Plin

文字数 15,648文字

「もしもし、田中だが……明日なんだが、ライブハウスのチケットがあるんだ、一緒に行かないか?」
「お前がライブハウス? ジンバブエでデフレが起こるんじゃないか?」
「まあ、話せば長くなるんだが……」
「そいつはぜひとも聞きたいな、俺は今夜、野良猫並みにフリーだけどさ、お前は?」
「俺も特に先約はないよ」
「鎖で繋がれてはいないみたいだな、だったらどこかで会わないか、久しぶりに一杯やろうぜ」
「ああ、9時にいつものバーでどうだ?」
「いいね、東京は平穏すぎて却って落ち着かないんだが、穴倉はまた別さ」

 田中は四十歳になる弁護士、身長こそ人並みだが、高学歴、高収入、しかし、あまりに多くの離婚訴訟を手がけて来たせいか、未だに独身だ。
 電話の相手は戦場カメラマンの宮川、高校時代の同級生だ。
 彼は世界中の紛争や飢餓で苦しむ地域をカメラに収めて廻っている、ユーモアセンスに溢れ、チョイワル系でそこそこイケメンでもあるが、旅が多く危険も伴う仕事なのでやはり妻帯はしていない。
 理論派で堅物の田中。
 感性と行動力の宮川。
 好対照な二人だが、なぜか気が合い、宮川が日本に舞い戻ってくる度に一度は飲んでいる、宮川は冗談抜きに喋る事ができないのではないかと思うほどに、必ず余計な一言を付け加えるのだが、普段相手の言葉尻を掴むことに神経を尖らせている田中にはむしろ心地良く響く。

「おう、田中、こっちだ」
「すまん、30分遅れた、今日中にどうしても目を通しておかなきゃならない書類があったものだから」
「野良猫は時間なんて気にしないさ、途上国へ行けばスケジュールどおりに事が進む方が珍しいくらいだしな、ましてバーカウンターでなら何時間でも待つさ」
「しかし遅刻は遅刻だ、今日の分は俺の奢りにさせてくれ」
「そいつは嬉しいね、人から情報を引き出すには酒を奢るのが一番なんだよ、もっとも、今夜は立場が逆だけどな、昼間はお前がライブハウスとか言い出すから危なくコーヒーを噴出すところだったぜ」 
「無理もないよ、俺自身戸惑ってるくらいだ」
「お前が? お前も戸惑うことなんてあるんだな、どうした? 鶏が蛇でも産んだか?」
「問題のライブハウスなんだが、依頼人が出演してるんだ」
「へぇ、ミュージシャンからの依頼を引き受けたのか、お前の価値観がひきつけを起こすんじゃないか?」
「正確には国選弁護の仕事だったんだが……」
「ああ、それならわかる、ミュージシャンとお前の取り合わせは想像しにくいからな」
「反論できないな……俺も最初に面談した時は戸惑いっぱなしだった」
「ほう?」
「弁護のやりようがないんだ」
「黒豹みたいに真っ黒な奴なのか?」
「そうじゃない……それに、『奴』じゃない、まだ21歳の若い女性だ」
「ヒュ~、ますます似合わないな」
「そう茶化さないでくれよ」
「ああ、すまん……で? その黒猫ちゃんはなんて名前なんだ?」
「中村由子、歌手としてはプリンと名乗ってる」
「プリン? なんだか甘ったるい芸名だな、地下アイドルとかいうやつか? ヲタクが血道を上げそうな」
「いや、ロック歌手だよ、ジャニス・ジョプリンと言う歌手に憧れてるそうだ」
「ほう、それでプリンなのか、ジャニス・ジョプリン、懐かしい名前を聞いたな」
「有名らしいな」
「ああ、伝説級だよ、1970年に死んでるが、ブルース・ロックで彼女を越える女性シンガーはまだ出ていないんじゃないかな、魂のシンガーさ、俺もリアルタイムで知ってるわけじゃないからライブを聴いたことはないんだが、もしタイムマシンがあるならぜひライブで聴いてみたいシンガーさ……俺もそのプリンちゃんに興味津々だね、それで、彼女の容疑は?」
「覚醒剤取締法違反だ」

