第4話 世界を騙した男 サム・バンクマン=フリード①

文字数 3,758文字

 11月11日、サム・バンクマン=フリードは自身のTwitterで、大手暗号通貨取引所であるFTXの破綻を発表した。投資会社アラメダ・リサーチ(Alameda Reaserch)を含む、約130社のグループ会社も対象となる。(※1)


( やあ、野郎ども。今日、俺はFTX、FTX US、アラメダの3社に対して、米国連邦破産法第11条の適用を申請した。)


 バハマに本社を置くFTXの倒産は、破壊的な波となって世界中を襲った。
 破綻前のFTXは、取引高で世界第三位の「信頼できる暗号通貨取引所」として、100万人以上のユーザーを抱えていたからである。

 まずは、FTX崩壊までの動きを時系列で整理してみよう。

 11月2日、暗号通貨関連の大手メディアであるコインデスク(CoinDesk)は、投資会社アラメダ・リサーチがFTXのトークン「FTT」を大量に保有していることを明らかにした。(※2)
 FTTというのは、FTXが発行する独自通貨であり、株式のようなものだ。FTXとアラメダはどちらもサム・バンクマン=フリードが創業し、非常に密接な関係にある。

 リークされた内部文書によると、アラメダのバランスシート(貸借対照表)上では146億ドルの資産と80億ドルの負債があった。146億ドル分の資産のうち58億ドルがFTTであり、キャッシュは1億3400万ドルのみだった。80億ドル分の負債のうち74億ドルが外部からの借入であり、FTTの評価益を根拠に資金調達しているため、FTTの価格が下がれば債務超過に陥るのである。

 11月6日、この疑惑を受けて、取引高で世界最大の暗号通貨取引所であるバイナンス(Binance)のCEOチャンポン・ジャオ(Changpeng Zhao)が、保有するFTTを売却すると発表し、FTTの市場価格は暴落となった。
 資産を預けていた投資家たちは、FTXから急速に逃げ出し始めた。わずか72時間で60億ドルもの資金が引き出され、取引所は顧客の引き出しを停止した。

 11月8日、バイナンスはFTXを買収するオファーに合意したが、9日に買収を撤回。
 11月10日、バハマの規制当局がFTXの資産を凍結。
 
 11月11日、FTX、FTX US、アラメダ・リサーチおよび約130社のグループ会社はアメリカで連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請し、サム・バンクマン=フリードはFTXのCEOを辞職した。破産申請によると、FTX USとアラメダの負債は100億ドルから500億ドル(日本円で約1兆4000億円から7兆円相当)とされる。


 時系列で振り返ると、FTXの崩壊がいかに急速かつ劇的だったかが分かる。
 直接の影響を受けず、この事件を外部から眺めている人々は「どうしてこんな胡散臭い会社にお金を預けていたのか。みんなバカだな」と思っていることだろう。

 現在進行中のこの事件を理解するのに最も大切な背景は、100万人を超える人々がサム・バンクマン=フリードとFTXを信頼していたということだ。
 リーマン・ショック的瞬間に直面しているユーザーたちは、金銭的な痛みよりも、「信頼を裏切られた痛み」に苦しんでいるのである。

 なぜわたしたちはFTXを信頼してしまったのか?
 この3年間に語られてきた、サム・バンクマン=フリードにまつわるナラティブ(ストーリー)を紹介していこう。

 サム・バンクマン=フリード(Samuel Bankman-Fried)は、1992年にユダヤ人の家庭に生まれた。父親のジョセフ・バンクマンと母親のバーバラ・フリードは、共にスタンフォード大学法学部の教授である。伯母のリンダ・P・フリードは、コロンビア大学メールマン公衆衛生学部の現在の学部長を務めている。

 2013年の夏、サムは自己勘定取引会社であるJane Street Capitalでインターンとして働き、マサチューセッツ工科大学を卒業後、そこで正社員として働き始めた。Jane Streetは世界最大のマーケットメーカーの一つである。

 Jane Streetでトレーダーとしての腕を磨いたサムは、2017年9月に退社し、Jane Streetの元社員たちと同年11月に暗号通貨取引会社であるアラメダ・リサーチ(Alameda Research)を共同設立した。
 そう、FTX崩壊を引き起こした、あのアラメダである。

