第12話 調子に乗る八っつあん、柔らかもの腰の五郎
文字数 1,636文字
「おめーら、こんどこそ勝ったと思ったろう! え、気の毒じゃねえか。もう少しで悪事が完成するときに、神さまが助けてくれるなんてよ!」
「神さま! そんなもの、いやしねえ!」
五郎は、怒りで目の前が真っ赤になりそうだった。
「このご時世に神頼みなんて、パッパラパーのするこった」
「おまえさん。三太は疲れてるのよ。三太も、どうしちゃったのかしら……、人が違ったみたい」
トメは、オロオロしている。八っつあんは、なにか言いかけた。なにか、強烈なひとことをぶちかましたかった。しかし八っつあんはこらえた。これ以上悪くなるなんて、ありそうになかった。
「こんな場合に、たいへん申し上げにくいのですが、ひとこと言わせてください」
丁寧な、しかしどこかキッパリしたものを感じさせる口調で、背後の男が言った。八っつあんが見やると、朝日の中で、その男は輝いていた。白銀の裃をつけた神官姿である。相手は、八っつあん夫婦を検分し、なにやら得心している様子。
「なんだよあんた。関係ないだろ」
八っつあんは、反発するが、トメは大きく手を広げた。
「三太のお友だちね。こっちへいらっしゃい。朝ご飯、食べていくでしょ」
「いやご飯は結構。わたしは陰陽師の菅原と言います。ひとことだけ、言わせてください」
神官姿の菅原は、ぐいっと首を伸ばした。
「あなたたちは、あやかしに取り殺されそうになっているのです。わたしは、それを祓いに来ました」
鼻の穴がピクピク動いている。八っつあんは、あやぶむように相手を凝視した。額のまんなかにコブができている色白の男で、ガリガリにやせているため裃がぶかぶかである。手に持っているのは御幣だろう。
「とかなんとか言って、あっしらを一杯食わせるつもりなんだろう」
八っつあんは、ピシャリとやり返した。五郎の味方は自分の敵である。明白なことだ。
なのにトメは、まったく気にしていなかった。
「おまえさん、三太があたしらをだますなんて、あるわけないでしょう。ね、三太?」
五郎は、ちょっとたじろいだ。
「オレのことを、バカだと思ってるんだな?」
たじろいだことを振り払うように、
「オレはな、一流のヤクザになるんだ。これはその手始めさ。権三親分みたいにたくさんの子分を従えて、ごちそうも食べ放題。オレを甘く見てた連中は、指をくわえて見ているだけ! 見てろよ、オレはやる。才能があるんだ。じゃまはさせねえぜ」
「父さん、三太は立派な大人になろうとしてるわ! ね?」
トメは、慈愛に満ちた表情で言い、八っつあんはクギを踏んだみたいに跳び上がった。
「なに、あっしはこいつの、てておやじゃねーぞ!」
「てておやだぁと? こっちから願い下げだい!」
傷ついたような表情で、五郎は言い返した。
ふうわり、と猫の夫婦が浮いて近づいた。ふたりはじっとお互いをにらみあい、猫の夫婦はそれをなだめるように鳴いている。
菅原が、御幣を構えた。
「この、妖怪め! この長屋は、呪われている!」
いかにも呪術専門家らしい口調で、菅原は宣言した。
「いずれ近いうちに、大変なことが起きるであろう!」
不安がトメの表情を嵐のようによぎっていった。八っつあんは笑い飛ばそうとしたが、ご隠居は深刻な表情だ。背を向けていたはずの小鳥遊が、いつの間にかそばに立っていた。相変わらず、無表情のままだった。
「悪いことは言わねえ。ここを捨てて、新しい家に引っ越しな。ちゃんと面倒見てくれる人も、見つけてやるからさ」
以前とは、打って変わった柔らかな言い方の五郎。かえってこわい。
五郎と菅原が立ち去って行くと、長屋のみんなは、顔を見合わせてため息をついた。
「もののけに守られた長屋、かい……」
八っつあんは、憂鬱そうにつぶやいた。