   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

 田中が初めてプリンこと中村由子に面会したのは警察でだった。
 ロック歌手だと聞いていたので反抗的で不躾な娘を想像していたのだが、実際に会った彼女からは反抗的な印象は受けなかった、礼儀正しいというわけでもなかったが……。
 拘留中とあって表情は固いものの、その顔立ちは『もし笑顔だったら愛嬌があるだろうな』と思わせるもの、態度も投げやりなものではなく、椅子にきちんと腰掛け、真っ直ぐに田中と向き合っている。
 田中は、半分拍子抜けしたような、半分ほっとしたような気持ちで名刺を差し出した。
「君の弁護をすることになった弁護士の田中です、よろしく」
「あたし、名刺持ってないんだ、ごめんなさい」
 丁寧語は使えていないが、常識はわきまえているようだ、すんなりと謝罪の言葉が出てくるのは素直な証拠だろう、印象としては悪くない。
「でも、先生、あたし弁護士なんて要らないよ」
「そうは行かないのが法律なんだよ、だから国選弁護士という制度があるんだ」
「先生、ハズレくじ引いちゃったね、あたしなんかに当たっちゃって」
「どうして?」
「だって、覚醒剤持ってたし、やったもん、別にそれを隠そうとも思わないんだ」
「ああ、現物も持っていたし、検査で薬物反応も出てるから否認はできないな」
「でしょ? 人に迷惑かけたわけじゃないし、悪いことしたとも思ってないんだけどさ、法律違反なのは知っててやったんだからしょうがないよ、牢屋から出て良いって言われるまで入ってるから、それでいい」
「それだと私の仕事がないんだけどな」
「うん、だから要らないんだ……口の利き方悪くてごめんね、先生を拒否しようとしてるんじゃなくてさ、せっかく弁護してくれようとしても必要ないんだ」
「まあ、でも少しは仕事をさせてくれよ……覚醒剤は貰ったんだろう? バンド仲間に……買ったんじゃないよな?」
「うん、貰った、あんな高いもの買えないよ」
「どうしてくれたんだろうな? 君の言うとおり安いものじゃない、他に売れば良い金になるのに」
「あたしが欲しいって言ったから」
「それだけってことはないだろう?……でも、そうだな、どうして欲しいと思った?」
「ジャニスもやってたから」
「ジャニス? それは誰だ?」
「ジャニス・ジョプリン、知らない? 有名なロックシンガーだよ」
「あいにく知らないな……そのジャニスに憧れてるのかな?」
「そうだね、あたしのアイドルだし、目標なんだ」
「なるほど」
「ジャニスが経験したことは経験してみたかったんだ、でもさ、やってみて、やっぱジャニスもシャブをやるべきじゃなかったと思った」
「どうして?」
「シャブやれば、なんて言うかな、こう……何かが降りてくるんじゃないかって思ったけど違った、気持ちがあちこちに飛んじゃってまとまらないんだ、却って良くなかった、それにジャニスはシャブのやりすぎで死んだんだし」
「そうなのか……つまり君もバンド仲間も、君が覚醒剤を使った時にどんな風に歌えるようになるか興味があった、そういうことかな?」
「そうだね」
「わかった、それはそれで理由になると思うね、ただ、まだ弱い気がするな」
「弱い?」
「理由はそれだけじゃないんじゃないかとね……こう言っちゃなんだが、バンドの中で君は唯一の女性だからね」
「アハハ、わかった、先生も結構エッチなんだね、当たりだよ、シャブをキメてセックスしようぜって、好きなだけヤラせるならただでやるって言われたよ」
「セックスを強要されたんだな?」
「まぁね、でも強姦じゃないよ、どうせバンドに入る時からの交換条件だったしさ」
「交換条件だった?」
「まぁ、バンドはメジャーってわけじゃないけどライブハウスじゃ結構人気あるんだ、そのバンドに、北海道からなんのアテもなく出てきたあたしを入れてくれるって言うんだから、それ位の条件は呑むっきゃないよ」
「強要されたってことだな?」
「まぁ、そういうことになるのかな、でもレイプされたわけじゃないよ、こっちも一応納得してパンツ脱いでるんだからさ、和姦ってやつ?」
「その辺の判断は任せてもらいたいな、余計なことは付け足さなくていい」
「わかった……」
「君をバンドに加入させる際、彼らは肉体関係を結ぶことを条件にした、そして何の当てもなく上京した君は、仕事を得るためにその条件を呑まないわけには行かなかった、そう言うことだね?」
「そうだね……なんか、しょうがないやって考えてたけど、きちんと言葉にすると結構ゲスいね……だけどさ」
「だけど、何だ?」
「あいつらが長く刑務所に入るのって困るんだけど……あたし、歌えなくなるじゃん」
「彼らの事は私の仕事の範疇じゃないな、私にはどうすることもできない、しかし、覚醒剤を売りさばいていたわけだから実刑は免れないだろうな、もし彼らの弁護が自分の仕事だったとしても、出来ることは限られるな」
「やっぱ、そうか……そうだよね……」
「力になってあげられなくてすまない」
「先生が謝る事じゃないよ……良い人なんだね」
「誰が?」
「先生が……こっちに出てきてから3年になるけど、あたしの為に何かしてくれようとした人、初めてだよ、『すまない』なんていわれたことも……みんなあたしを使うことしか考えてなかったもん」
「そ、そうかい?」

