第1話

文字数 452文字

「やまない雨はない。だけど――やむまでが問題なんだ」

 その一言で私は歩みを止めた。

「冷たい雨にさらされ続け、それがやむまで耐えることのできる人間もいれば、できない人間もいる。今の君のようにね」

 冷え切った体は少しも動かず、視線すら下に広がる暗闇の中から移せない。

「『ベートーヴェン』に聞こえるそうだよ」

 男の声が耳に届くたび、遠くで聞こえていた雨の音が大きくなる。

「絶望していると『運命』、希望に満ちあふれていると『歓喜の歌』に……雨音がそんな風に聞こえるらしい」

 男は少し笑い「知り合いのベートーヴェン好きの戯れ言だけど」と、私の背中に向かって言った。


 雨が降っている。
 滝が流れ落ちるような雨が降っていた。


 私はその場で崩れ落ちるように座り込み、目の前に広がる崖の下から視線をそらすため目を閉じた。体は冷え切り、痛みすら感じる。


 雨はまだやまない。
 やみそうにない。


「いったい君には、どんな曲に聞こえているんだろうね」

 私は「ベートーヴェン」を、よく知らない。
 ただ――絶望的な雨音が大きく聞こえた。

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登場人物紹介


若宮カイ(41)

目明し堂を営む張本人

人嫌いで、大のめんどくさがり屋/なまめかしい雰囲気を漂わせている/いつも寝癖がついている/受けた依頼は、世羅くんを振り回してきっちり解決する、やればできる人

世羅宏(30)

若宮の助手兼、運転手、本業は医師

善良な人間(若宮談)/料理を含む、家事全般が得意/彼女が途切れない/いつも若宮に振り回されてる、ちょっとかわいそうな人

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