと、仲森すずなのカップルである。
 順当ではあるな、と思った僕だった。

 だが、番組スタッフに呼ばれて、ふれあい広場で子豚レースを観ていた猫魔と一緒に僕は、わさおとすずなの告白の現場へ赴くことになった。

 なぜに他人の告白現場へ行かなきゃならないのか。僕は不満だらけだ。

 一方の猫魔は、探偵の顔に戻り、
「魔女が使い魔である僕らを使役するのが、恋愛レースへの参加のためなわけないよな」
 と、僕の横で呟いた。
 それに呼応するように、レースの子豚さんたちがぶひー、と鳴いた。


 事件が起こっていた。
 告白チケットをつかみながら、口から泡を吹いて顔を真っ青にして倒れている八木沢わさお。告白相手の仲森すずなは、その場で泣き崩れている。刑事事件だとしたらわさおは〈被害者〉だ。
 場所は、アルパカ牧場。キリリとした瞳で見つめているアルパカたちに囲まれながら、わさおは倒れている。
「大丈夫。まだ死んでない。遅効性の毒とも違うな。おそらくマイクロプラスチックでもある程度の〈長い期間〉投与されていて、興奮していた今、ちょうどその毒性が回ってしまったんだろう。重度の中毒症状って奴さ。お気の毒に、こんなときに。いや、こんなときだから、か……」

 番組スタッフが、猫魔に警察を呼びましょう、と言うと、猫魔はこう返す。
「あの〈魔女〉から聞いていたんだろう? この事件は、警察を呼ぶ前に解決だ。自白してもらおう、犯人に。その方が罪が軽くなる。警察の出番は、そのあとだ」

 猫魔は、ドライバーグローブを着けて、〈いつもの姿〉になる。



 胸ポケットから猫魔は、赤い〈告白チケット〉を取り出し、スタッフに投げた。
 番組スタッフは猫魔の告白チケットをキャッチする。

「横恋慕の時間だ。小鳥遊ふぐりの現恋人・福水らいむを呼んでくれ。ふぐりには悪いが、彼女にはNTR(寝取られ)してもらおうか」

「……………………」

「バカ。ここ、笑うところだぜ」

 僕は黙ったまま、軽蔑のまなざしを破魔矢式猫魔に送った。こいつ、楽しんでやがる。なんだよ、NTRって。これだから〈探偵〉って奴は……。


****************
****************


 呼ばれてやってきた福水らいむ。
「なによ。ずーっと仲森すずなといちゃついてたんだから、犯人は仲森すずなに決まりでしょ!」
 肩をすくめる破魔矢式猫魔。
「まだ刑事事件だなんて言ってないんだが、な。……福水らいむ。おまえが好きだったのは、ふぐりじゃない。本当に好きだったのは、八木沢わさおだ。だが、わさおは、いつもおまえのつくる〈手作り弁当〉を毎日食べていたにも関わらず、おまえになびかなかったんだよな。違うか?」
「ど、どこからそんな証拠が」
「この旅の途中で、各自喋る時間がたっぷりあった。福水ぽすとが、最初に〈旅が終了〉しただろ。あのとき、おれに話をしてくれたんだよ。愛妻弁当をつくっている姉は、そもそも鈍感なわさおに自分の想いを気づかせるために、三人分の応募をしたんだ、ってな」
「あんんのォ、愚弟がッ!」
「自棄になって、自分の恋を見せつけたかったんだろ、福水らいむ。でも、旅がこうやって中止になるまで、わさおは気づいてくれなかったな。ほかの女のもとへ、わさおは走った。だいたいおまえは毒を盛った弁当を作り続けて、愛するひとに、どういうことをしたかったんだ?」
「重度の中毒で動けなくなれば良いと思ってた! そうしたら、振り向いてくれるひとなんて誰もいない! わさおは! わたしに看病されて生き続けるの! それが、わたしのしあわせのかたちなの!」

「自分のしあわせのかたちを他人に押しつけるなよ。それに、見てみろって」

 猫魔が指さす先には、八木沢わさおの手を握って、相手の名前を大声で呼び続ける仲森すずなの涙に濡れた顔があった。

「自首しろ、福水らいむ。ここからは警察の出番だ。それにもうすぐ救急車がやってくる。病院までの付き添いは、残念ながらそこで泣きじゃくっている仲森すずなの役目だ。おまえじゃないよ……。この中毒症状、治ったら福水らいむ、おまえ、どうする気なんだ? 合わす顔がないだろ」
「合わせるような顔なんて、最初から持ってないわよ!」
「なら……いいんだが。罪は償えよ」

 そして、サイレンの音が近づいてくる。
 アルパカが数匹、僕から離れない。アルパカたちはキリリとした瞳で僕を一斉に見つめてくる。アルパカには大人気の僕だった。


***************
***************


 ふははははあぁー、と事務所で高笑いをするのは、百瀬探偵結社の〈魔女〉である、百瀬珠総長だ。
 僕ら探偵結社のメンバーは、珠総長の命令で動いている。
 事務机で表計算ソフトをカチカチ打っていた事務員の枢木(くるるぎ)くるるが、
「山茶花ぁー、総長とうちと猫魔お兄ちゃんの分の甘酒買うか作るかしてよぉー」
 と、ふてくされながら言う。
「なんでそんなにふてくされた顔をしてるかなぁ、くるる」
「うちも参加したかったわぁー、〈恋する週末ホームステイ〉ぃ! あの番組、好きだったのにー。毎週欠かさず観てるんよー」
「はいはい。あれ、参加できるのは本当は高校生だけだから」
「山茶花、ひどーい! うちも現役高校生なんよー! ふぐりちゃんだけ参加しちゃってさぁ」
「そんなの、総長に言いなよ。あと、甘酒は季節じゃないから作りません! 高校生はお酒飲んじゃダメだしさ」
「えーーーー?」

 上座では。
 百瀬珠総長が、腕を組みながら、足を机の上に載せて、
「ふふーん。我が輩、プレコグ能力者だから、なにかが起こってそれがお金に変換できるの、わかっていたんじゃもんねー!」
 と、高笑いをやめない。〈プレコグ〉とは、予知能力の一種のことである。
 高笑いの中、事務所の奥の自室からあくびをしてやってくるのは、破魔矢式猫魔。
「……おはよう」
「ローテンションじゃのぅ、〈迷い猫〉よ!」
「やめてくださいよ、その言い方。まあ、おれが迷い猫なのは本当だけど」

 色々、裏設定があると言えども、今回も〈現場に知らされていなかったミッション〉をクリアした僕らは笑顔だ。
 僕ら〈百瀬探偵結社〉のメンバーは、長い長いホームステイをここでしているようなものだし、こういう事件は僕らにおまかせ! ……って、言えるような立派な探偵に、僕もならなくちゃなぁ、と思うのだった。
 今回の事件みたいな、恋愛のもつれはもう、こりごりだけどね。


〈了〉
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