 まさか『何も出来ない』と言ったのに礼を言われるとは想像していなかったので驚いた、しかし、もっと驚いたのは、ごく自然に『すまない』と言う言葉が口をついて出てきたことだ、こちらには何の落ち度も責任もないことだったのに。

「先生、良い人みたいで嬉しいよ」
「いや……まあ、力は尽くすから、君も協力して欲しいな」
「うん、わかった、正直に言うとね、やっぱり牢屋はヤダ、嘘は絶対につきたくないけど、牢屋に入らないで済むように先生が頑張ってくれるなら、出来る限り協力する」
「ああ、そうして欲しいな」


(なんだか調子が狂うな)
 面会を終えて事務所に戻る途中、田中は何だかくすぐったいような違和感を覚えていた。
 依頼人は少しでも自分に有利になるようなことを多くを語り、自分の不利になりそうなことは隠そうとするのが常だ、嘘をつかれる事だって少なくはない。
 ところが彼女と来たら……。
 
   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

 由子の母、洋子が大学に入学した頃は、ちょうど学生運動の嵐が吹き荒れている時期だった。
 せっかく大学に入ったのにまともに授業も受けられないのもさることながら、活動のあり方にも大いに疑問を感じた。
 本当に世の中を変えたいなら結束すべきだと思うのだが、実際は幾つもの流派に分かれて暴力的な闘争を繰り返す……目的と活動がまるで一致していないように思えた。
 アジトだのバリケードだのといったゲリラ戦的な雰囲気にも気持ちがすさむ。
 そんな中で、アメリカ西海岸で巻き起こったヒッピームーブメントには心惹かれた。
 ヒッピー達が唱え、実践しようとしたのは、ひとことで言えば自由とラブ&ピース。
 プロテスタントに基づく価値観に反旗を翻し、当時泥沼化していたベトナム戦争に反対し、アポロ計画に象徴される科学万能主義に疑問を投げかけたのだ。
 それゆえ、ヒッピーたちは東洋思想に並々ならぬ興味を示していたので、日本からふらりとやってきた洋子は熱烈に歓迎された。

 70年代半ば、ヒッピームーブメントの終焉とともに日本に舞い戻った洋子だったが、その価値観は全く変わらず、自由奔放に生きた。
 仕事の種類を選ぶことはせず、やりたいと思った仕事をやり、疑問を抱けばすぐに仕事を変えてしまう、結婚という制度に縛られることなく、恋に落ちればどんな男とでも共に暮らし、価値観を共有できなくなったと感じれば未練なく別れてしまう。
 洋子が由子を授かったのは40歳の時、生物学的なタイムリミットを目前にしてやはり一人は子供を育ててみたいと思ったから……由子が生まれた時、由子の生物学上の父親とは既に別れた後だった。

 いくら自由に生きると言っても、子供を育てるとなれば定まった住まいと仕事は必要だ。
 洋子は北海道の酪農農家に住み込みの職を見つけると、ためらうことなく北海道に飛んだ……。
 
 幸い、酪農農家の仕事と北海道の気風は洋子にしっくりと合った。
 母娘のねぐらとして離れを与えられたが、食事や団欒は農場主家族と一緒、それもコミューンで暮していた洋子には心地良い。
 由子もそんな環境で伸び伸びと育った。
 洋子が由子に何度も何度も言い聞かせたのは、ただ三つ。

 「自分が思うように自由に生きなさい」
 「でも、他人に迷惑を掛けてはだめ、嘘もいけないわ」
 「自由には責任がついて回るの、自分がやったことには責任を持ちなさい」

   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

「なるほど、豪快なお母さんだな」
 田中が思わず微笑むと、由子も顔をくしゃくしゃにして笑った。
「そうだね、あたしもそう思う、あのお母さんの娘に生まれてラッキーだと思ってるよ」
 
 二度目の面会、正直に言って由子の人となりを知るための面会となる。
 初犯で、所持と使用のみなら執行猶予が付くことは過去の判例からしてほぼ確実だ、彼女の仕事内容からしてもそれだけなら大きな障害にはならないだろう、ただ、仲間は売却に手を染めていた事もわかっている、由子がそれに関わっていないことは信用しているが、それを証明する証拠はない、状況や心情から判断してもらう他はないのだ、それには由子を良く知らないことには……それは弁護の為だけではなく、個人的に興味もあるのだが……。

「子供の頃って、どんな子だったのかな?」
「あたし? ワルかったよ」
「そうかい?」
「勉強嫌いだからさ、全然やらなかった、学校でまともにやってたのは音楽と図工と体育、あと国語は結構好きだったかも、文法とか漢字とかは別にして」

 由子は『ワルかった』と表現したが、どうも天衣無縫なだけだったような気がする。

「音楽はその頃から好きだったのかな?」
「お母さんがね、ジャニスの大ファンだったんだ、毎日のように流れてたから自然に覚えてさ、英語の歌詞なんか全然わからなかったけど音で覚えちゃった」
「それが今でも糧になっているわけだ」
「そうだね、あたしも大好きだったから何でも真似した、真似してるうちに声とか顔まで似てきちゃったよ」

