子に捧ぐ祈り

文字数 938文字

「A社の今月の発注は…5000か」
同僚の会話が聞こえる。5000?
朝飯前だ。

私は今日もたくさんの子どもを育む。
営業マンは血と汗を流してオフィス街を歩き回り、管理部隊はそれらの受注の管理をする。
そして技術者が機械を動かし、トラックの運転手がお客様のもとに届ける。
従業員一人ひとりに責務があるように、私にも任せられた仕事がある。それだけのこと。

昼半ば、食堂から同僚の会話が聞こえた。
また、私の子どもたちが活躍してくれたらしい。
ある子は製薬会社に勤め、老若男女の差別なく薬やその副作用について丁寧に説明する。
またある子は小さなパン屋に勤め、店主自家製オリジナル総菜パンを食べねば損する理由を街頭で演説している。
他の子も企業の企画のコンペの準備にいそしんだり、一方ではお役所で未納税者に対して厳しく取り立てたりもしている。
私の子どもたちはあらゆる職種に関わっていて、すでに日本の生活には必要不可欠な存在になっているのだと思うと、胸が高まってしかたない。

ただ、晴れた日は長く続かない。
まさに今、私の子どもたちの居場所は敵に奪われつつある。
私たちを必要としない敵は自身の体を使って、好きな時間に好きな内容を観衆に訴えることができる。
全く、隙がないと言っても過言ではないだろう。
実際に敵はその優位性を前面に打ち出し、数多の企業が賛同し変革が起きている。
そして政府までも、あからさまにレス化を図り私たちの存在否定に拍車をかけている。
その勢いは津波で起きた濁流の様に、とどまるところを知らない。

同僚たちの肩も下がりっぱなしだ。
四十、五十と年齢を重ねているから(肩が)上がらないわけではなく、全社どころか業界的に見て売上が落ち込んでいるのは明らかなのだから。
そしてこの私にもついにツケが回ってきたようだ。
同僚による日々のメンテナンスは、間違いなく私をいつもの調子に戻してくれたが、私も早三十歳。
そんな世話する姿を見て、私自身も体に暗示をかけていた。
死期が近づいている。
だけど、子どもたちが現場で活躍する景色を想像するだけであと一日、もう一日と力が湧いてくる。
奴らに負けるな。
私の子どもたちには情熱と温情がある。
どうかお客様の心が、お前たちを忘れませんように。

朝礼の時間、印刷機の私はそう祈るのだ。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み