追憶の汗(11)

文字数 659文字

消え入る意識の中、朦朧とアレスの人影が浮かぶ。

誰もが言葉を失い、まるで、風も時も止まったかのようだった。

アレスは、木刀の柄(つか)を逆手に持ち、倒れ伏しているノキルに一礼する。

観衆の中から、賞賛の声が上がった。

それは瞬く間に伝染し、歓声と拍手喝采が、アレスとノキルを熱く讃える。

練習場は、歓喜に満たされた。

アレスは、片膝を立てて、くるぶしの上に座り、ノキルに手を差し伸べる。

ノキルは、痺れて思うように動かない腕をよろよろと持ち上げて、アレスの手を掴む。

アレスは、ノキルの手を緊く握り、腕を引っ張る。

かろうじて意識の通るノキルの体は、重い荷物を持ち上げるようだった。

ぐっと引き寄せて、ノキルの上体を起こす。

その瞬間、アレスとノキルの汗が交わる。

アレスは、もう片方の手で、ノキルの上体を支える。

ノキルは、涙が込み上がる。

どうしてだろう。

涙腺が緩み、涙が止めどなく溢れる。

「うう」

ノキルは、兜の中で、小さく声を上げて泣いた。

その声は、アレスだけに聞こえていた。

アレスは、その無邪気に泣く姿を見て、微笑み、兜の上からノキルの頭をぽんぽんと撫でた。

「よくやった、ノキル。私の負けだ。これが誰かを守るという気持ちだ。ノキルの気概に、私は、かなわなかった」

夕陽は余韻を残して、地平線へ隠れた。

夕陽が隠れた方角の薄い雲は、赤色に染まり、厚い雲は青灰色に染まる。

真上の空は、赤色から黄金色へと段階的に色調を変え、反対の方角は、藍色に染まる。

ノキルの木刀は、切先が欠け、刃がぼろぼろだった。

暮色が、しのぎを削った二人の木刀の熱を冷ました。
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