 田中もジャニスのことはネットでだが一通りチェックした。
 プリンが歌っているのをまだ聴いた事が無いので歌声まではわからないが、地声はハスキーと言うよりもしゃがれ声、英語と日本語の違いはあってもなんとなく口調も似ている。
 ジャニスにはすまし顔の写真がほとんど残っていない、顔をくしゃくしゃにして笑っているか、魂を搾り出すように歌っているかのどちらかだ、そして「ニカッ」と笑った時のプリンは確かにジャニスに少し似ている。

「小学生で『本気じゃないなら出て行ってよ』なんて歌ってたんだから変だよね、中学になるとさ、ロック聴き始めるのも結構いるし、バンド作ったりも始まるわけ、でもジャニスって60年代じゃない、そんな旧いの聴いてるのはいなかったなぁ、だからバンドには入れてもらえなくてさ、母屋にピアノがあったから独学で少し覚えて弾き語りしてた、聴いてくれるのはお母さんとオジさんだけだったけどね」
「バンドをやってなかったなら、放課後は何をしてた?」
「悪さばっかりしてたよ、相変わらず勉強は嫌いでさ、サボリはしょっちゅうだったし、タバコとかお酒とかもね、だから不良グループみたいに思われてたけど、カツアゲとかやる奴は大嫌いなんだ、だからそう言うのとは付き合わなかった、お金が欲しいならバイトすれば良いんだよ、学校じゃバイト禁止だったけど農家はいくらでもあるもん、手伝えばお小遣いもらえるからさ、そのお金持ってバスで町まで出てゲーセンとかマックとか行ってた、楽しかったよ」
「学校にはバレなかったのかい?」
「バレたよ、そもそも悪いことしてないんだから怒られても屁の河童だったし」

 どうやら母親のシンプルな教えはしっかり守っていた様だ。
 田中は、つい自分の子供時代と比較してしまう……自分で言うのもおこがましいが、実際の所、常に申し分のない優等生だった、きちんと勉強して成績は何時もトップクラス、親や教師に手を焼かせるようなこともなかったし、それが当たり前だと思っていた。
 しかし、それはあくまで自分のためだ、子供の頃から、大人になったら尊敬を集める仕事に就いて良い収入を得ることを考えていた。
 それに比べると、由子のほうがより人間的な気がしてしまうし、よほど生き生きとしているとも思う。
 
 法律も然りだ。
 細かいルールで縛り上げると、逆にその網の目をかいくぐる輩が現れるし、道徳的に立派でも法律には引っかかってしまう者もいる、人間として良いのか悪いのか、と言うのは二の次だ。
 弁護士の仕事は依頼人に網の目をくぐらせ、相手側には網をかぶせるようなものだ。
 依頼人の利益を守ることが一番の目的とは言え、自分はそれに何の疑問も感じずに今日まで続けて来ていたのだが……。