 2018年当時、アメリカに比べて日本でのビットコインの価格が高かった。サムはこの価格差を利用し、アメリカでビットコインを仕入れ、日本で売って利益を出し、ドルに換金してまたアメリカでビットコインを仕入れ、日本で売るという裁定取引で約2000万ドルを荒稼ぎしたのである。
 2018年末、サムは香港に移住し、2019年5月に暗号通貨デリバティブ取引所としてFTXを設立した。FTXは「Futures Exchange」の略称だという。

 2021年7月、FTXはソフトバンク、セコイア・キャピタル、リビット・キャピタルなど60以上の投資家から9億ドル(約1000億円)の資金を調達した。暗号通貨業界において、過去最大の資金調達だった。FTXの評価額は180億ドル(約2兆円)にのぼった。
 この資金調達に参加した、暗号通貨に関連するベンチャーキャピタルであるパラダイム(Paradigm)の共同創業者マット・ファン(Matt Huang)は、「FTXは2年で世界トップの取引所に成長した」とコメントし、29歳のサムを「特別な創業者の一人」と評した。(※3)
 
 このころからFTXは自社のブランド化のため、宣伝広告に収益を注ぎ込むようになる。
 2021年3月、NBA(全米プロバスケットボールリーグ)の「マイアミ・ヒート」の本拠地であるマイアミ・アリーナの命名権を1億3500万ドルで取得し、同年6月に「FTXアリーナ」と改名した。
 同じく6月に、FTXはMLB(メジャーリーグ)とも契約を結んだ。7月に開催されたオールスターゲームから、審判のユニフォームにFTXのロゴが付けられるようになった。FTXがMLBと共同で実施した「MLB Moonblasts Pick ‘Em」と題したホームラン予想企画では、10万ドル(約1100万円)相当のビットコインを賞金にした。
「MLBの公式暗号通貨取引所」となったことで、FTXなんて聞いたことがなかった人々が、試合観戦を通して数え切れないほどの広告を目にするようになる。

 さらにNBAの「ゴールデンステート・ウォリアーズ」のステフィン・カリー選手、NFL(プロフットボールリーグ)の「タンパベイ・バッカニアーズ」のトム・ブレイディ選手など、FTXは人気スポーツ選手とのスポンサー契約を次々と結んでいく。
 2021年11月、FTXはMLB「エンゼルス」の二刀流で活躍する大谷翔平選手とアンバサダー契約を結んだ。2022年3月には、4度のグランドスラム優勝を誇るプロテニスプレーヤー、大坂なおみ選手がFTXのアンバサダーに加わった。

 宣伝広告に対して湯水のようにお金を使ったおかげなのか、FTXのアメリカ法人であるFTX USは、2021年第3四半期(7−9月期)のユーザー数は第2四半期から50%以上増加、1日当たりの平均取引高は第2四半期からなんと500%以上増加の3億6000万ドル(約410億円)となったと発表した。(※4)
 同年9月、FTXは本社を香港からバハマに移転する。バハマはタックス・ヘイヴン(租税回避地)としてよく知られている国の一つである。

 2021年7月に9億ドルの資金調達を実施したFTXは、10月にも約4億2000万ドル(約478億円)を調達した。今回の資金調達には69社の投資家が参加し、世界最大の資産運用会社であるブラックロックも出資に加わった。FTXの評価額は、7月時点で180億ドルだったが、今回は250億ドル(約2.8兆円)にまでのぼっていた。
 まだ29歳のサムは、世界で最もリッチなビリオネアの一人になったのである。
 
 わたしたちは、若くして成功をつかんだサムの英雄神話に目がくらんだのだろうか。
 次回は、彼が暗号通貨業界の「救世主」と呼ばれるほどの特別な人気者となった理由に迫ってみよう。


※1 SBF @SBF_FTX, November 11, 2022.
※2 Divisions in Sam Bankman-Fried’s Crypto Empire Blur on His Trading Titan Alameda’s Balance Sheet, Ian Allison, CoinDesk, November 2, 2022.
※3 FTX Crypto Exchange Valued at $18B in $900M Funding Round, Zack Seward, CoinDesk, July 21, 2021.
※4 FTX US Daily Trading Volume Soared 512% in Q3, Michael Bellusci, CoinDesk, November 12, 2021.
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