第3話

文字数 782文字

堀木が大野と初めて出会ったのは、美術館のモネの展示会場だった。

堀木は元々、絵画にはあまり関心のない人間だったが、たかひろがいなくなってからというもの、心の拠り所を求めて美術館巡りをするようになっていた。

特に彼は印象派の画家の作品を好み、モネも彼の好きな画家のうちのひとつだった。

彼らの明るい色彩を使った風景画を眺めている間だけは心の中のわだかまりが溶け、たかひろと幸せな日々を送っていた頃の思い出に浸ることができたのだった。

ある日曜日のことだった。

堀木がモネの展示会場で「睡蓮」を眺めていると、一人の青年が声をかけてきた。

「さっきからずいぶん熱心に見ておられますね。モネにご興味があるんですか?」

「ええ、僕、絵のことはよくわからないんですけど、この絵を見てるとなんとなくほっとした気持ちにさせられるんですよね…。昔のことを思い出して懐かしい気分になるといいますか…」

堀木は「睡蓮」を眩しそうに目を細めて眺めながら青年の呼びかけに答えた。

「へえ、そうなんですか。優しい色使いが落ち着きますよね。僕も好きなんです。
僕は絵の勉強でよくここに来るんですが、あなたほど熱心な人は初めて見ましたよ。
もしご迷惑でなければ、一緒に見て回りませんか」

堀木はこの青年の誘いを受け、ともにモネの作品を鑑賞し、美術館内の喫茶コーナーでコーヒーを飲みながら談笑した。

誰かと肩を並べて歩き、同じ時間を共有したのはいつ以来のことだったろうか。

堀木は単純に、話し相手が欲しかったし、この画家志望の青年がどんな絵を描くのか、どんな画家のどんな作品を好むのか、知りたいと思った。

たかひろと同じく理系の情報学科の大学を卒業し、ずっと芸術などとは無縁のまま生きてきた堀木にとって、大野という青年の住む世界はとても新鮮に感じられた。

彼らは連絡先を交換し、次に会う時はルノワールを見に行こう、と話して別れた。


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