「高校時代? うん、バンドやってたよ、新入生の時に二つ上の先輩でギターの上手い人がいてね、練習を見に行ったらあたしの知ってる曲やってたから、飛び入りで歌わせてもらったら気に入られてね、レッド・ツェッペリンって知ってる?」
「名前くらいはね……ああ、そう言えば『天国への階段』は知ってるよ」
「そう、正にその曲を練習してたの、でもさ、男性でロバート・プラントみたいな声出せる人ってまずいないじゃない?」
「ああ、確かに高い声だったな、なるほど、君ならぴったりだったわけだ」
「そうなんだ、ラッキーだったな、それからはバンド一辺倒だった、初恋もそのギターの先輩だったし」
「そうか……」
「あれ? 少し妬いてる?」
「ははは……まさか」
「そうなの? ちょっと残念だな、あたし、先生のこと好きだよ」
「はは……そりゃどうも」
「なんだかさ、東京に出てきて3年になるけど、こんなに楽しく話をしたことなかった気がするんだ、留置所の中なのにね……これまでは、喋るのは必要なことだけで、『お前は歌って、股を開いてればいいんだ』みたいな感じでさ」
「そこなんだが……」
「何? 股を開くってこと?」
「女の子がそんな言葉を使うものじゃない」
「あ……うん……そうだね」
「最初はね、『肉体関係を強要されていた、メンバーが快楽を追求するために覚醒剤を供与していたのであって、被告の意思ではなかった』と主張する戦術を考えていたんだ」
「脅されたわけじゃないから、あたしの意思も少し入ってるけどね」
「ああ、それも聞いたよ、しかし、それを法廷であからさまにするのは少し忍びないんだ」
「どういうこと?」
「つまりだな……君はまだ21歳だ、その君が日常的にバンドのメンバーに……その……抱かれていたと言うことをおおっぴらにしなくちゃならない、それは君の将来にとって良いのかどうか……」
「でも、それ、嘘じゃないよ」
「ああ、そうらしいが、だからと言っておおっぴらにしなくちゃならないことでもない」
「別に……ロックシンガーだからさ、二十歳過ぎで処女だなんて誰も思わないよ」
「だとしてもだな……」
「先生、それを裁判で言いたくないわけ?」
「まあ……突き詰めればそう言うことになるな」
「どうして? あたし、高一の時にその先輩と寝ちゃったよ」
「それは、君が望んでそうしたことだろう? その男が好きで」
「うん……」
「強要されて……その……下卑た言い方をすれば廻されてたのとは違うだろう?」
「そうだね、それは全然違うなぁ……」
「自由奔放な君のことだ、幾つも恋をしてベッドの中でも愛し合っていたのは別に構わないんだが、強要されて、それに応じていたことをあからさまにすることに抵抗があるんだ」
「抵抗がある?」
「あ、まあ、それを戦術とするのにね」
「そうなんだ……あたし、先生とならベッドの中でも愛し合いたいな」
「こら、人をからかうもんじゃない」
「からかってなんかいないよ、本気でそう思う……こっちへ来てから、そんな風にあたしの為を思ってくれる人は先生が初めてだもん、なんかさぁ、この3年で心に水気がなくなっちゃってた気がする、それって先生と話しててわかったんだ、このことがなかったら気がつかないうちに渇き切ってひび割れっちゃってたかもね」
「そ、そうか? 私はただ戦術としてどうかと……」
「ホント言うとね、あたしね……やっぱりイヤだったんだ、あいつらに抱かれてるとダッチワイフ代わりにされてるみたいだなと思ってたもん、おっぱいと穴さえあればいいのかよってね……それなのにね、シャブやって廻されるとすっごい感じちゃうんだ、心はイヤだって言ってるのに体は反応しちゃう、もう、心と体がバラバラになりそうだったよ」
「そうか……可哀想にな」
「あたしがあたしの目標のためにしていたことだから、可哀想なんて思わなくてもいい……」
「すまん、言い方を換えよう、私は君がそんな風に自分をすり減らすのを見たくないし、そうして来た事を人に聞かせたくもない、他でもない、私自身がいたたまれないんだよ」
「……」
「本当は弁護士として、そう言った私情を挟むのは良くないんだがね……」
「あのね……裁判では先生の思うようにやっていいよ、廻されてたことを話して刑を軽くしてくれても良いし、話すの止めて刑が重くなってもそれはそれでいいから……全部先生に任せるから……」

   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

 田中は法廷で性的関係強要は持ち出さなかった。
 その代わり、幼少期からの由子の性格、生き方、母親の事までをつぶさに語り、そんな娘が覚醒剤拡散に手を染めるはずがないと力説した、その結果、それが認められて、由子は懲役1年、執行猶予3年の判決を言い渡された。
 
 裁判所を出ると、田中は由子の肩をポンと叩いた。
「おめでとう、刑務所には入らなくて済むよ」
「先生、ありがとう……あいつらのことは何か知ってる?」
「バンドのメンバーか? やっぱり実刑だよ、3年だ」
「そう……入れてくれるバンド探さなきゃ……」
「もう、彼らのようなのは止めておけよ、無罪になったわけじゃないんだからな」
「そう言われても……何もあてはないし……」
「それなんだが、ツテを辿ってここのオーナーに君の事を話したら興味を持ってくれてね、一度歌を聴きたいそうだ」
 田中が差し出した名刺に由子は目を見張った。
「えっ? 有名なライブハウスだよ、これ」
「ああ、そうらしいな」
「ここで歌えるの?」
「そこまではわからない、私は音楽には疎くてね、後は君の実力次第、頑張り次第だな」
「でもチャンスはもらえるんだ……ありがとう、頑張るよ」
「ああ、しっかりな、信じてるけど、もう覚醒剤には手を出すなよ」
「うん、わかってる……あのさ、耳を貸してくれる?」
「ん?」
 田中が軽くかがむと、由子は頬を両手で挟んで、唇にチュッとキスをした。
「あたし、何もあげられるものないから、せめてものお礼だよ」
「あ……うん……ありがとう……」
「絶対にそこで歌えるように頑張るから、そしたら先生のところにチケット送るから、絶対に見に来て」
「ああ、そうだな、なるべく行くようにするよ」
「そんなんじゃダメ、絶対来てよ!」
 そう言って思い切り抱きつくと、由子はくるりと背を向けて走り出し、田中は後に残された……化粧の匂いも香水の匂いもない、由子という一人の女性そのままの匂いと、柔らかな唇、若く張り詰めた体の感触と一緒に。

