第159話 咖喱

文字数 2,219文字

 進み続けるロードを乗せたヴァルが背丈のある草むらを抜けると開けた空間へと出ていく。その空間は草が押し倒されたようにして作られていた。

 ユウトは立った草を抜けてすぐ立ち止まってあたりを見渡す。思いのほか広く作られた広場ではハイゴブリンの四姉妹が一つの球を打ち上げて何やら遊んでいた。隅には大きな金属の塊がる。その形はタイヤのない車、トラックをユウトに連想させ、表面の光沢はヴァルに似ているとユウトは思った。

 そしてさらに奥でリナと思しき人物が加熱用の魔術具に乗せた鍋をのぞき込んでいる。ユウトにとって懐かしい香りはその鍋から広がっていた。

 立ち止まっているユウトを気にすることなく進むロードとヴァルに四姉妹は気づいて玉遊びを中断させて駆け寄っていく。それぞれがロードの足元でしきりに何かを伝え、ロードは静かに聞いていた。

 ユウトはそんな四姉妹の後ろを横切り、鍋の中身をかき混ぜているリナの元に向かってゆく。ある程度近づくと足音に気づいたのかリナは顔を上げてユウトを見上げた。

「あ、ユウトさん。来てたんだ」
「ロードに誘われてね。それで・・・気になってるんだけど、今作っている料理はなんだろう?」
「これね。ジヴァから教わった料理でカレーっていうの。随分と遠いところの料理で珍しい香辛料を使ってるわ。ユウトさんもよかったら食べていく?」
「うん、ぜひ食べたい」

 ジヴァの名前が出てきたことでユウトは一人、納得する。あの日、渡した自身の記憶を参考にしているはずだと考えた。

「ジヴァから作り方と材料は渡されているけど、なかなか難しくてようやく味が安定し始めてきたところでね。初めて使う香辛料の調節が難しかったわ」

 そう言いながらリナはどこか楽しそうにぐつぐつと煮立つ鍋をかき混ぜている。

「辛さはどんな感じ?あの子たちでも食べらるくらいなのかな」
「あら、この料理知ってるの?確かに始めは辛すぎて不評だったから香辛料の量を調節したりはちみつを加えてみたりしたわね」
「ああ・・・そうか。うん、たぶん知ってる料理なんだ。オレにとって故郷の味と言ってもいいかもしれない。二度と食べられない気がしていたからすごく懐かしくなってしまった」

 ユウトはそれまで意識して自身の出自に関してジヴァの他にその詳細を伝えることがなかったことに改めて気づいた。

 努めて隠していたわけではないが、なぜかわざわざ言う必要もないと思っていたことを自覚する。この世界はこの世界なりに積み上げてきたものがあって、比べようがなかったためかもしれないと感じた。

 大石橋の壮大さ、魔術具の技術はユウトの想像を超えている。自身の発想力や思考力程度では元居た世界の知識は別世界で活かしきれないなと思いふっと笑ってしまった。

「え?もしかしてどこか違ってたりする?ジヴァも作り方しか教えてくれないし」

 リナにその笑い声を聞かれ、リナは焦ったようにユウトへ尋ねる。

「いや、今のままで十分だと思う。異国で完璧な再現はどうやってもできない代物もあってね。それでも似たものは作れているはずだよ。オレは香りだけで昔を想い出せた。皆がおいしいって感じられる出来ならそれでいいんだ」
「そお?なら大丈夫かな。今の出来ならあの子たちには好評よ」

 リナはどこか不満そうにしながらも納得したように見えた。

「それならすごく楽しみだ」

 今度のユウトは本心からの笑顔で気持ちを伝える。より一層広がるいい香りに誘われるように姉妹たちが鍋の周りに集まってきた。

 四姉妹は慣れた様子で夕食の準備を進め、ユウトもそれを手伝う。四姉妹はユウトをどこか遠巻きに腫れ物を触るようなよそよそしさのままあれこれ指示をだした。

 あらかた準備も終わり、リナと鍋のすぐ隣に広げられた厚手の広い布が敷かれる。その上で履物を脱いだ四姉妹が一人ずつ木製の器と匙を持って並んで座り、ユウトも姉妹たちを対面にする位置で胡坐をかいていた。

 四姉妹はじっとユウトを観察するように見つめる。ユウトはなんともいえない居心地の悪さを感じながらリナを待った。

「さぁ、できたわ」

 リナの一声で四姉妹たちの注意はユウトから一斉に移る。一人ずつ順番に鍋の元に行ってはリナにカレーをよそいで行った。

 四姉妹の視線から解放されたユウトは視界の中にロードを探す。ロードはユウト達から離れたところでヴァルに乗ったまま佇んでいた。

「ユウトさんもどうぞ」

 ユウトはリナに呼ばれ鍋の近くへと寄ると器によそがれたカレーを渡される。黄味の強い色合いの液体の中には玉ねぎ、にんじん、じゃがいもとゆうとにとって見慣れた具材が見て取れた。肉もあり、それはどうやら鳥肉のように見える。添えられて浸かっているのはパンでだった。

 さすがに米まではジヴァでも用意できなかったか、とユウトは思いながら漂う香りを懐かしむ。

「ロードは食べないのか?」

 ユウトは動こうとしないロードをちらっと見てリナに尋ねた。

「ええ・・・ロードはもう食事を口にできる状態ではないの。かろうじて水を飲めるくらいでね」

 困ったような、悲しむような笑顔でリナはユウトに答える。

「そうか」

 その表情からユウトはそれ以上何も聞けなかった。

 ユウトは元居た位置に戻って座る。四姉妹はというと元居た位置に戻って座り、じっと手に持った器を身を炉していた。

「あれ?食べないのか」

 思わずユウトは疑問を口に出してしまう。すると四姉妹は一斉にユウトを注視した。
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