『いつかの自分』のウラで。

文字数 2,721文字

とにかく、書くことが子どもの頃から好きだった。

小学生の頃はマンガを読み、マンガを描いて毎日を過ごした。
漫画家になりたかった。

そんな私に、母は
「漫画家にだけはなんないでよ、漫画家なんて一人で家にこもってて暗いし」
と言った。

今なら、超偏見だということがわかる。
母は漫画家の一体何を知っているというのか。

しかし、私は素直な子どもだったのだ。

そうか、漫画家になりたいなんて言ってはいけないんだ。

漫画家にだけなりたいのに、漫画家にだけにはなるなと言われ、私はなりたいものを失った。

しかし、ダメだと言われても、漫画家になりたいとさえ言わなければ自由だった。

マンガ好きな友達と本を貸し借りし、自分の描いたマンガを見せ合い、お小遣いでスクリーントーンや原稿用紙、製図用のインクやペンを買った。

中学生になってもまだこそこそ描いていた。

高校生になり、空想より現実世界が忙しくなるまで私は描いていた。


そして2021。
今年の占いで
『過去にやりたかったことを再びやることが開運につながる』
という内容を見た瞬間、
私がやりたいのは書くことだった!
と、急に思い出したのだ。

でも、もう20年以上書くことから離れている。

しかも、マンガなんてもうムリだ。

私の小さい頃描いていたのは、ベタベタな少女マンガだ。
そんなの、ずっと描いてた人ならまだしも、フレッシュな時期はとっくに過ぎた私は書ける気がしなかった。
想像力はカラッカラだ。
絵だってもう描けない。

若い頃なら、どんどん書きたいものが浮かんできたし、それに集中できるだけの情熱、体力、気力、想像力、向上心があった。

けれど、今は現実にいっぱいいっぱいで、書くったって、今更書けるのか?
しかも、何を書くんだ?
と思った。

絵はとりあえず時間かかるし、マンガはもうムリだ。
となると、文章だ。

子どもの頃の私は、文章を書くのもかなり好きだった。
作文用紙なら10枚は軽く書けたし、中学のクラス全員で回していたリレー日記が面白いからと、担任でもない国語の先生にコンテストに出るように勧められた。

その時受けていれば、自分の中の何かが変わっていたのかもしれないのに、当時、マンガにしか興味のなかった私は即断ってしまった。

あの時やっていれば…と、今なら思うが、嫌だと思ったことをやると後悔する私は、たぶんやったらやったで後悔したかもしれない。

あの時の自分は、嫌だったのだ。
まだその時期じゃなかったのだ。


その時期が、今頃やって来た。

とりあえず実際書いてみると、全く面白くない。
自分でさえ面白くないのだから、こんなの、他人に見せられるかーーー!!
と、書いた物を投げ捨てたくなった。

書きたいことなんてないのに、書きたい気持ちだけが加速していく。


そんなある日、小学生が倒れている現場に遭遇した。(参照;『いつかの自分』「遭遇」)
このとき、なぜか、何か書ける気がした。

遭遇話を高校時代からの親友にすると、
「すいってさ、本当によくそういうこと起きるよね、今までも変な人によく遭ったりしてたよね、普通、そんなにないよ」
と言われた。(参照;『いつかの自分』「狙われた女」「遭遇」)

そこですかさず私は
「そうなんだよ!だからさ、私、もうコレ、書こうと思ってるさ」
と伝えた。
すると、親友も
「書きな、書きな!だって、書くの好きでしょ!」
と、私の話にノってくれた。

だけど、私には書く暇がない。
何かを生み出すには、圧倒的に時間がない。
想像している暇はない。

親友にも「ホテルで何日もカンヅメになったりすれば書けるかもしれないけど、今のこの状況で書ける気がしない」ということを告げた。
すると親友は「旦那さんにホテルに何日かカンヅメにさせてってお願いしたら?」と無茶苦茶なことを言い出した。
私にはまだ手のかかる子供がいるのだ。
はっきり言って書いてる場合ではない。
私は夢を追う若者ではないのだ。
私たちは青春時代をいっしょに過ごしたため、時々我を忘れて高校生に戻ってしまうのだが、その実体は中年なのだ。

何者かになれそうで、今がチャンスなのだというわけでもない。
それなのに、家事も仕事も一切を投げ出して急に「書けるかわかんないけど何か書きたいから、ホテルに1人で何日か泊まらせてくれ」とは、どういう精神状態で私はダンナに頼めばよいのだ。

そんなことを言われた夫こそ「ヤバい妻」というテーマで1本書けそうじゃないか。

しかし親友は「家族なんだから、家族がやりたいって言ってるんだからさ、そこは応援してくれるしょ」と言った。

いや、ムリだ。

とにかく時間が欲しい。
書く時間さえあれば…と言っていた矢先、 私は冬道で転び、ひじを骨折し、思いがけず休職となった。(参照;『いつかの自分』「効果」)
3ヶ月もの間仕事を休むこととなってしまった。

言霊の力はすごい。

書く時間さえあればと言っていた、その書く時間が思わぬ形で私に舞い降りたのだ。

これは天が書けと言っているのではないか。
私の人生にとって、大切な何かを手に入れるために。

人に話してしまったら、書かなきゃいけないような気がして、何かちょうどいいコンテストはないかと探し始めた。

そこで私は人生をテーマにしたコンテストに応募することにした。
想像力は衰えたが、実体験なら書けそうだ。
作文だ。

そして私は『いつかの自分』の「ざわめき」を書き上げた。


ところが、応募しようとしたまさにその瞬間、本当にこのコンテストでいいのか?と急に思ったのだ。
何か違う気がする。

そこでノベルデイズに出会った。
というより、エッセイコンテストのことは 知っていたのだが、タグとかよくわかんないなと思ってスルーしていたのだ。
でもなんかこっちの方がいい気がすると直感で選んだ。
私の人生の選択、ほぼ100%直感だ。
直感で選んだものこそ正解だ。

最初のコンテストの方は字数制限もあったため一話だけだった。
でもここなら他の事も書いていいんだと思うと、どんどん書きたいことが溢れてきて1話ずつにものすごい詰め込んでしまった。
非常に読みにくい。

それでもこのことがきっかけで私の書きたかったのはこういうことなのかもしれないと気がついた。
自分の身に今まで起きてきた数々の出来事は、きっと全ていつか書くための材料だったのだ。

人に見せるつもりはなかったのに、こんな状態になってしまった。
これは、小学生の頃、友達と描いたマンガを見せ合った感覚に似ている。

うまく書けているかは置いといて、とりあえず楽しく書けた。

書く楽しさを取り戻した。
今は仕事&リハビリ&家事育児で倒れそうだが、毎日ちょっとでも書くことに触れたり、想像の世界に没頭したりしている。

私が書いていることは、未だに親友しか知らない。

とりあえず、開運はするはずだ。
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