   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

「そのチケットがこれというわけか」
「まあ、そう言うことだ」
「こりゃ、値千金、光り輝くプラチナチケットだな、そんなに大事なチケットを一枚貰っていいのかよ」
「俺は音楽が良くわからないからな、特にロックにはほとんど馴染みがない」
「まあ、そうだろうな、考えてみれば俺が一番適役、俺しかいないってわけだ」
「つき合わせてすまん」
「いや、俺も楽しみだよ、45年の時を超えてジャニスを聴けるかもしれないんだからな、これがタイムマシンの搭乗券であることを祈るよ」

 会場はかなり大き目のライブハウスだが、田中と宮川が到着した時には既に満員、二人は壁際に立っているより他なかった。
 元々、やや地味ながら高い実力を認められていたバンドと、人気バンドのヴォーカリストだったプリンのマッチング、双方のファンの期待値は高かったのだ。
 二人は仕方なく壁を背に立ったままステージを眺めていると、まずバンドのみの演奏が始まった。

「ほう……上手いな!」
 宮川が大音量に負けないように大声を張り上げる。
「え? 何か言ったか!? 音が大きくて聞こえないよ!」
「このバンドは上手いって言ったんだ! その由子ちゃん、いや、プリンの歌も楽しみだ!このバンドが認めたヴォーカリストと言うわけだからな!」
 田中は少し困ったような微笑を返してきた、そう聞いて嬉しい反面、それがどういうことかわからないでいるようだ。

 バンドはまるまる一曲、インストメンタル曲を演奏した。
「確かに上手いが……」
 一曲目が終わると、宮川が呟く。
「ん? 何か問題があるのか?」
「バンドはそれ自体素晴らしいよ、60年代、70年代の荒っぽさ、反骨精神を受け継ぎつつ、テクニック的には当時のバンドより一枚も二枚も上手だ」
 田中も、わからないなりに聴衆の反応からそれは感じ取っていた。
「だけどな、もし、彼らがジャニス・ジョプリンのバックを務めるとしたらどうだろうかとも思うんだ、プリンはジャニスを聴いて育ったんだろう? だとしたら上手く噛み合うのか疑問なんだ、ジャニスはブルースロックだが、彼らは明らかにそれよりハードロック寄りなんだよ、水と油とまでは言わないが、水とウイスキーほどには馴染まないんだ」
「そうなのか……」
田中の顔がはっきりと曇るのを見て、宮川は田中の背中をドンと叩いた。
「だけど、オーディションやリハーサルもやったはずだからな、それなりにマッチするんだろう、心配するな」
「心配とか……俺はここのオーナーを紹介しただけだから……」
 いつもは理路整然としている男が、やけに歯切れが悪い。

 その時、リーダーに紹介されて、プリンがステージに現れた。
 無地の白いTシャツに着古してボロボロになったジーンス、そしてジャニスが好んで着ていたような、ダラっとした綿ニットの前開きベストを肩にひっかけている、なんとも飾らない、そっけないいでたちだ。

 プリンが加わった最初の曲はジャニスの代表曲『Move Over』
 ドラムスのみのイントロが印象的な曲だが、宮川が聴き慣れたものより明らかにスピード感があり、先へ先へとリズムを先取りしていくような感覚がある。
 プリンが持っていると言うブルースフィーリングがこの演奏で生きるのか?……
 しかし、宮川が抱いた一抹の不安はじきに吹き飛んだ。
 イントロに続いてプリンのヴォーカルが乗る、なるほど、プリンの声はジャニスに良く似たハスキーヴォイス、それ自体ブルージーな味わいを湛えつつ、リズムにしっかり乗ってバンドの持つスピード感に身を任せるように歌う。
 ジャニスもこのパートではバンドのリズムに合わせた歌い方だった、プリンもそれに準じている。
 宮川は期待感を持って、息を殺すようにサビを待った。
 ジャニスは歌詞の先頭に’n’をつけたように一瞬の溜めをつけて歌っていたが、プリンはどうだ?
 聴衆の温度が変わったように感じた。
 プリンは’n’を半分ほどにして歌った、ほんの僅か、スピード感をスポイルしないレベルの溜めをつくり、それが予期せぬグルーヴを生む。
 そしてワンコーラス目を締めくくるシャウト、プリンはバンドを先に走らせて思い切った溜めを作り、速射砲のように歌詞を叩き付けた。
 
 どっ、と聴衆が湧き、それを受けたギターソロも冴え渡り、キーボードがそれに絡んで行く。

 バンドのサウンドとプリンのヴォーカルが化学反応を起こしていた。

 バンドのスピード感がプリンのヴォーカルに更なるパワーを加え、プリンのブルースフィーリングがバンドのサウンドにグルーヴを生み出しているのだ。

(これは凄いぞ、プリンは本物だ、それに、ジャニスはバンドにあまり恵まれなかったが、プリンはそれを手に入れたんだ)
 宮川は唸った……。
 そして田中を見やると、既にステージに、いや、プリンの歌に完全に引き込まれていて、宮川の視線に気づきもしない。

