レコード針のいろんな話

文字数 3,055文字

 レコードから音を拾うカートリッジにはレコード針が付いていて、その先端は工業用ダイヤモンドで出来ています。前にDENON DL103の話をしましたが、DL103は極めて太い針を使ってあると書きました。昔ながらのレコード針です。
 この昔ながらの針の先端のイメージはボールペンの先と思えばいいです。するとボールペンの先端のボールのように、先端は球形になっています。いわゆる「針」のように尖っているのではありません。そしてこのような針を「丸針」と呼びます。丸針はDL103以外では、主にローコストのカートリッジに使われています。加工が簡単で安いからです。
 そしてその先端の「ボール」の部分ですが、もちろん決まった「直径」になっています。実際は半径を表示し、「曲率半径」といいますが、「ミル」という単位を使います。
 1ミルは1インチ(25.4mm)の1000分の1。つまり0.0254mm、あるいは25.4ミクロンです。そしてDL103の針先の曲率半径は0.65ミル。これは16.5ミクロンで、直径なら33ミクロンです。

 ところで話は変わって、LPレコードは毎分33.3回転回っています。どうしてこんなに中途半端?と思うかもしれませんが、つまり3分で100回転ということです。アバウトに「一曲100回転」というとてもキリのいい回転数なのです。
 それで30cmLPは毎分33.3回転、つまり2秒弱で1回転。で、30cmの円周は90cmと少々。それと演奏は最外周ばかりを聴くわけではありませんから、こういうことを勘案して、演奏中に針がレコード盤上を進む速度を概算すると、大体毎秒40cmです。つまり毎秒400mm。
 どうしてこんな面倒な計算をやったかというと、DL103の太い針で高音を再生するとどうなるかを述べたかったのです。

 それで、音楽信号のうちで高音の10000Hzを考えると、音溝に刻まれた波長は400mmの10000分の1ですから、これはわずか40ミクロン。半波長なら20ミクロンです。
 ところで考えてもみて下さい。DL103の針先は直径33ミクロン。これは10000Hzの半波長を大幅に超えています。だから10000Hzの音溝に接したときの状態はこんな感じ!

 衝撃的でしょ? これでは10000Hzの音溝のうねうねの山の天辺をつんつんつんと滑っていくだけでしょう? つまりDL103で10000Hzの再生は絶望的です。この図のイメージからは、「まとも」に再生できるのはせいぜい3000Hzくらいじゃないですか?
 それで、こういう針の太さに起因する歪みのことを「トレーシングエラー」といい、だから太い針では高音の再生が苦手なのです。

 だけどこの図を良く見ると、「山」よりも「谷」の方が少し幅が広いことが分かりますか? そういうふうに書いたからですが、それは、レコードをカッティングするカッターの厚みがあるからです。
 これは極めて大雑把な話ですのでご承知頂きたいのですが、カッターの厚みは3ミクロンくらいなので、音溝の谷の「下り」と「登り」を合わせると、6ミクロンくらい谷の方が広くなっています。ただしこれは私の妄想かも知れませんが!
 それで、太い針で山をトレースするのはまだいいのです。ところが谷の場合、針があまりにも太いと、針が谷底まで落ちませんからね。だからトレースしようがありません。そういう訳で、谷が広い分だけトレーシングエラーは(多分)若干緩和されるのです。つまり直径33ミクロンの針ですが、実効的には27ミクロンの針相当ということです。
 実はこうでも考えないと、針の太さからするとDL103の音は良すぎるのですよ。

 それで、そういう問題はず~~っと前から分かり切っていたのです。だけどDL103はNHK FMで昔のモノーラルレコードを掛けることも想定し、妥協の産物として0.65ミルという太さを選択したのです。
 だからモノーラルを掛けないのであれば、0.4ミルくらいまでの細めの丸針は存在します。これだと直径はほほ20ミクロンで、カッターの厚みを考慮して6ミクロン引くと14ミクロンとなり、そうするとDL103の半分、つまり2倍の高音域まで良好に再生できます。つまり6000Hzですね。

 ところで音溝はV字谷みたいになって、それぞれの斜面に左右の音が刻んであります。だから一本の針で左右の音が2チャンネルとして再生でき、それが「ステレオ」たる所以なのですが、丸針であまり細くすると、針先は音溝の谷底にのみ接し、そして接触面積も小さくなり、これではレコードも針も摩耗が速くなります。
 それで楕円針が開発されたのです。DL103に使われているような丸針をさらに平べったく加工し、音溝の方向だけを薄くするわけです。例えば0.3x0.6ミルみたいな針です。
 そしてそのような考えをさらに推し進め、ラインコンタクト針というものも開発されました。

 これはかなり誇張して書いてありますが、再生に関しては小さな曲率半径で、しかも音溝の手前から奥まで広く「線状に」接触します。だからラインコンタクトというのです。

 それで私が愛用している、ラインコンタクト針のAT33PTGIIの場合、実効の曲率半径は0.3ミルで、曲率の直径は15ミクロン。カッターの厚みを考慮して6ミクロン引くと9ミクロンで、DL103のちょうど3分の1になります。ですから良好に再生できるのは9000Hzあたりまでということです。
 もちろんそれより高い周波数も再生できるのですが、歪み(トレーシングエラー)が少しずつ出始めるということです。だけどこれくらい再生できれば、実用上十分です。
 それと、この9000Hzというのはかなり、というか豪快にアバウトな試算ですので、あくまで参考値です。ともあれDL103の3倍の周波数まで歪みなく再生出来るわけですので大変な違いです。

 それと、ラインコンタクト針ならではの大きなメリットがあります。
 私はクラシックの中古レコードを買うことがあるのですが、そういうレコードは、たいていクラシック好きのおじいちゃんが所有していることが多いのです。つまりおじいちゃんがお亡くなりになられて、遺族がレコードを処分して中古レコード屋へ出すわけです。まあ、私のレコードもいずれは同じ運命でしょうけれど。(怖ぁ~)
 えへん。それで話を戻して、クラシック好きのおじいちゃんはたいていDL103を使います。そうするとレコードの音溝と針の関係は図のような状態になります。

 つまり太い丸針で、音溝のV字谷の「斜面」の中央付近に接触してそこが摩耗し、そして谷底にゴミが貯まるのです。
 それをラインコンタクト針で掛けるとどうなるか。まず谷底のゴミの掃除になります。その際パリパリとノイズが出ます。そして一度掛けるとゴミがザクザク出てきます。それで、5回くらい掛けるとゴミは出なくなり、そしてノイズも出なくなります。これでお溝掃除完了。
 それと、丸針で再生したレコードは音溝の「斜面」の中央だけが摩耗する一方で、ラインコンタクト針だと音溝の手前から奥まで全て接触しますから、中央付近の摩耗に関係なく再生できるのです。

 そういうわけで、ラインコンタクト針で数回掛けた後は、もう新品のレコードのような音になります。
 つまりレコードにとってはDL103で掛けられたのと、ラインコンタクト針で掛けられた、合計2回の「人生」が送れるということです。

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