「たしかに、まともな物件じゃないでしょうね」
小鳥遊は、冷淡で冷酷な口調であった。
なーお。
猫夫婦は、首をかしげた。
「神さま! そんなもの、いやしねえ!」
五郎は、怒りで目の前が真っ赤になりそうだった。
「このご時世に神頼みなんて、パッパラパーのするこった」
「おまえさん。三太は疲れてるのよ。三太も、どうしちゃったのかしら……、人が違ったみたい」
トメは、オロオロしている。八っつあんは、なにか言いかけた。なにか、強烈なひとことをぶちかましたかった。しかし八っつあんはこらえた。これ以上悪くなるなんて、ありそうになかった。
「こんな場合に、たいへん申し上げにくいのですが、ひとこと言わせてください」
丁寧な、しかしどこかキッパリしたものを感じさせる口調で、背後の男が言った。八っつあんが見やると、朝日の中で、その男は輝いていた。白銀の裃をつけた神官姿である。相手は、八っつあん夫婦を検分し、なにやら得心している様子。
「なんだよあんた。関係ないだろ」
八っつあんは、反発するが、トメは大きく手を広げた。
「三太のお友だちね。こっちへいらっしゃい。朝ご飯、食べていくでしょ」
「いやご飯は結構。わたしは陰陽師の菅原と言います。ひとことだけ、言わせてください」
神官姿の菅原は、ぐいっと首を伸ばした。
「あなたたちは、あやかしに取り殺されそうになっているのです。わたしは、それを祓いに来ました」
鼻の穴がピクピク動いている。八っつあんは、あやぶむように相手を凝視した。額のまんなかにコブができている色白の男で、ガリガリにやせているため裃がぶかぶかである。手に持っているのは御幣だろう。
「とかなんとか言って、あっしらを一杯食わせるつもりなんだろう」
八っつあんは、ピシャリとやり返した。五郎の味方は自分の敵である。明白なことだ。
なのにトメは、まったく気にしていなかった。
「おまえさん、三太があたしらをだますなんて、あるわけないでしょう。ね、三太?」
五郎は、ちょっとたじろいだ。
「オレのことを、バカだと思ってるんだな?」
たじろいだことを振り払うように、
「オレはな、一流のヤクザになるんだ。これはその手始めさ。権三親分みたいにたくさんの子分を従えて、ごちそうも食べ放題。オレを甘く見てた連中は、指をくわえて見ているだけ! 見てろよ、オレはやる。才能があるんだ。じゃまはさせねえぜ」
「父さん、三太は立派な大人になろうとしてるわ! ね?」
トメは、慈愛に満ちた表情で言い、八っつあんはクギを踏んだみたいに跳び上がった。
「なに、あっしはこいつの、てておやじゃねーぞ!」
「てておやだぁと? こっちから願い下げだい!」
傷ついたような表情で、五郎は言い返した。
ふうわり、と猫の夫婦が浮いて近づいた。ふたりはじっとお互いをにらみあい、猫の夫婦はそれをなだめるように鳴いている。
菅原が、御幣を構えた。
「この、妖怪め! この長屋は、呪われている!」
いかにも呪術専門家らしい口調で、菅原は宣言した。
「いずれ近いうちに、大変なことが起きるであろう!」
不安がトメの表情を嵐のようによぎっていった。八っつあんは笑い飛ばそうとしたが、ご隠居は深刻な表情だ。背を向けていたはずの小鳥遊が、いつの間にかそばに立っていた。相変わらず、無表情のままだった。
「悪いことは言わねえ。ここを捨てて、新しい家に引っ越しな。ちゃんと面倒見てくれる人も、見つけてやるからさ」
以前とは、打って変わった柔らかな言い方の五郎。かえってこわい。
五郎と菅原が立ち去って行くと、長屋のみんなは、顔を見合わせてため息をついた。
「もののけに守られた長屋、かい……」
八っつあんは、憂鬱そうにつぶやいた。
「たしかに、まともな物件じゃないでしょうね」
小鳥遊は、冷淡で冷酷な口調であった。
なーお。
猫夫婦は、首をかしげた。