 まだバンドとプリンが出会ってあまり間が経っていないとあって、ステージはプリンのレパートリーとバンドのレパートリーを織り交ぜた構成。
 しかし、そこに寄せ集めのちぐはぐさは感じられない、プリンのヴォーカルとバンドサウンドは融合するのではなく、正面からぶつかり合って火花を散らす。
 しかし、両者の求めている音楽の姿は完全に一致していた。
 宮川と田中を含め、このライブハウスを埋めた聴衆は肌に突き刺さるような切れ味のあるサウンドに熱狂し、魂を鷲掴みにするようなヴォーカルに酔いしれた。
 
 聴衆を興奮の渦に巻き込んで約90分、大歓声の中、プリンとバンドがステージを去るとアンコールの大合唱。
 見ると田中も拳を振り上げて叫んでいる。
(ははは、こりゃ、相当重症だな……)
 宮川はそう思いながら、自らも拳を突き上げる。

 歓声に応えてステージに戻ってきたのはプリン一人だった、ステージの隅に置かれたアップライトピアノの前に座り、静かに奏で始める。
 照明がゆっくりと落とされ、プリン一人にスポットが注がれる中、彼女は静かに歌い始めた。

 ジャニスの半生を描いた映画、「The Rose」の主題歌だ。

 客席は水を打ったように静まり返り、宮川も鳥肌が立つ思いで聴き入る。
 プリンは時に語りかけるように、時に声を搾り出すように歌い上げて行く。
 愛に飢え、それが目の前に差し出されても、いつか失うことを恐れてそれを手に取ることができなかった、ジャニスの苦悩が浮かび上がるようなドラマチックな歌唱。
 しかし、それだけではない。
 
 “冬に蒔かれた種は 春に花をつける”
 
 ジャニスの半生になぞらえれば、その花は亡きジャニスの思い出、しかし、プリン自身の半生に置き換えれば、苦悩の時期を乗り越えた希望とも受け取れる。
 
 アウトロの最後の音の余韻が消え去るまでしわぶき一つ聴こえなかったが、その静寂はプリン自身が破った。

「Rock’n Roooooooooooooll!」
 
 プリンがそう叫ぶと、いつの間にかバンドはステージに戻っていて、ギターがコードをかき鳴らし、ドラムが軽快なリズムを叩き出す、そしてプリンもマイクを引っつかんで立ち上がりシャウトした。

「『Jailhouse Rock』だ!」
 轟音の中、宮川は田中の耳元で叫んだ。
「なんだって!?」
「『監獄ロック』って曲だよ、面白い選曲だな! 洒落が効いてるよ!」
 田中も心からの笑顔を見せた。
(こいつ、こんな風に笑うことってあるんだな……)
 宮川が思わずそう思うほどの笑顔だ。

 ドラムの連打に続いてベースが加わってリズムを支えると、バンドはギアをトップに入れた。
 アクセル全開のスピーディなサウンドに乗ってプリンのシャウトが踊り、跳ねる。
 聴衆もツイストを躍り出さんばかりのノリ、ライブハウスは一転、パーティ会場と化した。
 プリンも勢い良く飛び跳ねて前開きベストを脱ぎ、ぐるぐる廻して客席に投げ込み、それは誰にも抱え込まれることなく、客席を飛び交って熱狂に油を注いだ。
 
 そしてエンディング。

 客席に向かって満面の笑みを湛えて両腕を突き上げたプリンが、くるりと背中を向けると、聴衆は更にどっと沸き、田中が見る見るうちに真っ赤になった。
 プリンのTシャツの背中、そこには太いマジックで
「田中先生! 有難う!! 愛してるよ!!!」と大書きされていた。


   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪


「もしもし、田中だが……明日なんだが、コンサートのチケットがあるんだ……一緒に行かないか?」
「何だか聞いたような台詞だな……それにしても、この半年でライブハウスからホールに格上げになったんだな」
 音楽に疎い田中のことだ、コンサートと言えばプリンのに決まっている。

 あのライブの後、宮川は何度も田中の背中を押した。
 田中がプリンにぞっこんなのは間違いないし、プリンだって聴衆の前で宣言しているのだ。
 だが、田中の態度は煮え切らない。

曰く、「しかし……俺は40、彼女は21だぜ」
曰く、「数え切れないくらいの離婚訴訟を扱ってきたからな……正直、怖いんだ」

 それが理由だ。
 
 田中に内緒でプリンにも会った。
 プリンの気持ちは少しもぐらついていない、田中を愛しているし、必要としている、尊敬もしている、もし自分なんかで良ければ、いつまでも側に居たい、そうできたらどんなに幸せだろう……と。

