1-2|ドライブ
文字数 1,576文字
トキオはヨヲコに剣を手渡した。ヨヲコは鞘から抜いてその剣をじつに不思議 そうに眺めた。
瑠璃色に染まった刀身に、八つの円で彩られた紋 が鍔 に刻まれている。
握りには馬 の刻印 が施されており、大きさはさほど無いが、まるで何もかもを貫 きそうな刃先 の鋭敏 さは妖 しの力さえも携 えているかに見えた。そいつはけっしてまことの光を見せず何かをひた隠しにするようにして。
「なんだか持っているだけでかえって呪われそうな感じするけど。ねえ」そう言ってヨヲコはトキオにそっけなく刀を返す。トキオは笑った。
「メイファの事になるとすぐムキになるよね、ヨヲコさんって」
「ムキになってないわよ」
「メイファは妹みたいなもんだし」
「じゃあ、あたしは?」
「ヨヲコさんは……めっちゃ出来の悪い姉貴」
「わ~るかったわねぇ、出来が悪くて。あんただって似たようなモンでしょ?」
「学はあるよ。日々欠かさず続けた読書のおかげで」
「私だってそうだしね」
「でもいくら本を読んだって、救えない事ばかりだ。あの惨劇が起こるのを一時間でも早く縮める事すら出来なかった。本当の事は本の中には何もないんだって事を、本が教えてくれた――奇妙な話だけど」
「本の読み過ぎよ」
「<本の救世主様>はお優しいことで――」ヨヲコは冷めた目で言った。
「――救世主なんて。どうせ信じてないくせに」
トキオは「そりゃまあね」なんて言って簡単に切り返すと、剣を背にかるい、自転車のハンドルをしっかりと握った。
「そんなもんになる気もさらさらって感じだ。ヨヲコさんは?」
「あたしは待ってるだけで十分。救世主ってヤツ、信じてみたいじゃん」
そう言っているヨヲコの顔はすっかりあきらめの類 だった。
「分かってる、こんな世界を救うぐらいならいっそどうして欲しいかぐらい……」そう言っているように見えた。
「でもせめて――」その先を言おうとしたが、ヨヲコはためらった。
本の山はまたきちんと山積みされ、いつの間にか整然 とされてしまった。どんなに荒れようが、5分もあればもとの日常に戻ってしまう。この程度の混乱などもはや山積みにされた本の山が崩れた程度の騒ぎにしかならないのだ。
手に持ったドリンクで軽く喉を潤してヨヲコは空を見上げた。沢山読んだ本の中に探していた魔法の言葉はたったひとつだけだった。だけどどの言葉もまるで鍵が合わないように彼の心には響かない。ヨヲコは自分にもどかしく思うしかなかった。
新しい騒ぎはすぐに来る。そして、たちどころに消えてしまうものだ。ふとカラスの嘶く声がした。高く積み重ねられた瓦礫で日が遮られるところまで飛んでいくのを見送る。もう少し先。ほんのもう少し先に。青い空があれば――ふと考えてみたりもしたけれど。それこそ本の中の架空。分かっている。馬鹿げた夢。酔っ払ったブコウスキーの世迷い言――気になり空を見上げた途端に、トキオのS・RO(セロ・所謂 腕時計型生活端末)から着信アラームが鳴り響く。トキオは着信を受け取れずにいた。不意 に襲ってきた、強迫めいたデジャヴに戸惑うしかなかった。
たとえば救世主になれたらなんて思いもしたが、トキオがここに来るたび感じるのは無力ばかりだ。
あの声が、今も当たり前に聞こえたら、と無い物ねだりするばかりだった。
雨が少しばかり強さを増した。雨に打たれ弾かれた中から生まれる水しぶきから映し出された思い出に、かつて見た煉獄 が見えた。(煉獄の縮図も人それぞれだが)。
凍てつく冷たさより吐息が白くなる。うちに秘めた暖かさがもしあの時彼女を救えたなら、きっとこんな思いはしない――自戒 に暮れた。一年前のあの日も、こんなアラームから日常が始まり、簡単に悲劇へと転がり落ちていった。増殖 する憎悪 と、死に至らしめたる病、躁鬱 の輪舞 が繰り返し襲う。
この世界の縮図 が頭の中で巡り来る。(それもまた然り)
瑠璃色に染まった刀身に、八つの円で彩られた
握りには
「なんだか持っているだけでかえって呪われそうな感じするけど。ねえ」そう言ってヨヲコはトキオにそっけなく刀を返す。トキオは笑った。
「メイファの事になるとすぐムキになるよね、ヨヲコさんって」
「ムキになってないわよ」
「メイファは妹みたいなもんだし」
「じゃあ、あたしは?」
「ヨヲコさんは……めっちゃ出来の悪い姉貴」
「わ~るかったわねぇ、出来が悪くて。あんただって似たようなモンでしょ?」
「学はあるよ。日々欠かさず続けた読書のおかげで」
「私だってそうだしね」
「でもいくら本を読んだって、救えない事ばかりだ。あの惨劇が起こるのを一時間でも早く縮める事すら出来なかった。本当の事は本の中には何もないんだって事を、本が教えてくれた――奇妙な話だけど」
「本の読み過ぎよ」
「<本の救世主様>はお優しいことで――」ヨヲコは冷めた目で言った。
「――救世主なんて。どうせ信じてないくせに」
トキオは「そりゃまあね」なんて言って簡単に切り返すと、剣を背にかるい、自転車のハンドルをしっかりと握った。
「そんなもんになる気もさらさらって感じだ。ヨヲコさんは?」
「あたしは待ってるだけで十分。救世主ってヤツ、信じてみたいじゃん」
そう言っているヨヲコの顔はすっかりあきらめの
「分かってる、こんな世界を救うぐらいならいっそどうして欲しいかぐらい……」そう言っているように見えた。
「でもせめて――」その先を言おうとしたが、ヨヲコはためらった。
本の山はまたきちんと山積みされ、いつの間にか
手に持ったドリンクで軽く喉を潤してヨヲコは空を見上げた。沢山読んだ本の中に探していた魔法の言葉はたったひとつだけだった。だけどどの言葉もまるで鍵が合わないように彼の心には響かない。ヨヲコは自分にもどかしく思うしかなかった。
新しい騒ぎはすぐに来る。そして、たちどころに消えてしまうものだ。ふとカラスの嘶く声がした。高く積み重ねられた瓦礫で日が遮られるところまで飛んでいくのを見送る。もう少し先。ほんのもう少し先に。青い空があれば――ふと考えてみたりもしたけれど。それこそ本の中の架空。分かっている。馬鹿げた夢。酔っ払ったブコウスキーの世迷い言――気になり空を見上げた途端に、トキオのS・RO(セロ・
たとえば救世主になれたらなんて思いもしたが、トキオがここに来るたび感じるのは無力ばかりだ。
あの声が、今も当たり前に聞こえたら、と無い物ねだりするばかりだった。
雨が少しばかり強さを増した。雨に打たれ弾かれた中から生まれる水しぶきから映し出された思い出に、かつて見た
凍てつく冷たさより吐息が白くなる。うちに秘めた暖かさがもしあの時彼女を救えたなら、きっとこんな思いはしない――
この世界の