【episode9-沼の門口】

文字数 516文字


辛く悲しい別れから数年の時が経っていた。


「あれ、久しぶり!何年ぶりだろう?」

以前と変わらぬ魁人(かいと)の声が懐かしかった。




成人して数年。偶然の再会だった。




「えっと、3年ぶりかな?」

口から心臓が飛び出してしまいそうというのは、こういう時に使うのか…沙楽は、そう思いながらぎこちない笑顔を作った。



「今、時間大丈夫?」

魁人が沙楽の顔を覗き込む。



「う…うん、大丈夫だよ。」

沙楽は、右手と右足が同時に出てしまいそうになるのをどうにか抑えつつ、魁人の後ろを着いて歩く。



コーヒーショップの席に着くと、まるで会えなかった時間を埋めるように2人は話し込んだ。



魁人が、離婚して今は別のパートナーと住んでいること。

沙楽には、結婚を前提にお付き合いしている彼がいること。



とめどなく話が溢れ出てくる。

あっという間に過ぎた数時間後、2人は別の相手の元に戻った。



これでまたしばらく会えないんだな。

沙楽がそう思っていると、次の日から魁人より頻繁にメッセージが届くようになった。



時には、口説文句(くどきもんく)とも取れるような言葉が並ぶ。

沙楽は、婚約者の(いつき)と幸せな日々を送っていた一方で、刺激的な魁人からの誘いを断れず、少しずつ沼にハマっていく自分の心に目を背けながらやり取りを重ねていた。
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