「歳の差なんて気にする事ないって、お前が30で彼女が11なら考え直せと言うけどな、21歳と言ったって、そこらのノホホンとした女子大生や腰掛のつもりで働いてるようなOLとは違うぜ、波乱の人生を歩んで来てる娘じゃないか」
「ああ、それは確かにそうなんだが……」


 結局、田中の足を一歩出させることが出来ないままに、宮川は再び取材の旅に出て、半年後に戻って来た矢先に早速コンサートのお誘いだ、ライブハウスがホールに格上げと言うことは、バンドの方は順調と言うわけだ。
 もちろん、宮川はその誘いに乗った、日本にいる間は「野良猫並み」にヒマなのだ。
「ああ、コンサートには行くよ、だが、その前に一杯付き合うのが条件だ、お前のおごりでな……」

   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

「その後、どうなんだよ、ちっとは進展があったのか?」
「まあな……彼女のライブには何度も行ったし、食事にもちょくちょく行ってる」
「上出来じゃないか、その調子なら英国淑女だって落とせそうだな」
「なぁ……本当に19歳違いでも問題ないだろうか?」
「法的に問題でもあるのか?」
「いや……」
「彼女の温度が冷めて来てるとか?」
「それはないと思う」
「お前はどうなんだ?」
「ああ……彼女とずっと一緒に生きて行きたい」
「彼女はいまやロックスターだけどさ、彼女のことは信じられるんだろう?」
「それは一点の曇りもなく」
「なら、迷うことはないじゃないか、天気は晴朗、視界は良好、コンパスにも狂いはないぜ、船出をためらう理由がどこにある?」
「ああ……だけどな」
「まだ何かあるのかよ、いい加減にしろよな」
「いや、だから、俺がぐずぐずしてたら背中をどやしつけてくれ、思い切りな」
「はっ……そう言うことか、腹を決めたんだな?」
「ああ……今日、彼女に結婚を申し込むよ、指輪ももう用意してある」
「よしきた! それくらいなら面倒を見てやるよ」
 そんな役なら、買って出てもいいくらいだ。

 
「遅いじゃないか、やきもきしたよ」
 田中との待ち合わせはホールの前、宮川が息を切らせてやってきたのは開演5分前だった。
「すまん、次の飲み代は俺が持つから勘弁しろ」
「とにかく入ろう」
「ああ、指定席で良かったよ、ライブハウスなら除雪車が必要だ」

 席は最前列の真ん中、特等席だ。
「さすがに特別扱いだな、おい」
 宮川が茶化しても田中は無反応、怒っていると言う訳でもなさそうだ、早くもこの後のプロポーズに向けて緊張しているらしい。
 宮川は苦笑しながら座席に身を委ねた。

   ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

 コンサートは素晴らしかった。
 バンドとプリンの息は半年前にも増してぴったりと合い、と言って対決姿勢も失っていない、そのスリリングな演奏に聴衆も大いに盛り上がった。
 そして、これが定番になったのか、アンコールは『Jailhouse Rock』でホールをパーティ会場に早変わりさせた。

 大歓声の中『Thank you! Good night!』と叫んだ瞬間だった、プリンが急に固まった。

(なんだ、俺の出番なしかよ)
 宮川がそう思ったのも当然、田中が自ら席を立ってステージの前に進み出たのだ。
 宮川はこのタイミングでけしかけるつもりだった、楽屋やレストランでプロポーズするなんて男らしくない、プリンはライブハウスのステージで田中への愛をおおっぴらにした、田中もそうするべきだと……もうその必要もなくなったのだが。
 
「プリン、いや、由子、俺と結婚してくれないか?」
 田中が片膝をついて指輪を差し出すと、プリンは顔をくしゃくしゃにしてステージから飛び降り、それを合図にバンドが『The Rose』を奏で始めた。

 これこそ宮川が開演ぎりぎりになった理由、早めに会場に来て楽屋を訪ね、プリンが着替えの為に中座した隙にバンドに頼んだのだ、『ステージが終わったら田中をけしかけるから、その時はあの曲を演奏してやって欲しい……』と。

 最初は何が起きたのかわからなかった聴衆も、事情を飲み込むと暖かい拍手で抱き合う二人を包み込み、リーダーの先導で『The Rose』を合唱し始めた。


 まるで正反対のように見える人生を歩んで来た二人。
 だからこそ、お互いがお互いをより強く必要とし、より強く惹かれ合った。
 そして、これからの人生で支えあうのに最良の人とめぐり合えたのだ。

 プリンはもう迷わない、確かな導きの灯火を見つけたから。
 田中はもう傷つくことを恐れない、何も求めなければ何も得る事は出来ないと知ったから。

 あの留置場で二人の間に宿った小さな種子は、今美しい花を咲かせ、そのかぐわしい香りを、その場に居合わせた人々に惜しみなく分け与えていた……。


                 終

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