第18話 さくらねこ

文字数 895文字

猫玄関を塞いだその夜、区長さんから連絡が入った。
「白っぽい猫が、かかったよ」
ブチさんだ。

その日の流れは、こうだ。

1. 9:30、捕獲器設置。
2.18:00、エサを食い逃げされる。
3.エサをウィンナーに変える
4.またも全部食い逃げされる。
5.エサをカマボコに変える。
6.22:50、ブチさん捕獲成功!

これを区長さんが、ひとりで全部やってくださった。
ウィンナーもカマボコも、区長さんの晩酌のお供だった。
ブチさん捕獲のメールが入ったとき、私はすでに熟睡していた。申し訳ありません。

私ひとりでは、猫の入った捕獲器を持ち上げることができない。
翌日、区長さんが捕獲器を私の車に積んでくださった。
忙しい朝。出勤前ギリギリの時刻だった。



車で運ばれる間、ブチさんはいつになく静かだった。

開院15分前。
ブチさんより前に、熱中症になりかけたワンコさんが来院していた。
診療時間を繰り上げて対応して下さった獣医さん。

たくさんの人に支えられているという実感が、じんわりと胸に沁みてくる

ブチさんは避妊手術を受けて、夕刻、洗濯ネットに入って帰宅した。
カラーはつけていない。抜糸の必要もないそうだ。
左耳に小さな切り込みがある。
洗濯ネットを開くと、用意したカリカリに見向きもせず、塀を跳び越えて逃げていった。

ブチさんは、この地域初の『さくらねこ』になった。



* * *

【猫用語・さくらねこ】
公益財団法人「どうぶつ基金」は、飼い主のいない猫に対して無料不妊手術事業を行なっている。猫の繁殖を防止し、地域からの苦情や殺処分を減少させるための活動である。
 
  さくらねこTNR

 T=Trap(捕獲)
 N=Neuter(不妊去勢手術)
 R=Retern(元の場所に戻す)

手術を済ませた猫の耳には、目印として切り込みをいれる。

「この猫には飼い主がいません」
「けれど、子を産むことはありません」
「地域の猫として、生を(まっと)うさせてあげてください」

という思いがこめられている。
耳に刻んだ形が桜の花びらに似ていることから、手術をうけた猫を「さくらねこ」と呼ぶ。



※個人でノラ猫の捕獲・避妊手術を行なう場合、地域によっては助成金が出る場合があります。
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