第48話 盛況

文字数 1,047文字

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 わたしにも、ほかの一年生にも初めてだった演奏会は目立つミスもなく、上々といえる成果をあげた。ステージには空調による上昇気流のような風があったものの、それで譜面が大きくめくれることもなく、アニメ映画の曲だったり、日曜の朝早くに放映される子供向け番組の主題歌だったり、それらに合わせて歌いだす子もいて、和やかなムードで会場は包まれた。楽器体験、指揮体験も盛況で、大きな音に泣き出す子も赤ちゃんに限られ、大成功といえた。

 アンコール曲も無事終わり、カーテンコールには団員も事務方も出て礼をした。帰宅の途に就く来場者――子ども連れのファミリー、浴衣姿のカップル、かねてより団をよく知る個人の賛助会員など――をロビーで見送り、最後の拍手を受けながら、終わったな、とか気持ちよかったね、とそれぞれがぞれぞれの笑みを浮かべていた。わたしたちの音楽でこの笑顔が得られた。それが本当にわたしのしたかったことなのだ、と振り返る。あの日々も無駄ではなかったけど、苦しいものではあった。しかし、いいのだ。今はこの高揚感に任せたらいい。
「あ、高志」と人ごみの中で声をかける。
 かれはうろうろとそこらを歩き回っている。「どうしたの? トイレ?」
「灰皿、場所知ってる?」
「知るわけないでしょ。打ち上げのときに吸ったら? それかヨッシーにでも――」と半ばあきれながら答えていると、「オッケー、はいはい、そこの若人。さっさと着替えな。搬出の準備」と吉川が細い体でわたしたちの間に割って入る。「そのあとは酒盛り! 夏はビール! お子様は茶でも飲んどけ、ははっ」といいながらほかの団員にねぎらいの言葉をかけにいった。
「はあ、うるさいなあ」と平松は苦笑いを浮かべ、騒ぎ声をあげながら吉川やほかの団員の間に飛び込んで行った。
テューバ、コントラバス、マリンバなど大型楽器からフルート、バイオリンなど手荷物サイズの楽器、何本もの譜面台、ほか手荷物を除く小物類もあらかた業者が搬出した。それに応じ、大学の居残り組が搬入に立ち会っていることだろう。

 残務処理で帰る顧問を見送った団員たちは互いに冗談を飛ばしたり、ミスを慰め合ったりしながら市民文化会館からぞろぞろと歩いた。打ち上げの店は会館から徒歩の距離である。居酒屋もどんなところなのか楽しみだった。わたしは生まれてから二杯しかお酒を飲んでおらず、それで打ち止めになるとの予測もあった。しかし、父がたびたび寄って帰る「飲み屋」というところがどんなところなのか、純粋に好奇心を抱いていた。
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