1-1|パラノイド・アンドロイド
文字数 1,614文字
――たとえばある日のこと。
すっかり錆 つきガサガサに朽 ち果 て壊れたフェンスの先を見つめる少年。ショートヘアーの髪を右手でかき上げてからあくびをしながら――ようやくひと仕事やり終えたような顔――その先の、向こう側をふと退屈そうに見つめた。年齢は――16もいかないだろう。まともに尋ねたことがないから分からないし数えたこともない。それなりの教養はあるつもりだ。
「あんたヒマそうだねぇ。こっちは夜中から今までクソ忙しかったのにさ」ひとことぼやいて眠たそうに目を擦 る男を尻目に。純愛だかロマンスだか、ときめきだかトゥナイトだか、エトランゼだかメモリアルだか。ああ、もうなにが何だか。
そ ば か す な ん て 気 に し て ら れ な い 世 代 の た め の 恋 愛 指 南 マ ニ ュ ア ル の よ う な 小 説 を読んで。(マニュアルはいつもいつだってそう。方法は指し示したところでその通りにけっして人の思いを導かないのに)ただ一人悦に入る女がいた。
「……ヨヲコさん、またそんなかび臭い本読んでるんですか?」男が女の方を見て呆れながら呟いた。ヨヲコは男の方を見ないまま少し笑って答えた。
「うん。面白いよ。トキオも読めば?」
トキオ。そう呼ばれた男は目の前に山積みにされた本を見て、「ここで生きるならまともな知識なんて要らないですよ。インストールとアンインストールさえ覚えとけば」そう言って淡々と切り捨てた。
ヨヲコは「あら、そんなことはないし少なくとも気を紛らわすにはいいわ」そう言ってトキオに読書を勧めた。
「頼まれ事さえなかったら、こんなとこにのこのこ来るつもりはないですよ。目的の本は探し出したし、もう行こうよ?」
「たまには何か探してみたら? 良い事書いてあるかもよ?」
「この世に聖書さえなければ、こんな悲惨なことだってなかったし、たとえばハムラビ法典がなければ、こんな理不尽もきっと無かったですよ。たとえば論語や聖書、それとも仏教典やコーランが無ければね。いまだ勝手に暴走してる偏執的 な唯一主義者も生まれなかったかもしれない。でもそれらももともとは心の平癒 や生活を糺 すことからはじまっているのにね。いまさらこんな時代、こんなボディ、こんな思考なってまで受け入れようとも読もうとも思わないけれど」
「本が全て悪いかしら?解釈 の仕方次第じゃない? 人は多種多様になったもの。すがたかたちさえも。だからこそ人のありようを書籍を通じて考えるべきじゃないかしら? 違う?」
トキオは首を振る。「それは冗談でしょう」
「あくまでね。珍しく金になる仕事だから引き受けて本を探しているだけで。こんなもの読む気なんてさらさら無いですよ。危険そのものじゃないですか」
「そうやって勝手に思い込むせいじゃない? 視野が狭いわ」
「そりゃあね。焚書官 なんて、その典型例じゃない?」ぼそりと呟きへそを曲げる。
「ま、そうかもね。全部、人のせいだもんね。あーそう。はいそう。その通り。読むなら読むな。その辺にぶっころがしとけってね」
「うるっさいなあ。そっちがけしかけてきたくせに……こんなもの執着するバカいるかっての」
トキオはそう言って乱雑 に山積みにされた本を乱暴 に蹴飛ばした。
「ああひどいわねぇ」ヨヲコは呟いて一旦本を閉じると、散らかってしまった物を丁寧 に拾い上げてまたもとの場所に戻していく。トキオはそれを見て「あはは。本の救世主様 だ」と言って。ヨヲコをからかった。ところでヨヲコはトキオの持つ一振りの長剣に目をやった。
「ところであんた、その<剣>どうしたの?」その剣は退廃に似つかわしくない荘厳さを醸す。これから覇を唱えるというならまさに相応しく、しかし世を乱すものと言えばそれもまた相応しいというもの――いずれにもなるべき代物だった。
「ああこれ――――これね?」トキオはそれを手につぶやく。「これを持っていたら彼女――メイファが側にいる気がして。あの子の願いを叶えるまで僕は決して死ぬわけにはいかないですから」
すっかり
「あんたヒマそうだねぇ。こっちは夜中から今までクソ忙しかったのにさ」ひとことぼやいて眠たそうに目を
「……ヨヲコさん、またそんなかび臭い本読んでるんですか?」男が女の方を見て呆れながら呟いた。ヨヲコは男の方を見ないまま少し笑って答えた。
「うん。面白いよ。トキオも読めば?」
トキオ。そう呼ばれた男は目の前に山積みにされた本を見て、「ここで生きるならまともな知識なんて要らないですよ。インストールとアンインストールさえ覚えとけば」そう言って淡々と切り捨てた。
ヨヲコは「あら、そんなことはないし少なくとも気を紛らわすにはいいわ」そう言ってトキオに読書を勧めた。
「頼まれ事さえなかったら、こんなとこにのこのこ来るつもりはないですよ。目的の本は探し出したし、もう行こうよ?」
「たまには何か探してみたら? 良い事書いてあるかもよ?」
「この世に聖書さえなければ、こんな悲惨なことだってなかったし、たとえばハムラビ法典がなければ、こんな理不尽もきっと無かったですよ。たとえば論語や聖書、それとも仏教典やコーランが無ければね。いまだ勝手に暴走してる
「本が全て悪いかしら?
トキオは首を振る。「それは冗談でしょう」
「あくまでね。珍しく金になる仕事だから引き受けて本を探しているだけで。こんなもの読む気なんてさらさら無いですよ。危険そのものじゃないですか」
「そうやって勝手に思い込むせいじゃない? 視野が狭いわ」
「そりゃあね。
「ま、そうかもね。全部、人のせいだもんね。あーそう。はいそう。その通り。読むなら読むな。その辺にぶっころがしとけってね」
「うるっさいなあ。そっちがけしかけてきたくせに……こんなもの執着するバカいるかっての」
トキオはそう言って
「ああひどいわねぇ」ヨヲコは呟いて一旦本を閉じると、散らかってしまった物を
「ところであんた、その<剣>どうしたの?」その剣は退廃に似つかわしくない荘厳さを醸す。これから覇を唱えるというならまさに相応しく、しかし世を乱すものと言えばそれもまた相応しいというもの――いずれにもなるべき代物だった。
「ああこれ――――これね?」トキオはそれを手につぶやく。「これを持っていたら彼女――メイファが側にいる気がして。あの子の願いを叶えるまで僕は決して死ぬわけにはいかないですから」