第8話

文字数 698文字

 雪子は、自分の呼吸が速まっているのを自覚し、大きく深呼吸をした。隙間の神の言っている事は、確かに一理あるように思われた。今という時代に科学では説明出来ない事象があるのと同様、1000年後の未来でもやはりそういった事象は存在するだろう。その時代に隙間の神がショウジョウバエになっているか大腸菌になっているかはわからないが、奴はどんなに狭い隙間でも自分の身体の大きさを変えて潜り込む事が出来る。人間はどんどん隙間を埋めていく。隙間の神はどんどん小さくなっていく。このイタチごっこは恐らく未来永劫続くのだろう。
 外では、相変わらず雨が降っている様だった。
「だけど、それこそ屁理屈じゃ無いの」雪子は言った。「現実にあなたがもっともっと力を失ってごらんなさい、それこそ大腸菌にでもなったら、私たち人間はあなたの存在など気にもかけないわよ。だって、あまりにも小さすぎて見えないんだから。それはつまりいないのと一緒よ」
「本気で言ってるのかい?」隙間の神はわざとらしくおどけてみせた。「見えないものをも見ようとするのがお前たち人間の性だろう。だから人間はわざわざ顕微鏡なんてものを作って、自分達に腹痛と下痢を引き起こす小さい小さい単細胞生物の正体を突き止めようとした。それと同じさ。お前たち人間は、たとえどんなに小さな隙間であっても、そこに何があるのかを知りたいという好奇心を自制する事は出来ない。だからこそ、俺も不死身なんだ。こういう言葉があるだろう、『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』」
 語るに落ちたな、と雪子は思った。その時ふと、彼女は精神科医に言われている事を思い出した。
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