第1話

文字数 2,033文字

 三瀬君は口下手だ。慎重さが災いし、言葉を選び過ぎて上手く話せなくなるらしい。発する機会を逃した彼の言葉は、気まずさと共に飲み込まれて消えていく。

 もったいないな、と私は思っている。三瀬君が好きだから。

「気持ちは嬉しいけど……もし、付き合ったら、遠野さんは後悔する。俺の話……遅いし、つまるし……イラつくだろ? 遠野さんに嫌われるのは、辛いんだ……」

 告白した私へ、たどたどしく説明する三瀬君。なんとなく、ふられる方向へ話が進んでいる気配がした。

「私、三瀬君の好みじゃないのかな?」
「違っ……!」

 躊躇せず核心から切り込むと、三瀬君が目を見張る。驚かせて申し訳ないが、直球で確認するのを許してほしい。遠回しに交際を断りたいのか、言葉通りの理由で躊躇しているだけなのか、重要な問題だ。

「それとも女として見れない? もっと可愛いタイプが理想とか、そういうヤツ?」
「ち、違うって! 全然違う!」
「あっ……。もう、他に好きな子がいるとか」
「待って待って、遠野さん。そんな子、いない……どこから出てきたの……?」

 彼は表情豊かで、裏表のない人だ。私の告白を迷惑がる素振りはない。

 三瀬君との出会いは、高校で同じクラスになったこと。美化委員を押し付けられても、面倒臭がることなく清掃に取り組む姿が輝いていた。誰かを恨んだりしない優しい眼差しや、男前すぎる行動に惹かれたのだ。トークスキルはどうでもいい。むしろ、慎重な話し方さえ、控え目に言って大好きだった。

「ならいいじゃん。付き合ってみよう。三瀬君と話すの楽しいし、嫌いになんかならないよ」

 三瀬君の顔が赤く染まった。

「わ、わかった……付き合おうか……。あの……えっと……遠野さん……」
「うん」
「ごめんね」
「うん!?」

 何故、謝る? 付き合える流れじゃなかったっけ? やっぱり、私、ふられるの?

 どっと不穏な疑問が押し寄せる。幸せに舞い上がった心臓が止まりかけた。混乱する私に気付かず、三瀬君が照れくさそうに微笑みかける。

「これから……その……よろしく」
「うんっ!!」

 良かった。付き合える流れで正解だったらしい。安堵と喜びで、先程の驚きを忘れてしまった。けれど、三瀬君の言った「ごめん」の意味は、さっそく翌日に判明した。



 大好きな人が彼氏になる喜びは凄まじい。遠足当日の小学生以上に歓喜した私は、スマホのアラームより早く目覚めて、早朝のキッチンに立っていた。

「三瀬君、いつも購買のパンなんだよね。お弁当、迷惑かな。喜んでくれるといいな。ありがとうって言ってくれるかな。うふっ、うふふふっ」

 箸が転がっても面白かったのは言うまでもない。私の希望はというと、半分は叶い、もう半分は叶わなかった。

「て、手作り弁当……? 嬉しいな……」

 三瀬君が柔らかい笑みを浮かべる。

「ごめんね、遠野さん」

 結論から言えば、三瀬君は「ありがとう」の代わりに「ごめん」と言う人だった。



 三瀬君との関係は順調に進んだ。私は彼を、更に好きになった。

「だけどね、だからこそ気になるの。謝られると辛いの。『ごめん』じゃなくて『ありがとう』って言って欲しい」
「へー」

 相談した私に、友達の志緒が雑な返事をする。めんどくさい悩みだ。相手をしてくれるだけ有難い。

「本人に言ってみれば?」
「だめだめ。三瀬君、口下手なの気にしてるんだよ。頭良いし、自分でもわかってて直せないんじゃないのかな……」
「でも引っかかるんでしょ。そうだ、こう考えれば? 三瀬君は『ありがとう』って言うと死んじゃう病気なの」
「ちょっ、やめて!」
「ごめん。冗談だって」

 ただの軽口。けれど、志緒の冗談は棘のように心に刺さって抜けなかった。

「遠野さんの、弁当……毎日、楽しみ。いつもごめんね」

 ――――三瀬君は『ありがとう』って言うと死んじゃう病気なんだよ。

 ゾッとした。三瀬君に何かあるなんて、冗談でも考えたくない。幸せに慣れて、贅沢になった自分を嗜められた心境だった。

「どうしたの? 顔、青い……。保健室、行こう」
「う、ううん。なんでもない、大丈夫」

 それからは、三瀬君の口癖を気にしないようにした。感謝の気持ちは伝わっているし、彼が元気ならそれでいい。

 楽しい高校生活は過ぎていき、卒業式を迎えた。卒業証書を持った三瀬君が側にいる。
 彼は相変わらず口下手だけど、私と話す時には言葉に詰まらなくなっていた。それが信頼の証なら嬉しいと、私はこっそり温かい気持ちを抱えている。

「高校、楽しかったね」
「そうだね」

 頷いた三瀬君が、じっと見つめてくる。

「一緒にいてくれて、ありがとう」

 待ち望んだ言葉にハッと息をつめた。瞼が熱くなり大粒の涙が頬を滑る。唇を戦慄かせて、私は言った。

「三瀬くん、死んじゃ嫌だぁ!」
「ええっ!?」

 泣きじゃくる私の説明に、三瀬君は明るく笑った。百歳まで生きると約束した彼と手を繋ぐ。伝えられなかった言葉を伝えた私たちは、これからも一緒にいたいと願い、早春の桜を見上げている。
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