A 3

文字数 2,560文字

 おれは作業中のデータを保存してメールの受信トレイを開いた。寝る前に未読のメールを確認してコミュニケーションサイトを一巡りするのは日課のようなものだ。数時間も作業をしてメールを開くと未読メールはだいたい十数件ぐらい入っている。大部分は自動的に(ふるい)にかけられてゴミとして分類され、読まれることもなく削除される。その試練を生き抜いたものが数件、リストの上で太字になっておれの開封を待っている。おれはその並んでいるタイトルを眺める。※お知らせ 保有ポイントの有効期限について、Re.横山です、[質問]『じぇねらてぃぶじぇねれーしょん』のギターソロの件、Re.あけましておめでとうございます、【重要】4月10日のリハ時間変更、明日の件、Re.Re.Re.Re.Re.Re.…。タイトルを見るだけでそのメールを出したやつのリテラシーってやつが垣間見える。初めての相手にメールするときに自分の名前をタイトルにしちゃうやつ、それに延々返信でやりとりしちゃって意味不明なことになるやつ、新しい話題で送信するのに年賀メールへの返信で出すやつ、検索性を考えたワードを入れてくるやつ、タイトルだけでもある程度わかるようにしようという意図が見えるやつ、もったいぶるやつ、今送信したメールを相手がいつ読むかわからないという点がすっぽ抜けて「明日」とかいう相対的な言葉を使っちゃうやつ、返信するたびにタイトルの頭に「Re.」が追加されちゃうような古い仕様のメールソフトを使っているやつ。

 はあ。タイトルを眺めるだけでどっと疲れて太いため息が出る。ため息を吐き終えてから目を閉じる。時計の着、着とアダプタの無ーを確認してから再び目を開き、[質問]『じぇねらてぃぶじぇねれーしょん』のギターソロの件というメールを開く。

 
 澤木様

 お世話になっております。島崎です。

 くりぃみぃ(はぁと)ほいっぷの新曲『じぇねらてぃぶじぇねれーしょん』のギターソロについて質問がございます。

 現状いただいている音源でのギターソロ(サビ後の間奏のところ)はこれでFixでしょうか? 後半音数が増えていくあたりからどうもコードと合っていないような気がします。何か意図があってのことであれば構わないのですが、当方にはどうも音が間違っているように聞こえますので、いま一度ご確認いただけるとありがたいです。

 
 はあ。ため息の中に「うんざりしました」という感想を込めて吐き出す。おれは頭の上に両手を乗せて椅子の背もたれに背中を預けた。偽ッという音を立てて背もたれがおれの体重と釣り合った。

 [質問]と書いてあるけれど質問になっているのは一文だけで、結局のところこれはなおせという指示に他ならない。意図があるなら構わないと言ってはいるものの、意図があるんでこのままでいきます、と答えれば嫌な顔をするだろう。それなら最初からこねくりまわさずに気に入らないからなおしてくれと言えば良さそうなものだ。クッション言葉だかなんだかしらないけれどまどろっこしいだけだしよけい気にさわる。それにおれは、自分のことを当方と書くやつが大嫌いだ。それはおまえだろう。なぜ私は気に入らないと書かないんだ。そういうところに逃げ道を用意しながら話すやつは大嫌いだし、そんなやつに文句ひとつ言えない立場にある自分はもっと嫌いだ。

 島崎がくりぃみぃ(はぁと)ほいっぷと書いているのは本当はくりぃみぃ♡ほいっぷで、真ん中のハートマークがメールでのやり取りだと正しく表示されないことがあるという理由で(はぁと)と書いているようだ。(ハート)ではいけない理由はよくわからない。おれがメールに書くときはくりぃみぃ・ほいっぷと書いているけれどこれでも十分用は足りている気がする。このくりぃみぃ♡ほいっぷという白痴じみた名前はさっきまでおれが調整していた曲のカルナ・ルナとは何の関係もない別のアイドルグループのもので、一応あまり大きくはないものの芸能事務所みたいなところに所属している。予算はだからカルナよりもある。メンバーは小学生と中学生の女の子5人で、たしか下は11歳、一番上でも13歳だったはずだ。一年ほど前に『らぶりぃ♡みるくしゃわー』というミニアルバムでデビューした。あなたのみるくをわたしに注いでとかなんとか、だれがどう聞いたって卑猥な内容をまだランドセルを背負うような子どもに歌わせる。歌っている本人たちにもそろそろ意味がわかってくるころだろう。やっと月経がはじまるかはじまらないかという子どもに精液の歌を歌わせるという商売。精液の歌でデビューしたことを理解したとき彼女たちがどんなことを思うのか想像すると、それに加担したことにおれはほんの少しの罪悪感と少しどころではない性的興奮を覚える。

 『じぇねらてぃぶじぇねれーしょん』はこのアイドルをプロデュースしている島崎から依頼されておれが作った曲だ。島崎は冬でもアロハシャツを着ていてサングラスにスキンヘッドといううさんくささを絵に描いたような男だ。歌詞はおれのよく知らないやつが書いてきて、タイトルもたぶんそいつがつけた。全部ひらがななのは島崎の意向だろう。おれはサビの部分だけの歌詞をもらって全体のメロディを作り、作詞家がそのメロディにあとから歌詞を乗せた。サビだけ詞先(しせん)で他は曲先(きょくせん)という作り方だ。会ったこともない作詞家とこういう作り方をしたのは初めてだったけれど、もともと歌詞と曲のマッチングみたいなことはどうでもいいという世界だからミスマッチだろうとなんだろうといいのだ。バッキングを納品した後で完成した歌詞が送られてきたけれどおれは読まずに歌録りに出向いたから歌を録音するときに初めて歌詞を聴いた。サビはじぇねらてぃぶなわたしがあなたのルートを待ち受けるとかなんとかそういう感じのものだった。ルートはおそらくrouteではなくroot、つまり根っこだろう。あなたの根っこは当然男根でありそれはつまり陰茎だ。generative(ジェネラティブ)というのは生殖能力があるという意味だそうで、生殖力のあるわたしがあなたの陰茎を待っているという結局のところセックスの歌でしかない。そしてランドセル少女がセックスを求めるという態度になっているところが一貫している。これがおれの仕事だ。
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