第1話

文字数 1,336文字

 隣の席の笹山君は、いつも野菜を食べている。朝学校へ来てコンビニサラダを食し、二時間目には早弁だときゅうりを噛じる。お弁当箱はサラダとか漬物とかもやしを炒めただけのとか、そういう野菜でぎっしりだ。五時間目にはおやつはトマトなんだと嬉しそうにかぶりついている笹山君は、やはりどう見ても異常なほど草食主義者なのだろう。
 
 「笹山君はさ、なんでいつも野菜食べてるの?」
ある時気になって問い掛けた私に、笹山君はお箸で摘んだままの大根を差し出した。私が差し出された大根を頂戴すると、笹山君は満足したように、そういうこと、と笑った。私はわかんねえな、と大根を摂取しながらしばらく笹山君を眺めてみたが、彼は特に気にしない様子で今度は白菜にかじりついているだけだであった。

 「そうだ、笹山君。私最近ある夢をみるんだけど」
私は近頃毎晩のようにみる夢の話をした。毎回のようにクラスメイトが私を殺しに来る夢である。昨晩は佐藤君に殺されたしその前は山本さんに殺された。どちらも特に話をしたことなどないが、こうも毎晩殺意を持って向かってくる彼らを見ていると、現実でも目を合わせにくくて困る。
「鈴木さんはその夢、欲しくないの?」
欲しいってなんだ。そう思いながら、当然のように欲しくないよと返すと、笹山君はもやしを口に運びながら、
「じゃあその夢、僕にちょーだい」
と手を差し出した。だから欲しいとかくれとか何なんだと思いながら、私は別段欲しくもないので笹山君にその夢をあげることにした。

 その晩、私は誰に殺されることもなく、清々しい気持ちで朝を迎えたのだった。私は学校へ行くとやはりコンビニサラダを食している笹山君に、昨晩は誰にも殺されなかったと伝えると、よかったねとサニーレタスを頬張った。笹山君はにあげた夢はどうなったのかと尋ねると、彼は私に手にしたレタスを差し出した。
「葉野菜は無理」
私が丁重にお断りすると、笹山君は少し悲しそうに、美味しいのになあと手を引っ込めたのだった。


 またある晩、夜へ飛び出した私は信じられないくらいに大きな暗闇へ落下した。自分の掌さえも見えない程に光が無いそこは、私が私でなくなるような気がして、思わず私は心の中で彼の名を叫んだ。彼が暗闇の中で、その夢僕にちょーだい、と言った気がした。

 朝起きると私はびっしりと汗をかいていて、それがあまりにも酷かったので軽くシャワーを浴びてから学校へ向かった。教室に入ると珍しくも笹山君が何も食べていなかったので、私は笹山君に今朝は朝ご飯を食べてきたのかと尋ねた。
「ああ、昨晩は食べすぎたから」
ダイエット、と自身のお腹をポンと叩いた。がりがりのくせに何言ってんだ。
「笹山君、野菜しか食べてないくせにダイエットとか言ってると女の子に怒られるよ」
「えー、僕野菜しか食べてないわけじゃないよ」
なんと。さらっと衝撃の事実を告白された私は驚きつつも、彼に言葉を返す。
「嘘。いつもサラダとかしか食べないじゃん。家ではお肉食べてるとか?」
「いやぁ、お肉はあんまり好きじゃないから。食べてないよ」
じゃあ一体何食べてんだ。魚か? 訝しむ私をよそに、笹山君はこう言った。

 「鈴木さんの夢、美味しいから」

 その晩、私は暗闇に落ちる夢をやっぱりみなかった。
  
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